第21話 俺、帰んないけど

 思い返せば。寝てしまう前、見舞いに来られたライナス王子が仰っていた。

 なんだったかな、確か。「こんなことなら、準備なんてすっぽかして」――だったか。


 準備、とは。

 ライナス王子に呪いをかけたとされている『西の神託者』が住む地への、訪問準備……だったのか。


 ――もしかして、私の風邪のせいで。

 とんでもない用事を、すっぽかさせてしまったのでは?


 怒り心頭のロベルト王子だが、ライナス王子には馬耳東風のようだ。

 

 ライナス王子は起き上がった私に気付くと、満開の笑みをこちらへ向けてきた。

 向きを変えた頭の動きに合わせて、襟足より伸びる長い髪の毛が飛び跳ねる。

 

 私へ顔を向けたライナス王子からは、ロベルト王子は何一つとして視界に入らない角度。

 ああ、ライナス王子の視界の外で、ロベルト王子が鬼の形相に……。


「ミヤ起きた? 気分はどう? ホセに林檎でも剥かせようか」

「ライナス、聞いているのか! それにホセはお前の従者ではない!」

「ロベルト王子、まあまあ。林檎くらい剥きますんで」


 ……カオスだ。カオスな光景が広がっている。他に言い表しようがない。


「ええと、ロベルト王子。私からも、お詫び申し上げます」

「ミヤ・エッジワース、お前には関係ないだろう」


 ピシャリ、なんて擬音が聞こえてきそうなほど。

 きっちりとした拒絶を食らい、気持ち仰け反ってしまう。

 

 私視点で見れば、自分のせいでライナス王子に用事をすっぽかさせてしまった……だけれど。

 ロベルト王子にとっては弟の不義理でしかない、ということか。


「ミヤせんせ。ロベルト王子はですね、ミヤせんせが気に病む必要はあらへん、って言うとるんですよ」

「ホセ、口を慎め」


 仰せのまま、と調子よく口にし、ホセ氏が皮を剥き終えた林檎を一口サイズに切り分け始めた。

 ホセ氏、自身の主人に対しても結構、軽口とか叩くんだな……。


 ひとまず。このままでは埒が明かない。

 西の神託者宅への訪問について、予定の組み直しができるのかは分からないが。

 いつまでも我が家に居座ってもらう訳にもいかないだろう。


「ライナス王子。今日はお見舞い頂き、ありがとうございます。この通り、快方に向かっていますので」

「……俺、言ったよね? 風邪が治るまで徹底的に甘やかすから、って」

「治っていますよ。大丈夫です」

 

 元気な証拠と言わんばかりに立ち上がる。ライナス王子の静止は一旦、無視。

 そして棚に近付き、プラムのパウンドケーキを取り出す。


「ライナス王子、良ければこちらをお持ち帰りください。お礼にと、父に取り寄せてもらったものです」

「……俺、帰んないけど」

「私は大丈夫ですから。ロベルト王子とのご用件を、優先していただいて」


 私の返答が不満だったのだろう、ライナス王子が口を尖らせ眉根を寄せる。

 そして一歩も動いてなるものか、と重心を更に低くしたライナス王子に代わるように。

 林檎を切り分け終えたホセ氏がステップを踏むように私に近付いた。


「へえ、パウンドケーキでっか。上に乗っとるのはプラムで?」

「はい。ルドヴィング家領地の名産でして。他の品種より濃厚な甘さを持ちつつ、プラム独特のわずかな酸味も感じられる絶品です。父に一声かけて頂ければ、パウンドケーキ以外のプラム商品も取り寄せますよ」

「ははあ、こら旨そうや。ロベルト王子、これやら丁度ええんやないですか」


 ちょうどいい? どういうことだろうか。

 声を掛けられたロベルト王子がしかめ面のまま、こちらに近寄る。そしてホセ氏と同様、私の手元を覗く。

 ――そ、その、憤怒の形相のまま至近距離に来られると。圧が……。


「西の神託者サマ、甘党でっしゃろ? お詫びの品として、ミヤせんせの父上に頼んだらええんちゃいます」

「……お前の父。ミルトン・エッジワース、だったか。国一番の商人と名高い」

「仰る通り、我が父はエッジワース社代表、ミルトン・エッジワースと申します」


 西の神託者への、お詫びの品……。

 なるほど、責任重大だ。しかし父ならその期待にも応えてくれるだろう。

 何より、私としても。ロベルト王子たちへ対して少しでも詫びになれば、という気持ちもある。


「せや! ミヤせんせにも同行してもらうんはどうでっしゃろか」


 ……うん? 同行?


「ホセ、どういうことだ」

「ミヤせんせがおればですね、如何に選び抜かれた品で誠意表そうとしとるんか、西の神託者サマにも伝わる思うんですよ。それにほら、ライナス王子も」


 ホセ氏が横目でちらりと見やったライナス王子の眉間の皺は、益々深く深く刻まれていた。

 

「またそうやって、ミヤを利用しようってわけ?」

「利用なんてそんな、そんな。ライナス王子もその方が嬉しいでっしゃろ?」


 毛を逆立て威嚇するようにライナス王子がホセ氏を睨むが、ホセ氏は涼しい顔。

 やはりこの二人、リィナ様が関係しない限りはホセ氏の方が優勢のようだ。

 というか、ホセ氏が過剰なまでに捉えどころのない性格をしている、と言えるかもしれない。何しろロベルト王子に対してすら、飄々とした態度だし……。


 ロベルト王子の探るような目付き。いつぞやの初対面でも、向けられたな。

 しかし今回は品定めの意味だけではないようだ。ホセ氏の言い分が真か否か、そしてそれが得となるかどうか。おそらく、そんな意味も込められた視線。

 

 ……ロベルト王子の同意も得られたら、同行することになるのか。荷が重いな……。

 けれど仕方ない、か。それで全てが丸く収まるなら。


「……って、思ってるでしょ」

「え?」

「ミヤ。兄貴が同行しろって命令するなら、仕方ないな、って思ってるでしょ?」


 驚いた。まるで思考を読まれたようなタイミング。


「顔に、出てました?」

「ううん。でも、いつもそうじゃん。ミヤはそうやって、周りに流されてばかりだ。従う必要なんかないのに」

「いえ……、一国民として、王家の命令であれば当然、従います」


 ライナス王子がふくれっ面で私から視線を外す。外された視線の先はロベルト王子へ。きつく睨む目付き。

 こんなやり取り、以前もしたな。ライナス王子と。あの時も、ロベルト王子の命令がきっかけだった。


 私たちの会話を聞き納得したのか、ロベルト王子が軽く頷き、そして口を開いた。

 自身へ殺気を向けるライナス王子は無視したまま。……この王子二人、都合が悪ければ容易に相方を軽んじるという点においては、似ている双子かもしれない。


「確認しておこう。ミヤ・エッジワース、来週――国民の祝日期間の予定は?」


 ――休日祝日無関係な仕事狂の父と出掛ける予定など、あるわけもなく。

 友人との予定も当然あるわけがない。……友達がいないのだから。


 だから。答えは、最初から決まっていた。

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