第6話 証拠は充分ではないか?

 弟・ライナス王子の『呪い』について懸念しているからこそ、弟が不必要に他者と接触することを疎ましく感じる――そう考えれば。

 ロベルト王子の言動にも納得がいく。

 

 ライナス王子は他者(私)のために自らを傷つけることも厭わない、と宣言するような性格の持ち主だ。

 ……私を亡き愛猫ミミンと重ねているから、とはいえ。

 身内として、交流関係について心配するのも当然と言える、か。


 威圧的な出で立ちの人物であることを理由に、ロベルト王子について少し勘違いしていたかもしれない。

 ――あるいは、ライナス王子にまつわる噂、待遇も理由であるけれど。

 

 呪いを理由に周囲から疎まれ、護衛も付かないという噂――事実、ライナス王子には従者の一人も存在していないのだ。

 だからこそ真実だと思っていた。『ライナス王子を疎ましく思う周囲の人間』枠に、兄であるロベルト王子も含まれている、という考え方を。


 けれど、もしもそれが誤りであるならば。

 例えば。ライナス王子の護衛が『呪い』の引き金となり、その呪いがライナス王子を蝕むことを恐れての措置なのだとしたら……。


 と、我が国・ドーンブッシュ王族の家庭環境について考えを巡らせていたところ。

 私の中で渦中の人物であった、護衛――当然ロベルト王子の従者たる護衛だ――の一人が、私の横に立ち。


「えっ?」


 私の両手を取り――手錠を掛けた。

 ガチャン、と鳴る金属音に、現実味が感じられなかった。


 *


「――兄貴?」


 聞いたこともないほど低い声が、ライナス王子から発せられた。

 同時に、ライナス王子が私の手に触れていた護衛を無理矢理に引き剥がす。


 しかし手錠は私の両手に掛けられたまま。唐突に奪われた自由に、目を白黒させる。

 立ち上がったライナス王子が、私とロベルト王子・その護衛たちとの間に入り込んだ。まるで庇われているような構図だ。


「ライナス。そこの娘――ミヤ・エッジワースは、まだ公になっていない事項、すなわち麻薬について認知している人物だ。麻薬取引に関与の疑いがある容疑者として――証拠は充分ではないか?」


 ……容疑者!?

 迂闊な発言がここまで大事になるなんて。

 このまま逮捕なんてされたらたまったものではない。せっかく退学危機も去ったのに!


「発言をお許しください、ロベルト王子、私がバーンズ元教授と麻薬の関係を知ったのは偶然なのです」

「如何にして証明する?」


 偶然を、或いは私と麻薬が真に無関係であることを証明するのは余りにも難しい。

 これが数学であれば、命題の真偽を証明するやり方もあるのだけれど。

 

「証拠なんて兄貴にも無いようなものじゃないか。ミヤはバーンズ元教授に奴隷のようにこき使われてたんだ。麻薬所持の現場くらい目撃してたっておかしくないでしょ」

「通報を怠った理由は?」

「この大学に通ってて分からない? ミヤの訴えなんて、兄貴の元に行く前に握り潰されるのがオチだ」


 ロベルト王子が小さい溜息をもらした。


「埒があかないな」

「兄貴が無理を通そうとするからだろ」


 ライナス王子の返答を無視し、ロベルト王子が自身の護衛の一人に耳打ちをした。

 先程、私に手錠を掛けた人物へ対する密言だ。反射的に身構える。


「ミヤ・エッジワース。お前に身の潔白を証明する機会を与える」


 ロベルト王子の発言に調子を合わせるように。

 先程耳打ちを受けていた護衛が一歩前に出て、ライナス王子の真横に立った。


「その者は監視役だ。潔白の証明がなされるまで同行してもらう」

 

 ライナス王子に至近距離で睨みつけられながらも、監視役とされた護衛は顔色一つ変えやしない。

 王子の護衛を任されているだけあって胆力のある人物である。


 ――ん? まてよ、監視? 同行してもらう?

 それって、つまり。

 しばらくこの男性と、ずーっと一緒……ということ?


「ホセ・オルランドいいます。よろしゅう」


 喋りにやや南部訛りが残る色黒の男性が、薄ら笑みを浮かべ名乗った。

 異性を四六時中監視しろ、など二つ返事で了承できる命令でない気がするのだが。

 無茶な命令など、まるで意に介していないかのような態度。――相当な大物かもしれない。


「兄貴、何言ってるの? ミヤは女の子だよ」


 ……ライナス王子の言動に常識を感じる日が来るとは。


 *


「ああ、風呂やトイレまでは入りまへん。入口の見張りくらいはさせてもらいますが」

「俺が信頼を置く従者だ。問題発生などあり得ない」


 決定事項である、という趣旨について言い方を変えているだけだ、これは。

 ――受け入れるしかなさそうだ。身の潔白が証明できるチャンスと考えればこの程度、許容範囲だろうか。


 それに――まあ何かあっても、ロベルト王子の護衛を務めているような相手だ。

 相応のお家柄。また王族御付きの護衛として家を出ている以上、次男以降濃厚。

 結婚相手としては申し分ない、か……。

 

「問題になるならない、の問題じゃないんだけど。考えを改める気はないんだね、兄貴」

「当然」

「なら俺もそこの護衛――ホセ・オルランド? 彼を監視するよ。構わないよね?」

「……ライナス。俺はお前に、今後ミヤ・エッジワースと接触するなと言ったはずだが?」

「ミヤじゃなくてホセ・オルランドの監視だよ?」


 ……オルランド家の情報について脳内を整理していたら、とんでもない展開になっている気がする。

 私を四六時中監視するホセ・オルランドを? ライナス王子が監視する?

 つまりライナス王子とも常に一緒――と?


「ライナス王子、それは無茶です。授業はどうされるのですか」

「ミヤ、これはきみの問題なんだよ」

「いざとなれば我が身くらい守れます。それよりもロベルト王子、潔白を証明する機会とは?」


 未だ不服そうなライナス王子を一旦遮り、話を本筋に戻す。

 っと、ロベルト王子も不服そうだ。口がへの字に曲がっている。私とライナス王子の交流に関する話を遮られたからか。

 しかし咳払い一つで、ロベルト王子はいとも容易くその場の空気を切り替えた。


「ミヤ・エッジワース。お前には大学構内での麻薬取引経路を探ってもらう」

「で、その探りの入れ方を僕が見て、潔白性を判断するっちゅう話ですわ」


 ――なるほど。

 本当に私が麻薬取引と関係があれば、探偵の真似事をする内にボロが出るだろう、と言うことか。


 しかしこれは……中々に難題だ。

 私は本当に麻薬取引と無関係なのだ。何をどう探るべきかすらも皆目見当がつかない。


「そういうことなら当然、俺はミヤに協力するから。いいよね、兄貴」

「何度同じことを言わせる気だ、ライナス」


 またも兄弟間の情勢が、薄氷を踏むような険悪さをはらみ始める。

 ライナス王子にしてもロベルト王子にしても。何度も同じことを主張されれば、少しは折れたり絆されたり、しないものだろうか。

 この兄弟の主張は最初から今に至るまで、互いに一切変わらない。これも王族ゆえの意志の強さ?


 私は――なんてことない、一般市民だから。

 こう何度も言われれば、少しくらいは――絆されてしまう、という面も、あるのかもしれない。


「ロベルト王子。もしも麻薬取引調査において、ライナス王子が呪いを使った痕跡がなければ。ライナス王子と私との交流を、承認頂けますか?」


 つい先日までの私なら。こんなこと、絶対に言いやしなかっただろう。

 しかし私は私なりに、ライナス王子との交流を楽しんでいる――のかも、しれない。

 例えそれが、ライナス王子が私とミミンを重ね合わせるのを、止めるまでの間であろうと。

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