第20話 うん……うん。好き、すっごい大好き

 さて、どうしてこうなったんだっけ。


 授業終了直後の講義室は、いつにも増してざわざわと騒々しい。

 明日から始まる大型連休が理由だろう。国民の祝日が重なり、大学も一斉休暇となる期間。

 行楽の約束がけたたましく飛び交う――そんな中を潜り抜け、一人学食へ。


 友人のいない、父親も遠方に出張中の私には、大型連休も無関係。

 ――の、はずだったのだけれど。


「やあ、ミヤ。待ってたよ」


 何の因果か。連休中、ライナス王子と行動を共にすることとなってしまった。

 否、今回はライナス王子だけではなく、更に加えて。


「ミヤ、こっちよ! ほら、私の隣を空けておいたから」

「ちょっとリィナ、ミヤは俺の隣に座るって決まってるんだけど」

「あなたの隣にはロベルトを座らせなさいよ。ね、ミヤ、それで例のものは持ってきたの?」


 ……こんなにも席を選ぶのが気まずい場面も、そう多くはないだろう。

 ライナス王子とリィナ様の衝突を回避すべく、一旦席の選定を中止し、立ち続けるという選択を取る。

 

 しばらくすればロベルト王子とホセ氏がやってくる。ロベルト王子に席の選定を任せてしまおう。

 私はその後、余った席に座ればいい。


 手荷物より、『例のもの』を取り出す。

 プラムのパウンドケーキ。

 

 ライナス王子への諸々のお礼として、父に取り寄せてもらったもの。

 ……ではなく、その後さらに追加で、取り寄せを頼んだ分だ。


「美味しそうじゃない! 飾り付けのプラムも瑞々しく輝いて食欲をそそるわ。いいお土産になりそうね」

「あーあ、元はと言えば俺がミヤから貰ったものだったのにな」

「あなたの分は一人で全部食べつくしたって聞いてるわよ、ライナス」

「でもさあ、これをミヤが俺のためだけに選んでくれたことにも価値はあってさ……」


 拗ねるようにライナス王子が口を尖らせ、上半身を机に突っ伏した。

 商品選定に価値を見出してもらえたのは、商人の娘として喜ばしい限りであるが。

 その価値を重んじるが故に、気を悪くされてしまうのは難しいところだ。


「ライナス王子。この前のケーキは、バーンズ元教授の件に関する分ですから。後日、別のお礼を贈らせてください」

「……別の?」

「ええ。そうですね、イチジクはお好きですか?」

「うん……うん。好き、すっごい大好き」


 むくりとライナス王子が身体を起こす。

 襟足から長く伸びるライナス王子の髪の毛もまた連動するように、するりと背中を滑り落ちた。

 起き上がったライナス王子により、私の両手がガッシリと掴まれる。


「……好き」

「よかったです。それでは、また父に取り寄せてもらいますよ」


 以前、イチジクを使ったゼリーを手に、「掘り出し物を見つけた」と浮かれながら帰宅した父の姿を思い出す。

 あの品なら、きっとライナス王子にも喜んでもらえるだろう。


「イチジクの葉はその大きさゆえに、色々なものを覆い隠すと言われているけれど。ねえ、ライナス?」

「――きみには関係ないだろ、リィナ」

「そうねえ、関係ないといいんだけれど」

「なにその、意味深な――」


 ライナス王子の手が私から離れ、リィナ様に向きなおられたのとほぼ同時刻。

 後方より、我々へ呼びかける声が聞こえてきた。


「すんまへーん、お待たせしとります」

「ライナス、リィナ、そして――ミヤ・エッジワース。全員揃っているな」


 全員。

 そう、この場にいる全員――ライナス王子、ロベルト王子、リィナ様、ホセ氏――そして私、の五人で。

 連休中、行動を共にすることとなってしまった。

 

 ――気まずい、なんてものではない。

 

 我が国の王子、二人は言うまでもなく。リィナ様も国民への通達はまだとは言え次代の大聖猊下たいせいげいか、つまり教会の次期トップ。上流階級の人間が集う国立大学の中でも、間違いなく最高峰の身分である御三方。

 ホセ氏も上記三人には劣るとはいえ、名門オルランド家排出の騎士であり、しかも王子の護衛を任されるほどの実力の持ち主である。


 対して、私はただの平民。商人の娘でしかない。

 余りにも肩身が狭すぎる……!


 ああ、どうしてこうなってしまったんだったか。

 発端は先週末。風邪を引いた私のお見舞いに、ライナス王子が我が家へ訪問された、あの日だった。


 *


 ――夢を見ていた。幼少の頃の記憶。

 風邪を引いた私に、父親が持ってきたものはプラムのパウンドケーキだった。


 どう考えたって発熱の幼児に渡す食べ物ではないそれは、父親が取引先で入手したものだった。

 焼けた小麦特有の、香ばしい匂いが鼻孔を刺激する。

 誘惑に耐え切れず食べた、結果、生地が炎症していた喉に貼りついて痛い目を見た。

 けれど美味しかった。大切な思い出。


 プラム。そうだ、プラムのパウンドケーキと言えば。

 先日、数日ぶりに父親が帰ってきたときに。取り寄せたと、渡された品が棚に入っていたはずだ。

 ライナス王子へのお礼に、と考えて父に頼んだ一品。


 ……ライナス王子!

 急激に脳が覚醒する。今の状況を改めて思い出す。


 寝てしまったのか。ライナス王子がお見舞いにきてくださったにも関わらず。

 起きなければ。そしてお礼に、パウンドケーキをお出ししよう。


 少し寝たからだろうか、多少は頭がすっきりしていた。

 身体の怠さもマシになっている。これならパウンドケーキを切り分けることもできるだろう。


 目を開いて、ライナス王子、と。

 呼びかけようとした一瞬前に、家の奥より怒声が響いた。


「――ライナスッ! ここにいるのか!?」

「げ、兄貴」

 

 え、ロベルト王子? な、なぜ我が家に?

 混乱で頭が追い付かない。しかし床を叩くような足音は、私の狼狽など一切構わず。

 躊躇なく、どんどんと音が大きく近くなっていく。


「ライナス!」

「……ああ、ミヤせんせ、お邪魔しとります」


 豪快に寝室の扉を開けたロベルト王子は、私の存在には一切目もくれずライナス王子へと詰め寄る。

 代わりにホセ氏が遠慮がちに私へ話しかけた。


「すんまへん、勝手に入ってもうて」

「ええと、はい、あの……」

「――ライナス! 今日が何の日か、分かっているのか!?」


 ロベルト王子の声量が大き過ぎて、私たちの会話を続けることは明らかに不可能であった。

 ホセ氏の苦笑いに誤魔化された気持ちになりつつ、一旦、兄弟喧嘩を見守ることにする。

 事の経緯を知るにも、それが一番手っ取り早そうだ。


「はいはい、西の神託者が住む地へ訪問する日――でしょ。いいじゃん、そんなの。俺がいなくたって」

「お前ッ……相手が誰か分かっているのか? 気まぐれで偏屈、へそ曲がり、ひねくれ者の――お前に呪いをかけた張本人だぞ!」

「!」


 西の神託者。

 王子の生誕祭に呼ばれなかった腹いせに、双子の王子へ死の呪いをかけた――と、されている人物。

 結果的には、その場にいたもう一人の神託者により、呪いの効力は書き換えられ。ロベルト王子とライナス王子は一命を取り留めたわけだが。

 

 え、それじゃあ、もしかして。

 ライナス王子が今、ここにいるのって……。


「西の神託者との約束を違えるなど――あの偏狭で狭量な神託者がどう思うか、おい、ライナス!」


 ……ライナス王子……。

 私の見舞いのために、そんな重大な相手との用件を、すっぽかしていたのか……!

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