第7話 流されて言いなりになる必要なんかないのに
例えミリ単位であろうと。ロベルト王子の表情の変化を見落としたりはしない。
薄らと。ロベルト王子の瞼が、平常よりもほんの少しだけ、開かれた。――瞳孔の開きに合わせた動きだ。
驚愕の表情を見て、確信する。
ロベルト王子はライナス王子に『呪い』の力を使わせたくない、だから私とライナス王子の交流を阻もうとしている――この考察は、おそらく当たっている。
私が引き金となり、ライナス王子の呪いが発生することを、ロベルト王子は恐れている。ならば。
私の存在はライナス王子の『呪い』に関与しない、と納得してもらえればいいのだ。
自身の思考のクリティカル部分を突かれたからこそ、動転したのだろう。ロベルト王子は。
ならば、この直談判は。「麻薬取引の経路調査中にライナス王子が呪いの力を使わなければ、私とライナス王子の交流を認める」という交換条件は、ロベルト王子に受け入れてもらえるはずだ。
互いに不利益が発生せず、利益を得られる可能性が高いのだから。
「呪いなんてもの、存在しないのではなかったか?」
ロベルト王子がやや皮肉げに言い放った。
交渉成立も同然だろう。他に否定の言葉を吐けない、ということなのだから。
「ええ、存在しません。ですから当然、ライナス王子が呪いを使った痕跡など残るはずもない」
私の返答をしかめ面で受け取ったロベルト王子は、背負うマントをはためかせながら身を翻し。
背中越しに最後の宣告を述べた。
「……ライナスが呪いの力を使う素振りを見せた時点で、麻薬取引の経路調査は打ち切り。ミヤ・エッジワース、お前は牢屋行きだ。ホセ、しっかり見ておけ」
「仰せのままに」
ホセ・オルランド以外の従者を引き連れて、ロベルト王子が学生食堂を後にする。
……あれ、ちょっと待って。
私の手錠は? 鍵、掛けたまま?
*
ライナス王子本人は無言でありながら、その手に持つ道具から放たれる音はガチャガチャとうるさい。
私はただその光景を――目にも止まらぬ早業で私の手錠を外していくライナス王子を、見ていることしかできなかった。
そういえばこの王子、鍵開けスキル持ちだったな……。
特別な前兆もなく、手錠と地面の衝突音を伴い、両手首に自由が訪れた。
床に投げ打たれた手錠に目もくれず、ライナス王子が私の両手を握り締める。
「俺は納得してないからね、ミヤ。結局、兄貴に良いようにされてるだけだ」
「私はそれで構いませんよ」
「構うよ。流されて言いなりになる必要なんかないのに」
言いなり、というほどでもないと思うけれどな。少なくともライナス王子との交流存続については、こちらの意向をかなり強めに優先させられたし。
しかしライナス王子は気に食わない様子で、目を据わらせ唇を尖らせている。
「まあまあ、ええやないですか。僕も協力しよるんで、早よ解決しましょうよ」
「ホセ・オルランド、俺はきみのことも納得してないんだけど!」
ライナス王子がホセ・オルランドに向き直り詰め寄る。上半身の回転と共に、ライナス王子の襟足から伸びた髪の毛、そして赤いリボンが勢いよく揺れた。
ライナス王子をなだめるように挙げられたホセ・オルランドの手には先程の手錠。どうやらライナス王子の代わりに回収したようだ。
「フルネーム呼びなんてけったいな。ホセ、でええです」
「ホセ……さん、あなたは麻薬取引の経路について、何か情報をお持ちなのですか?」
「ええまあ、僕はロベルト王子の護衛職と、治安維持の部隊員を兼ねてますんで。ミヤせんせの力になれると思いますよ」
せ、先生……? 独特の敬称で他者を呼ぶタイプの方なのだろうか。
「バーンズ容疑者の麻薬仕入ルートについては、治安維持部隊でも目処がつきまして。で、容疑者の仕入れた麻薬が大学内で出回っとることも突き止めたんですけど」
……やはり、大学内でも麻薬が蔓延していたのか。
ロベルト王子が『大学構内での麻薬取引経路』と指定した時点で、そうだろうとは思っていたが。
「けれども容疑者から生徒へ直接、麻薬が撒かれた形跡がないんです。そうなると他を経由してんのやないか、とまでは推測できるんですが。大学構内のこととなると僕らには中々。内部情勢が分からへんので」
お手上げ、と言わんばかりにホセがふるふると首を横に振る。
「それでミヤを利用しよう、ってわけね」
「利用だなんてそんな。ウィンウィンやないですか」
のらりくらり、ライナス王子の弁舌を躱していくホセ氏。
短く切られた黒いふわふわの頭髪が、ゆらゆら揺れている。全体的に捉えどころのない人物だ。
「大学内のことは分かれへんのやけど、麻薬中毒に陥った生徒については一人、突き止めてます。まずはその人物に話を聞いたらええかと」
「じゃあ早く行こう、ミヤ次は講義入れてなかったよね」
「ライナス王子、せめて昼食くらいは……」
まだオムライスが半分以上残っている。このまま席を立っては勿体ない。
――ほぼ同刻、いきり立つライナス王子をなだめるように。誰かの腹の音がぐうと鳴った。
「あー、すんません。僕も昼食をいただいても?」
へらり、と笑ったホセ氏に片手を掴まれる。振りほどけそうにない。
これ、ホセ氏は私(監視対象)から離れられない、故に一緒に食券を買いに行かねばならない、って主張か。
面倒だが、ここはオムライスをライナス王子に任せて行くしかないか……。
「ライナス王子、オムライスを頼みます」
「……ねえミヤ。きみがホセの都合にあわせる必要はないでしょ」
「都合にあわせた方が物事がスムーズに進むなら、構いません」
ライナス王子から長い長い溜息が漏れた。
軽く下を向いたライナス王子の前髪がだらりと垂れ、ライナス王子の表情を覆い隠す。
「俺が、構うんだけど」
息を吐いただけのような軽い笑い声が隣から聞こえた。
「あー、すんまへん、すんまへん。いけずでしたね」
そう言ってホセ氏は私の手を放し、代わりに肩に手をかけた。半ば無理矢理立たされる。
ホセ氏に背中を押され食券に向かう道中。今度は一度も、手を握られるようなことはなかった。
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