不幸を振りまく呪われ王子に気に入られてしまいました(が、呪いなんて存在しないので問題ありません)

ささきって平仮名で書くとかわいい

第1話 弔いは土葬を? それとも火葬ですか?

 見覚えのある猫が死んでいた。

 死骸の隣に立つ男は雨の中、傘も差さず帽子も被らず。じっと猫の亡骸を見つめていた。


「……弔いは土葬を? それとも火葬ですか?」


 私の問いかけに、男が振り向いた。


 *


 私はこの黒髪の男のことを知っている。

 ――いや、私でなくても。

 王国の人間なら、誰もが彼を認知しているだろう。


 左眼の上方部にて、左右に分けられた前髪。そのうちの一房だけが紫の色に染まっている。

 長く伸びた襟足の毛は、赤色のリボンで一つに結ばれていた。


 国王の次男。次期国王の、双子の弟。

 ライナス=オスヴァルト・フォン・ドーンブッシュ――通称、『呪われの王子』。


 その王子の表情には、薄らと驚きの色が宿っていた。

 呪われの名を理由に疎まれ、王子であるのに護衛の一人も付かない彼のことだ。

 見知らぬ人間から声をかけられる機会もないのだろう。


 ――呪いだなんて、科学的にあり得ないけれど。


「その猫。土葬をお勧めします。土に還れば死骸は、いずれ土壌を肥えさせる」

「……面白いね、きみ。土葬された亡骸は永遠を象徴するものなのに、それを肥やし扱いだなんて。神学部の連中に聞かれたら、とか考えなかった?」

「この雨ですよ。外を出歩いている人なんて、余程の変わり者でしょう」


 自虐? と呟きながらライナス王子が笑った。この場において初めての笑顔。

 遠目から見ている限り、胡散臭くニヤついた表情がデフォルト――という印象があったが。


 ライナス王子のかたわらに眠る猫。

 何度か餌を与えたことがある。私以外にも、この野生猫を世話している人間がいること、薄々気付いていた。

 ……それがまさか、王子だったとは。


 猫が死んでしまった理由は分からない。

 ただ、猫の死が、ライナス王子の瞳に影を落としていることは明白だった。


「土葬にするなら、図書館前の並木通りはいかがでしょうか」


 了承したのか否か、ライナス王子が猫の死骸を抱え歩きだした。

 雨の中とは思えないほど進みが速い。小走りになってしまう。


「……ついてくるんだ」

「その猫とは、少々縁があるので」


 ふうん、と鼻を鳴らしたライナス王子は無表情に見えた。

 猫の墓は図書館の窓際、二階席からよく見える位置にした。


 ただ、それだけ。雨の日の出来事は、たったこれだけで終わりだ。

 ――しかしながらこの日を境に、私の人生は一変することとなってしまった。


 *


「きみはさ、あの子――あの猫のこと、なんて呼んでた?」


 そう言ってライナス王子は、目を細めて笑った。

 目元だけ見れば朗らかな笑顔に見える。しかし前髪の隙間から覗く眉根は吊り上がったまま。

 ライナス王子の笑顔に胡散臭さを覚えるのは、顔の部位によって表情が異なっているから、なのだろう。

 

「野生であることは分かっていたので。名前は付けませんでしたが」

「俺はミミンって呼んでた。トマトが大好きでさ。トマトを抱えた俺に気付いた途端、足元にまとわりついてきて」


 猫の思い出話を続けるライナス王子。

 この光景ももう何日目だろうか。

 ――ここ数日。私は明らかに、ライナス王子に付きまとわれていた。


 再会は雨の日の翌々日だった。

 

 よく晴れた日。いつものように図書館へ数学の本を借りに行き、窓辺から見える猫の墓に目を細めていた時。

 私の左肩にポンと手を置いたのは他でもない、ライナス王子だった。

 一つに結ばれた長い襟足の毛が、ライナス王子の動きに合わせて跳ねた瞬間を、未だ鮮明に思い出せる。


 それ以来、会うたびに何かと絡まれる。

 多いのは猫――ライナス王子の名づけによれば『ミミン』の話題だが。

 それ以外にも、私の個人情報――例えば名前であるとか、受講している講義など――も吐かされた。なんでこんなことに……。


「ねえ、ミヤ」


 会話の終わりには、ライナス王子はいつも私の名前を呼び、そして。

 私の耳に、吐息を含ませるように囁く。


「商家の出だと、ここ国立大では何かと大変だろう。きみを害する人がいたら俺に任せて。なんとかしてあげる。俺の、『呪い』の力で」


 呪いなんて、あり得ない。

 この世の全ては数字で出来ている。全ての出来事は、確率による偶然でしかない。


 で、あるのに。『呪い』を語るライナス王子の瞳に、一切の揺るぎはない。

 先ほどと違い眉根が下がり切った笑顔であっても、その表情は穏やかな雰囲気とはかけ離れている。

 何度、耳元で囁かれようと慣れやしない。毎度、背中にぞわりと鳥肌が走る。

 

 ――誰かを害することも厭わない、とするライナス王子の声色には。

 心弾む音すらも、舌先に乗せられているようだった。


 *


 雨の匂いが鼻先に届いた。

 曇り空がこぼれ落ちるのも、もうすぐだろう。

 そろそろ帰り支度を、というタイミングで、肩を叩かれた。ああ、ライナス王子か。


「なあアンタ、商人の娘だろ? 噂の」


 違った。誰だこの、チャラチャラした出で立ちの茶髪男は。

 とは言え、姿恰好からある程度の予測は立つ。背に負うマントに描かれた家紋、あれは恐らくゴメス家のもの。ゴメス家の長男は既に、騎士になるための叙任の儀式を終えているはずだから。


「……お目にかかれて幸栄です。騎士様」

「はは、おだてても何も出ないぜ。まだ精進中の身だ」


 なら、次男の方か。

 ゴメス家は父の商売のお得意先だ。例え次男であろうと無下には出来ない。

 ――むしろ、次男であるからこそ、とも言えるか。


「講義の時間以外は図書館に入り浸っているんだって? 熱心なことで」

「本来ならば上流階級である皆々様の勉学の場をお借りしている身。当然のことです」

「感心感心。けどたまには息抜きも必要だろ」


 言い寄られているな、これは。

 察すると同時に、窓に水滴が走り始める。


「ああ、恵みの雨も俺たちの出会いを祝福しているみたいだな」

「……そのようで」

「けれども逢瀬には日が悪い。また改めようか。明日、同じ時間にこの場所で」


 明日はこの次の時間、講義が入っているんだけどな……。

 去り際のゴメス家次男の背中を目で追いながら、ため息。


 しかし反故にもしにくい。

 お得意先のお坊ちゃまだから、というのもあるが。

 

 父親から口酸っぱく言い含められているのだ。大学への進学を条件に、立派な跡取り婿を迎えるようにと。

 お得意先の上流騎士家出身、しかも次男、考え得る中でも最高の条件。性格は微妙そうだが。

 気は進まないが、仕方がないか……。


 数学だけして生きていけたらいいのに。

 けれども、そうもいかないことも分かっている。男手一つで育ててくれた父には感謝しているのだ。

 その恩には報いなければ。……って、分かってはいるけれど。


「やあ、浮かない顔だね、ミヤ。困りごとかい」


 声をかけてきたのは、今度こそライナス王子その人だった。

 表情に出ていたか。明日は気を付けないと。


「雨が激しくなりそうですから。気分も落ち込みます」

「まさか。きみは雨が好きなタイプだろ?」


 答えに窮する。事実だからだ。

 雨の三次元ベクトル情報を捉えて、傘を差す方向を決めることも、蛙の飛び跳ねる軌道を計算できないか思考することも。私にとってはこの上ない楽しみであるし。

 

 それに――今はもういないけれど。

 雨の日は、あの猫……ミミンに会えた。


「俺は雨、苦手~」

「なら、早く帰られた方が良いのでは?」

「そのつもりだったんだけどねえ、ミヤの姿が見えたから」


 ライナス王子が無邪気に笑う。向かって右分けの前髪より伸びている一束の紫髪が、ささやかに揺れた。室外の暗さを反映して、ライナス王子の黒髪がいつもよりも漆黒に近付いている、気がする。

 窓を叩く雨粒が、時間の経過に比例するように、勢いを増していく。


「帰る? 送ろうか。寮住まい?」

「いえ、実家から通っていて……」


 しまった。また個人情報を教えてしまった。

 自宅の場所まで教えるのは気が進まない。


「お気持ちだけ受け取っておきます。ライナス王子も、風邪を引かれませんよう」

「ライナスでいいって」

「……お気持ちだけ」

「ふふっ。『気持ち』はちゃんと受け取ってくれるんだ」


 断り文句に独特の解釈をして、ライナス王子は身を翻した。

 遠ざかる背中を見送ってから、私も図書館を後にする。


 ……入婿の条件を考えると、ライナス王子ほど微妙な相手も、そういないな。

 次期国王であるライナス王子の兄、ロベルト王子レベルまでいってしまえば。

 入婿は無理であるが、代わりに我が家が王妃排出の商家になる。逆に都合も良いだろう、が。

 

 ライナス王子では。跡取りではないにしろ王家の出ということで、商人の婿になど入れないだろうし。

 我が家としても、小国の王族関係者では肩書として弱い。私の代わりとなる優秀な養子を取るにも苦労するだろう。


 なんて、とりとめもない考え事をしながらの帰路。

 蛙とは出会えなかった。


 *


 ゴメス家次男との約束の時間。

 約束の場所に、ブロンドヘアの麗人が座っていた。

 誰?


「やあ」

「……ライナス王子!?」

「声色も変えられるよ。んんっ、んー」


 咳払いのち、「ご機嫌麗しゅう」と囁いたライナス王子の声は。美しいハスキーボイスの女性そのものだ。

 女装……が趣味だったのだろうか? それにしても急に、何故。しかもよりによって今日。


「言ったでしょ。きみを害する人がいたら俺に任せて、って」


 混乱する私の肩にポンと手を置いて。しかしライナス王子の手はすぐに私から離れた。

 凛としたライナス王子の女性声が、私の背後へ向けられる。


「まあ、あなたがゴメス家の?」

「! はい、わたくしこそがゴメス家次男、名がエステバンでして」


 あ。昨日待ち合わせした騎士家の次男。

 振り返った先の約束相手(次男)は、私のことなんか見ちゃいなかった。

 声を掛けてきたブロンドヘアの麗人――ライナス王子の変装姿、に釘付けである。


「わたくし、ミヤ様からエステバン様のお話を聞かせて頂いたの。本当に勇敢で凛々しい騎士さまだわ」


 ひ、一言も喋ってない。ライナス王子に、ゴメス家次男の話なんて一切していないぞ。

 

「身に余る光栄です、お嬢様。失礼ですが、お名前は……?」

「ブライア、と申しますわ。ふふ、お恥ずかしい……」

「イバラの茂み……なんて美しい名だ。まさに『いばら姫』――あなたの美しさに恥じぬ名ですね」


 偽名(ブライア)を名乗るライナス王子と、ゴメス家次男の会話は弾みに弾んでいる。

 というか次男、私に対しては馴れ馴れしさ全開、下心全面だったのに。

 ライナス王子(もとい、麗人ブライア)に対しては紳士面が凄まじい。態度の差……。


 先程のライナス王子の発言。『きみを害する人がいたら』――意味が分かってきた。

 目の前の光景を見せられて、何も分からないほど初心でも鈍感でもない。

 

 ゴメス家次男。

 彼は、性格が軽薄なのではなく、人間として軽薄――かつ最低である、ということ。

 を、伝えんとするための女装だったのだ。

 ……それにしたって、何故女装? あまりにも手馴れているし、やはり趣味なのだろうか。女装、或いは変装が。


「ブライア様、お近づきのしるしに、よければエスコートさせて頂けませんか。とっておきの場所があるのです」

「あら、でもミヤ様は……」

「いいのですよ、あの水色とは別日に約束しておりますから、本日はブライア様との出会いを祝福させてください」


 水色? あっ、私のことか。確かに髪の毛は水色だけれど……。

 ストレートのブロンドヘアが瑞々しく輝いている麗人ブライア(※ライナス王子の女装)と比べると。

 水色ロング、癖っ毛の酷い私がみすぼらしく見えるのも仕方ない話ではある。


 かくして去っていったゴメス家次男、及びライナス王子(の女装姿)を見送り、気付く。

 この時間なら次の講義、間に合うな。ラッキー。


 *


 翌日、一限目。噂話に花を咲かせる女生徒たちの、すぐ後ろの席で講義を受けた。

 彼女ら曰く。『騎士ゴメス家の次男が退学になられた』と。

 ……渦中ど真ん中じゃないか。嫌な予感しかしないが。

 ライナス王子、昨日、いったい何をされたんだ……。


 *


「俺は何もしてないよ」


 ミミンの墓前で佇むライナス王子(今日は変装していない。いつもの黒髪、前髪に紫のメッシュ、長く伸びた襟足の毛を赤色のリボンで一つ結びにしている。いつも通りの格好だ)に、声を掛けた。その返答である第一声が、これだ。

 何かをした自覚がある人間じゃないと、出てこない言葉ではないか。「何もしていない」だなんて。


 妙に眉間に力の入ったライナス王子の笑顔。どうにも胡散臭い。


「……私、まだ何も言っていません」

「学園中であれだけ噂になっていて、講義無欠席のきみが知らない、なんてあり得ないだろ。腹の探り合いは止そう。聞きたいんだろ? 昨日の顛末」

「顛末、って。その言い方、『何もしていない』との弁と矛盾しませんか」

「俺、は、何もしていないよ。エステバン・ゴメス、彼の側に不都合があったんだ」


 ゴメス家次男、エステバン・ゴメス。


「彼、許嫁がいたみたいだねえ」

「……ははあ」


 まあ、あの人間性を考えれば。

 許嫁がいる身でありながらの女遊びも……うーん。

 腐っても騎士家の人間でそれは、さすがに……。


「しかもルドヴィング家のお嬢さんが相手だったらしい」


 ――ルドヴィング家といったら、国一番の大領主じゃないか!

 先の内戦時に我らが小国、ドーンブッシュ国が独立できたのも。

 ルドヴィング家が、ノルベルト様(ライナス王子の御祖父)と手を組んだから――と言われている、あの。

 

 しかもルドヴィング家のお嬢様は一人娘。

 つまり、大領主・名門貴族家に婿入りする予定だったわけだ、あのゴメス家次男は。

 超・玉の輿も良いところだ。

 その身分で女遊びは――許されるわけがない。


「俺、家名しか言ってないのに。全部分かったみたいな顔してる。ミヤ、きみって外界に興味なさそうにしていて、案外情報通だよねえ」

「商家は情報が命ですから……」

「ま、ルドヴィング家の事情を分かっているなら話は早い」


 参った。ポーカーフェイスは得意なつもりだったのに。

 ライナス王子にはことごとく見破られる。情報戦では致命的だ。

 

「昨日は偶然にも、ルドヴィング家のお嬢様が王都に出てきていたんだ」

「ま、待ってください。あの引きこもり姫が?」

「うん、偶然にも! 外出なされ、ブロンドヘアの女性とデート中だったエステバン・ゴメスの、伸びきった鼻の下を目撃した。偶然、ね」

「偶然、だなんて……」


 ――あり得るのか? そんな偶然が。

 

 ルドヴィング家のお嬢様といえば、領地はおろか自宅の城からも滅多に出てこない方だ。

 それが外出した挙句、王都までいらっしゃる?

 しかもその上、不貞を働く婚約者と邂逅する、なんて――


「そうだね、普通ならあり得ない」


 まるで思考を見透かされたようなタイミングで、ライナス王子の声が響く。


「ライナス王子が……内通していたのですか? ルドヴィング家の方と」


 人々から疎まれていようと、ライナス王子が王子殿下であることに変わりはない。

 ルドヴィング家に一声かければ、お嬢様を王都まで呼び寄せることだって不可能ではないだろう。


「ミヤ。きみがエステバン・ゴメスと約束を取り付けてから、デートまで猶予は一日しかなかった」

「――そうですね。王都からルドヴィング家領地までは、馬を使っても片道で半日以上、下手したら丸一日……」


 まるで言わされたセリフのようだ、と思いつつも、舌先は転がっていった。

 

「だから俺がルドヴィング家に働きかけることは、かなわない」

「では、どういうことですか? 何故、普通ならあり得ないことが……」

「ミヤ、やっぱりきみは面白いな。この国で、この俺にそんな質問をするのは、きみくらいだよ」

「どういう意味で……」


 ――この国で? この俺に?

 

 つまり。他国の人間には適用されない事項により、ライナス王子への質問が失せられる――と、いうことか。

 我らが小国、ドーンブッシュ国民の認識する、ライナス王子。それは。


「呪われの、王子……」


 そうそう、とライナス王子は満足気に頷いた。王子の首元から伸びる長い襟足の毛が、まるで浮かれたようにウキウキと跳ねている。

 にこやかな笑みだ。眉尻も下がり切っている。

 これまで見てきた中で、一番穏やかな表情にすら見える。

 

 ――不名誉な通り名の話をされているのに。

 何故、そんな表情を。


「ミヤ、普通に話しかけてくるんだもん。俺が『呪い』の話をしても無反応だし。本当に知らないの? って疑うところだったよ。――よかった。知らなかったわけでは、ないんだね」


 ライナス王子にかけられたとされている、呪い。

 

 王子たちの生誕祭に招待されなかった西の神託者が、報復に仕掛けた双子に対する死の呪い。

 それを。

 別の神託者が「双子の弟を害なすものに、不幸を与える」呪いに書き換えた――と、されている。

 双子の弟。ライナス王子のことだ。


 つまり、ライナス王子は。

 ライナス王子の貞操を狙う……すなわち害を及ぼそうといきり立つ、ゴメス家次男エステバン・ゴメスを。

 呪いの力により不幸に陥れた――そう言いたいわけだ。


「……あり得ませんよ」

「うん?」

「呪いなんて、あり得ない」


 この世の全ては数字で出来ている。

 全ての出来事は、確率による偶然でしかない。

 

 だから、呪いなんて――あり得ない。

 偶然、ライナス王子の周りで不幸な出来事が続いている、それだけの話だ。

 ……例えその偶然が、受け入れがたい事実だとしても。

 

 確率的に言えば。時として、想像を絶する不運は訪れる、こともある。

 確率は皆に平等の結果を約束するものではないから。


 呪いを否定するなんて、『神の声を聞く』とされている神託者への冒涜にも等しい。

 国教宗教家の連中に聞かれたら鞭打ちかもしれない。

 ――関係ない。世界が数字でできていることは事実なんだから。


 けれども、ライナス王子は。

 私の発言に、口元の笑みを崩さないまま。

 しかし、確かに悲しそうな顔をした。目元が揺れている。

 黒い前髪から垣間見える眉が下がっている。――なぜだろうか。


「そっか。でも大丈夫、ミヤのことは、俺が守るからね」


 言外に『呪いの力で』という意味を含ませていることは明白だった。

 ――どうして、そこまでして、『呪い』に縋るのだろうか。この王子は。


 わからない。わからなかったけれど――。

 ライナス王子の登場により、私の日常から平穏が消え去ったということ。

 そのことだけは既に、分かりきっていた。

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