第17話 だからさ、認めてくれるよね?
リィナ様の婚約破棄宣告に、真っ先に反応を示したのはロベルト王子であった。
……真っ先とはいえ、それでも数秒の沈黙と硬直は存在したが。
「不可能を宣言する意味が分からん。リィナ、お前は何が言いたいんだ」
自身への婚約破棄を前に狼狽のひとつもなく、堂々たる返答。流石の貫禄と言ったところか。
しかし相対するリィナ様も負けじと胸を張り、威厳をもって応える。
「不可能。ロベルト、さすがいいことを言うわね。そう、あなたとの婚約は不可能になったのよ」
「お前に王妃以外の生き方が残されているとでも?」
「――お兄様が
リィナ様の視線が下へ。その先には聖母アリア像の下敷きとなり気絶したサウリ様。
堰を切ったように、ロベルト王子お付きの護衛らがサウリ様の元へ集まりだす。当然、ホセ氏も含めて。
みなリィナ様の宣言に呆気にとられていたのだろう。リィナ様の視線がサウリ様へ向かうまで、目の前の惨状を前に立ち尽くしていたらしい。
強さを湛えた瞳というものは、人々の行動までを動かす――そういうことだろうか。
ロベルト王子までもが、リィナ様の視線に誘導されたかのように。
サウリ様の現状を認め眉根を寄せる。
「リィナ、世迷いごとを言っている場合か? 状況の説明が先だろう!」
ロベルト王子の大声量に負けず劣らず凛としたリィナ様の声が、鈴の音のように礼拝堂内へ響き渡る。
「お兄様は罪を犯された。――殺人未遂よ」
「……殺人!?」
「それによりライナスの呪いを受け、聖母アリア像の下敷きになられた」
カツン、靴の音が鳴る。
一歩踏み出したリィナ様の頭上に、ステンドグラスを通した色とりどりの光が降り注ぐ。
「だから、私がなるわ。次代の『
そうか。リィナ様の瞳に映った覚悟とは。
この――大聖猊下への就任宣言、だったのか。
沈黙の音が礼拝堂を包んだ。全員がリィナ様の宣言に絶句していた。
……しかし、ただ一人。ただ一人だけ、視線の先がリィナ様ではない人間がいた。
私がそのことに気付いたのは、ロベルト王子の激高を耳に受けた後であった。
「――ライナス! お前、『呪い』の力を使ったのかッ!」
*
怒声を受けたライナス王子は、心底面倒そうに。
眉間に皺を寄せ、手をヒラヒラと振った。
「ねえ兄貴、この状況、見て分からない? 不可抗力だったんだよ」
ライナス王子が視線だけでシャンデリアを指し示す。
は〜あ、と呆れたため息を添えて。
……呆れた、わけではないが。正直言って私も驚いた。
ロベルト王子、この人にとっては。自身の婚約破棄よりも、弟が『呪い』を使ったことの方が重大事項らしい。
「リィナが言っただろ、サウリは殺人未遂を犯した」
「――お前を、そのシャンデリアを用いて殺そうとした……と」
「そ。だから呪いが発動したわけで、俺の意思じゃない……」
ライナス王子が目を伏せて。
グルン。首を回し、頭を一周させた。
元の位置に戻ってきた顔に浮かぶ表情、は。
――見開かれた瞳孔は。
背中へ、一筋の冷気を走らせた。末恐ろしく、底知れぬ恐怖に包まれたような心地。
覚えがあった。
ロベルト王子に、私との接触を禁じられたライナス王子も。今のように、殺気だっていた。
怒っている。何に?
呪いを故意に使った――との冤罪は、シャンデリアの惨状で既に晴れているではないか。では何故。
ライナス王子が口を開く瞬間を、固唾を飲んで見守る。この場において唯一許された行動はそれだけであった。
「――だからさ、」
一音一音、一口一口、丁寧に。丁寧過ぎるほどハッキリと、ライナス王子が音を紡ぐ。
「最初から『呪い』の力を使っていれば、こうはならなかった。そうなんだよ、兄貴」
「……なんだと?」
ロベルト王子の憤慨した返答にも怯まずライナス王子が話を続ける。
「大惨事が起きる前から分かってたんだよ、俺は、麻薬取引犯がサウリだって。取引現場に立ち会った、その現場にいた人間の声はサウリのものと酷く似ていた」
ロベルト王子は口を挟むのをやめたようだった。
眉根の寄った瞳でライナス王子を睨み付けるに留めている。
――麻薬の話になったからか。
ロベルト王子視点では。サウリ様の罪状について――殺人未遂については既出だが、麻薬取引については初めて聞く話なのだ。
ゆえに、ライナス王子を詰るよりも、ライナス王子の説明による現状の把握を優先したのだろう。
「で、サウリによる麻薬取引現場に立ち会った時点で呪いの力を使っておけばさ? サウリが逮捕されて一件落着だよ。でもそうできなかった。だからサウリに尾行されて、殺されそうになった」
ま、尾行されたってのは俺の推測だけど、とライナス王子が付け足す。
サウリ様は仰っていた。
ライナス王子を殺す日が今日になったのは神の導きだ、と。
あの言葉は――麻薬取引の現場を見られたから殺す、元から殺すつもりだったのだから――そういう意味だったのだろうか。
だとすればライナス王子の推測も真実味がある。
「分かっただろ? 兄貴、それと……」
唐突に。
ライナス王子の視線が、ロベルト王子より逸れる。
ばっちりと、目が合う。
いつの間にかライナス王子の瞳孔が閉じている。
慈しむような瞳が、私を優しく撫でるように向けられている。なのに、粟立つ背中が。……落ち着かない。
「ね、ミヤ」
私を呼ぶ声は、ロベルト王子へ呼びかける音とは全く、違っていて。
優しかった。恐ろしいほど優しく、穏やかで、温和な響きをしていた。
先程までの殺気だった様子が嘘のようで――でも。
喉から音が出ない。……否。
出すべき言葉が、見つからない。
この後、ロベルト王子が何を言うかはもう、分かりきっていた。
……だって何度も何度も、聞いた意思だ。私はもう、ライナス王子の認識を既に、理解している。
いつもなら当たり前のように出る言葉が、喉でつっかえて出てこない。代わりの言葉も見つからない。
ライナス王子の確信と比べて、私の持論がひどく弱々しいものに感じられる、その引っかかりが喉を圧迫していた。
ライナス王子は満足そうに笑い、そしていつも通りの間伸びした話し方で礼拝堂内を満たした。
「ね。だからさ、認めてくれるよね? 俺の『呪い』を」
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