第22話 国王を呼んでこい、と言われぬよう祈るしかないな

「それでは明日以降の日程について、改めて説明する」


 さて、どうしてこうなったのか――発端となった日の回想を終え、改めて思う。

 敢えて言うならば、ホセ氏の策略に乗せられてしまったから……、だろうか。


 学食にて。連休が始まる明日以降の日程を読み上げるロベルト王子の声は、とてもよく通り。

 通りが良すぎて、私の耳の中まで左から右へ通り抜けていく。

 駄目だ駄目だ、集中しなければ。肩身の狭さに腑抜けている場合ではない。


 席順は。結局、ロベルト王子がライナス王子の隣席に着いたことにより決着した。

 私がリィナ様の隣。ホセ氏は護衛として即座の動きが求められるため起立したまま。

 ……ロベルト王子と言えど。やはり婚約破棄された相手の隣というのは、座り辛いのだろうか。


「日程についての説明は以上だ。続いて、西の神託者宅へ訪れる主目的について再度確認する」


 っと、もう説明が終わってしまった。

 ロベルト王子の要領の良さは、激務の次期国王とは何たるかを感じさせる。


「まずリィナ。次代の大聖猊下たいせいげいか、就任者変更について報告」

「はいはい、分かってるわよ。お兄様の起こした事件と罪状は伏せて、ってことだったわよね?」

「それで構わん。そして俺は次期国王として、改めて挨拶」


 ロベルト王子の言うところによると、西の神託者は。

 気まぐれで偏屈、へそ曲がり、ひねくれ者、偏狭で狭量――まあ、気難しい性格といったところだろう。

 人嫌いで他人との接触を拒む割に、仲間外れにされたり、後回しにされることを嫌うという。

 

 ゆえに、次代の大聖猊下がリィナ様となることを、国民より後に知ることとなったら。

 後回しにされたという事実に、西の神託者が憤慨する可能性が高いだろう、と判断されたらしい。


 神託者。神の声を聞くとされている者。各代に二人、それぞれ東西の名をもって呼ばれている。

 教会の中でも特別な役職を持つその二人は、相応に高い位階を持つ。教会の今後を考えれば、怒らせないに越したことはない相手だ。


「そしてライナス。お前も王家の者として、挨拶。――それから、可能であれば」


 ロベルト王子に名指しされたライナス王子は。

 やる気が出ないと言わんばかりに上半身を机に突っ伏し、そのままの状態でロベルト王子を見上げた。

 

 視線に応えるように、ロベルト王子も横目でライナス王子をチラと見やる。

 その表情は、珍しく苛烈さが鳴りを潜めていて。

 代わりに――軽く寄せられた眉間の皺には、憂慮の感情が込められている。


「……お前の呪いを解いてもらえるよう、俺から西の神託者に嘆願する」

「無理でしょ。そもそも解いてもらわなくていいし。あーあ、だから行きたくなかったんだよなあ」


 ライナス王子の呪い。西の神託者により施された、とされているもの。

 呪いをかけた張本人であれば、呪いを解くことができる――まあ、分かりやすい考え方だ。


「呪いを解かなくていい、とは聞き捨てならんな……。不確定要素が多過ぎる『呪い』のせいで、ライナス、お前には安易に人を近付けさせられず、従者も付けられないのだ。お前が国民から忌避されているのも、従者を付けられないほど『呪い』の力は不吉なのだと思われているせいで――おい、ライナス、聞いているのか」


 ライナス王子があからさまにロベルト王子より視線を逸らす。無視の姿勢だ。


「はー……。ほんっと面倒な奴だよね、西の神託者ってのは。元はと言えばさ? 人嫌いを考慮して、俺らの生誕祭に呼ばないことにしたのに。それで逆上するような人間だよ」

「ライナス、その話、西の神託者の前ではするなよ」

「どうかな~、西の神託者の態度如何によっては、つい口からポロっとしちゃうかも」

「ライナス!」

 

 ライナス王子が机に寝そべったまま、舌を出し目を伏せた。

 反抗的な態度に、ロベルト王子のため息が漏れる。


「……まあいい、ホセ。お前はライナスの言動を監視しておけ」

「仰せのままに」

「げえ、今度は俺の監視? そもそもホセは護衛のためについてくるんじゃなかったの?」

「護衛の役割も当然ホセには担ってもらう。そしてミヤ・エッジワース」


 私の役割。それは。

 訪問日延期に対するお詫びの品、プラムのパウンドケーキの説明と、それから。

 ……ホセ氏より、こっそり言い含められているものが、もうひとつ。


 ライナス王子の……お世話役。

 なんて言うと仰々しいが、つまるところライナス王子の話し相手、と言ったところだ。


 ライナス王子は西の神託者宅への訪問に全く乗り気ではない。

 だからこそ道中、少しでも楽しく過ごしてもらえるよう、ホセ氏より協力を請われたのである。


 そんな大役、務まるかは分からないが。まあ、精一杯やらせていただこう。

 ……何より、私自身だって。ライナス王子との交流を、全く楽しく思っていないわけではないのだ。


「各人の主目的は確認が終了したな」


 ロベルト王子が参加者の面々をくるりと見渡すように確認し。

 私とホセ氏が、ロベルト王子に応じるべく首肯。

 リィナ様は軽く息を漏らし、身体を反るように背筋を伸ばされた。そして。


「でも結局、西の神託者様のご機嫌次第よねえ……」


 ――沈黙が流れる。

 ロベルト王子すら、リィナ様の不謹慎ともとれる発言を否定されることもなく。目を伏せ考え込むような表情。

 図星、と言ったところか……。


「……あの、西の神託者が。次代、大聖猊下変更の報告に同行する付き添いが、俺とライナスだけであることを納得してくれるかどうか……」

「俺らは付き添い、って言っちゃってるじゃん、兄貴。さっきの目的確認はなんだったのさ」

「我々の挨拶が重要な目的であることも確かだ」

「も、って言ってるじゃん!」


 やいのやいの、とライナス王子が煽り立てる。

 しかし、私のような平民相手であっても約束を違わない、ある種の公平さを持ち合わせたロベルト王子ですら。『あの』西の神託者、なんて言い草だ。かなり厄介な性格をしているのであろうことは、想像に容易い。

 

 そんな方を相手に、詫びのお土産についての説明、父でなく私で大丈夫だろうか。改めてプラムの特徴を確認し直した方がいいかもしれない。

 プラムのパウンドケーキ、気に入ってもらえればいいけど……。


「……はあ。父上を――国王を呼んでこい、と言われぬよう祈るしかないな……」


 ロベルト王子が弱気にため息。あの厳格を絵に描いたような、常に背筋がピンと伸びているロベルト王子から、まさか弱音が漏れるとは。

 西の神託者宅への訪問。これは思った以上に、かなり骨の折れる任務となりそうだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る