第18話 あんたの一方的で独善的な横暴さにはいい加減愛想も尽きてるのよ

 聖母アリア像の下敷きになられていたサウリ様が救出され。

 シャンデリアの落下により足を怪我されたライナス王子もまた、ホセ氏の肩を借り立ち上がっていた。

 ……事後処理は大変そうだ、と他人事のように思う。


 ライナス王子の言葉に、結局私は何も返答できなかった。

 呪いを否定することも、肯定することもできないまま。

 沈黙を破ったのはリィナ様だった。


「あなたたち、今更なにを言っているの?」


 ……リィナ様は事情を、ライナス王子が呪いの行使を禁じられていたことを知らない。

 その立場からであれば、私達の会話が意味不明となるのも当然だ。ライナス王子の『呪い』は全国民の知るところなのだから。


「そんなことより、ロベルト。あなたに頼みがあるのだけれど」


 ロベルト王子もまた「そんなことより」と今にも言い出しそうな表情でリィナ様へ応える。

 

 ……ロベルト王子の立場としても、ライナス王子への返答は難しいところなのだろう。

 呪いの力を信じているからこそ、呪いの有用性を説かれると弱いのだ。

 事実として、『呪い』を使わなかった(と主張している)ライナス王子は、事件に巻き込まれ負傷しているわけだし――ライナス王子を取り巻く『偶然』は、毎度のように面倒な状況ばかり作り出すなあ……。

 

 故に、「そんなことより」とリィナ様へ向け思っていても。

 けれども、なにも言えずにいるのだ。ロベルト王子は。

 リィナ様に対しても、ライナス王子に対しても。


「ホセを手放してくれない?」

「……はあ?」

「っえ!?」


 ホセ氏に肩を借りていたライナス王子の全身が揺れる。ライナス王子が迷惑そうに眉を顰めた。

 しかし誰の応答にも反応せず、リィナ様がツカツカと歩みを進めホセ氏の腕(ライナス王子に貸している肩とは逆側だ)に抱きつく。


「もう決めたのよ。ホセを次期・『大聖たいせい』たる私の婿に迎えるわ!」

「へっ、ええと、ええ!?」

「仕方ないと諦めていたロベルトとの婚約が、こんな形とはいえ立ち消えになったんだもの。もう誰かに流されて結婚相手を決めるなんてこと、絶対しないわよ! ホセ、いいでしょ?」


 一瞬にして頬を血の色で真っ赤に染めたホセ氏が狼狽するたびに、ライナス王子が揺れる。

 はは、と乾いた笑い声がライナス王子から漏れた。


「良かったじゃない、ホセ、禁断の恋が晴れて玉の輿だよ」

「へっ、いやぁ、その……」


 先ほどより、ホセ氏から出てくる言葉にはひとつの意味も存在していなかった。ただの音の集合体だ。

 無理もないか。主人の(元)許嫁が、急に自分を伴侶にするなどと言い出したのだから。

 傍目から見れば元々、両思いでしかなかったとはいえ……。


「リィナ、ふざけた真似はよせ。ホセ・オルランド、お前の主人は?」

「……はっ! ロベルト王子、忠誠を捧げたのはあなた一人であります!」

「ちょっと、ロベルト! ズルイわよ、そうやってホセの忠誠心を利用するような真似!」


 ギャンギャンと喧しい。ホセ氏の取り合いを始めたロベルト王子とリィナ様の会話を聞いていると、ある意味では相性のいい二人だったのかもしれないと思う。伴侶としての相性はともかくとして。


 ――これ以上、茶番に付き合っている場合ではないな。

 私には義務がある。ライナス王子の、「呪いを認めてくれるよね」という問いかけに、返答しなければならない。


 とはいえ、どう返すべきか。まだ悩んでいる、というのも確かだった。

 呪いなんて非科学的なもの、存在しないことは確かであるけれど。

 それをそのままライナス王子に伝えて、何になるというのか。自らの内に出てきた疑問への答えは見つからないままだ。


 だってライナス王子は、呪いを自身のアイデンティティとしている。

 だからこそ何度も何度も告げるのだ、私に。『呪い』を認めてくれ――と。

 

 もちろん、呪いにしか価値がないという考え方には到底共感できないけれど。

 だからと言って、ライナス王子の抱いているアイデンティティをただ否定するだけというのも……。


「ね、ミヤ」


 憂虞が顔に出ていたのだろうか。気遣うように優しくライナス王子に呼びかけられた。

 これ以上悩んでも、今ここで答えが出る気がしない。ならば、ただ確かな事実だけでもせめて伝えよう。


「ライナス王子。先程は、シャンデリアから庇ってくださって、ありがとうございます」

「ううん、いいんだよそんなこと。ミヤが無事で何よりだ。それにさ、おかげで何とかなったわけだし」

「……けれど、私は。ライナス王子にこれ以上、傷つかずにいてほしい、のです」


 いちばん素直な事実。

 結局、一番のところは『傷ついてほしくない』。それだけだ。

 

 だから身の回りの不幸を、全てライナス王子の『呪い』のせいにすることは許容できないし。

 しかし同時に、『呪い』を否定することがライナス王子を傷つけることになるのであれば、それは……。

 

 でも呪いは存在しないし、だからどんな奇想天外な出来事が起ころうとそれらは全て偶然であるし。

 けれども、だからと言って、呪いの不在を強弁するのも。まして『呪い』の力を使うなと命じるのも、それによりライナス王子の尊厳を害するならば。それは違うと思う――違うのだと思い知らされた、し。

 

 ……堂々巡りだ。


 私の逡巡を知ってか知らずか。

 ライナス王子は肯定するように何度か頷き、パッと顔を上げ笑顔を見せた。


「大丈夫、分かってるよミヤ。俺が傷付かない方法で呪いを使えばいいんだよね? 次はそうするから」


 そうなのかな?

 しかし以前は、自身の傷を一切厭わない発言をされていたのだ。実際、今もこうして私をシャンデリアから庇い、傷を負っているわけで。

 ご自身が傷つかないようになさるというのなら、一歩前進、十二分だろうか。

 そうか? そうかなあ……。何か、重大な視点を見落としている気がする。


 ふと、私の後頭部に影が掛かる。

 振り向けばロベルト王子が、私の背後よりライナス王子を凝視していた。

 ホセ氏の取り合いについては話がまとまったのだろうか。


「……ライナス。協約通り、お前とミヤ・エッジワースの接触を認めよう」

「あはは、約束は守る男だもんね兄貴。ミヤを良いように使おうとしたのは許し難いけど、ひとまず調停かな」


 ロベルト王子の表情は険しい。

 納得したわけではないのだろう。

 

 とはいえ、これ以上口を出してくるということもなさそうだ。

 それならば特に問題はない。庶民が次代の王たる王子殿下と関わることも今後そうないだろうし。

 

 ……それを言ったらライナス王子との交流が続くのも、庶民の立場としてはどうなんだ? と思わなくもないが……。


 憤然とした表情のままロベルト王子が身を翻す。背負うマントが空気を含んでヒラリと開き揺れた。


「だが忘れるな、ライナス」


 振り返ることもなく。ロベルト王子の背中より言葉の続きが発せられる。


「お前の『呪い』が、危険なものであることに変わりはない。その娘のために呪いの力を多用するような真似はしてくれるな」


 はいはーい、と間の抜けたライナス王子の返事。

 畳み掛けるようにリィナ様の癇声が聞こえてくる。


「ロベルト、待ちなさいよ! あんたの一方的で独善的な横暴さにはいい加減愛想も尽きてるのよ、ホセだって多分そうだわ!」

「リィナ様、そないなことはありませんて!」


 ……ホセ氏の取り合い、まだ終わっていなかったのか。

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