第23話 俺に膝枕してくれてるんだけど!

 西の神託者。

 その御方は、名前の示す通り。西の果て――海に臨む地にて、日々を過ごしているらしい。

 

 ……別に、西の神託者だからと言って西に住む必要もないのだけれども。東の神託者は、首都の高台住まいという話だし。

 そうであるにも関わらず、人里離れた海辺に住んでいるという事実も、また。

 西の神託者の気難しさを物語っている……のかも、しれない。


 我が国、ドーンブッシュ国の首都は半島の付け根に位置し、船舶を用いた物流の拠点となっている。

 そして首都より西に伸びる半島――この先端部こそが、旅の目的地。

 我が国の、西の果てだ。


 海沿いの街道を馬車にてひた走る。片道に掛かる時間は、丸一日を少々超過する程度。

 早朝に首都を出発した我々一行を乗せた馬車は、街道に点在する宿場町で逐時休憩を挟みつつ、順調に距離を稼いでいた。


「……おいっしいわ! ミヤ、あなた地方のグルメにも詳しいのね」

「父に連れられ訪れた土地のものだけですよ。半島の先までは、自分も訪れたことがなくて」

「ふふっ、それじゃあ地の利は俺が一歩リードだ。とびきりの一品、ミヤに教えてあげるよ……」


 ……下方より、震え混じりの弱々しい声。

 リィナ様が呆れたように頬杖をつき、半開きのジト目でライナス王子を見据えた。


「そんな状態のあんたに何言われても、ねえ」


 そんな状態、を端的に言い表すと。

 ――乗り物酔い、である。


 馬車の揺れに脳を揺さぶられ尽くしたライナス王子は、乗り物酔いで真っ直ぐ立つこともままならず。

 今は茶屋にて、横になり休憩を取っていた。


 反論せんとし、こちらもジト目にてリィナ様を睨むライナス王子であったが。

 体調不良の影響だろうか。ライナス王子が時折見せる氷のような凍てつきは、その視線からは微塵も感じられなかった。

 言ってしまえば、全くもって一切合切、怖くないのである。


「何が言いたいわけ、リィナ。なに、もしかしてミヤの膝枕が羨ましい――って?」


 ……私の膝枕に何の価値もないだろうに、何故それをリィナ様が羨ましがるというのか。

 ライナス王子、反論にもキレがないな。酔いの影響は甚大だ……。


「はいはい、ミヤが優しくてよかったわね〜。ね、ミヤ、この町の名産って他にもあるの?」

「大通りを外れた茶屋で提供されている、チョコレートドリンクなどいかがでしょうか。絶品ですよ」


 リィナ様が太陽のように眩しく笑う。開かれた瞳はキラキラと輝き、まるで宝石のようだ。


「いいじゃない! ミヤ、早速案内して!」

「は!? ミヤは俺に膝枕してくれてるんだけど!」

「ライナス、あなたも一緒に来れば?」


 ライナス王子が押し黙る。

 馬車を降りてから茶屋のソファ席に辿り着くまでの短い距離すらも、苦痛に顔を歪めていたライナス王子のことだ。他店への移動は困難なのだろう。


「無理なようね? なら隣の席へ移動して、ライナス。そしてホセに膝枕してもらいなさい」

「やだ……俺はミヤのふわふわな膝じゃないと、寝ない……」

「ならロベルトに倣って、ふつーにソファへ横になればいいのよ。店員さん、お会計お願いできます?」


 凛としたリィナ様の声は店内を通り抜けた。

 近い位置に立つ店員が振り向き、私たちの席へと向かってくる。

 

「リィナ、なに勝手なこと」

「勝手はどちらよ、王子様方? 二人して乗り物酔いして。そのせいで四人席を二箇所も占有しているのよ。混雑してきたし、いい加減、片方だけでも席を空けるべきだわ」


 王子様方、と呼ばれた声に応えたのか。背後よりロベルト王子の、声にならない声が聞こえてきた。

 ……似ていない双子かと思えば、意外と似ている点も多いようだ。我が国の双子王子は。

 まさか二人して、乗り物に弱いとは。


 私たちの隣席ソファにて横たわるロベルト王子は、ホセ氏に見守られながら休憩を取っている。

 こうなってしまっては普段の威厳の欠片もない。眉間の皺には貫録の一つも刻まれていないのだから。


 颯爽とお会計を済ませたリィナ様は、私の膝上よりライナス王子を無理矢理に立たせ。

 隣席のホセ氏目掛け、放り投げるように移動させた。

 驚いた顔をしながらもホセ氏がライナス王子を受け止め、軽やかな動きでソファへ寝かしつける。


「ホセ! 私とミヤは別店舗へ出るわ。頃合いを見て馬車へ戻るから」

「承知ですリィナ様、護衛を一人、同行させますんで。お気をつけて」


 ロベルト王子の護衛(馬車の運転手を兼ねている)二人のうち一人が、ホセ氏の合図に従い頷いた。

 もう片方の護衛は馬車を離れるわけにはいかないのだろう。我々が店内で休憩している間も、炎天下で待機中である。


「……そう言えば、馬車は――ライナスに害を与えた、って判定されたりしないのかしら……」


 独り言のように、やや不安げに口にしたリィナ様の呟きに応えるように。

 ロベルト王子より、うめき声のような返答が提示された。


「馬車は――移動という『利益』を与えたに過ぎず、乗り物酔いはあくまで……ライナスが……」

「ロベルト王子、無理なさらんといてください」


 話題の渦中、ライナス王子は。

 リィナ様に放り投げられたのが最後のとどめとなったのだろうか。

 ソファに突っ伏したまま、一言も発することなく。ただただ、うずくまっていた。


 相当に具合が悪そうだ、ライナス王子。

 旅路はまだ往路の半分を過ぎたあたり。あの様子では、今後の進行にも影響が出かねないだろう。


 乗り物酔いには――胃の不快感を抑えるペパーミントティーなど、どうだろうか。

 気休めかもしれないが、しかし気が紛れるだけでも多少はマシになるかもしれない。

 チョコレートドリンクを提供している店舗では、ペパーミントティーの取扱いもあったはずだ。


 おいたわしい姿のライナス王子に後ろ髪を引かれつつ、リィナ様に連れられ茶屋の外へ。

 海辺の街中を、水分を含む風が吹き抜けていく。私の水色の癖っ毛が、流されるように揺れた。

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