第13話 茶を出そう。二人はこちらに
ライナス王子と私の間に横たわる、圧倒的な価値観の違い。
呪いの存在を否定している私と、『呪い』こそが自身唯一の存在価値であると信じているライナス王子。
こんなにも相容れない私たちが。
対話を重ね理解しあうことなど、本当にできるのだろうか――途方に暮れ、次の言葉を探しあぐねていると。
後方より声を掛けられた。
――気付けば食堂に人が増えている。ほどなくして昼時であるから、当然といえば当然だ。
そろそろ場所を変えた方がいいかもしれない、と思いつつ、声の主へ視線を送る。
「……サウリ様!? どうされたんです、こないなところに……」
「や、ホセ。久方ぶりだな。聞きたいことがあってね」
ホセ氏が立ち上がり、背筋をピンと伸ばし固まる。驚きと敬意の混じり合った身体の動きだ。
サウリ=タネリ・アーリラ。
リィナ様の、兄。
次代の教会トップである
……お忙しいであろうサウリ様が、何故こんなところに。
胸の辺りまで伸ばされた暗めの赤髪は、ひとつの盛り上がりもなく重力に従い落ちている。
サラサラのストレート。リィナ様もそうであったし、遺伝だろうな。
髪の毛とは対照的に、羽織られた上着は布のたるみがヒラヒラと揺れていた。
サウリ様が、眉頭を寄せ憂いの感情を滲ませながら、ゆったりと口を開く。
「……リィナを知らないか?」
ホセ氏の顔つきが強張る。
眉間に皺をよせ、口を開き――しかし言葉を慎重に選んだのか、一瞬の間。の、後。
「一限後、少しお話をしましてん。リィナ様がどないしたんですか?」
「そうか、やはり……。君たちがリィナの最終目撃者のようだ」
最終目撃者。それだけで、現在何が起こっているのか把握するのは容易い。
ライナス王子が眼光鋭くサウリ様を見つめる。話の続きを急かすように。
誰の目にも、緊急事態であることは明らかだった。
*
サウリ様曰く。今の時間――つまり二限目は、リィナ様が懺悔室に入られる予定なのだが。
リィナ様がいつまで経っても礼拝堂に現れず。サウリ様以下、教会の方々で捜索をされているとのこと。
サウリ様のお話を聞くや否や、ホセ氏が駆け出した。
リィナ様と最後にお会いした講義室や、三限目に出席される予定の講義室を確認し、それでも見つからなければロベルト王子に報告する――そう言い残して。
私の監視はもういいのか、と確認したが、「ミヤせんせはもう容疑者から外れている」からとのこと。
ライナス王子は麻薬取引現場を捉えた、けれども。
バーンズ元教授から、懺悔室を無断で使用している容疑者へ麻薬が渡る過程に、私が関わっていない証明は未だできていない(最も、それは容疑者の確保により今後、治安維持部隊が取り調べを行う部分である)のだが。
――信用してもらえた、と言うことだろうか。
「……ライナス、それと連れの方。二人も、リィナと話を? ホセが行ってしまったし、二人からその時の状況を聞かせてくれないかね」
サウリ様のお話に私が返答する前に、ライナス王子がよどみなく喋り始めた。
「ええ、もちろん。しかしここでは。サウリ様、場所を変えましょうか」
そうか。ライナス王子は王族の人間とはいえ、王位に就くというわけでもない。
一方、サウリ様は次期の大聖猊下。
元々は中央王家の超遠縁を自称する、地方の一豪族でしかなかったドーンブッシュ家が。
内戦に乗じて王族を名乗り独立、国を立ち上げることができたのは。
国教として制定された時の大聖猊下が、ドーンブッシュ家及び国を、教会をあげて認められたから――という側面もある。ドーンブッシュ国の領土と、国教の宗教文化圏がほぼ一致しているのはそのためだ。
ドーンブッシュ国と国教は持ちつ持たれつの関係。
故に、次期大聖猊下となるサウリ様の方が、立場としてはライナス王子よりも上となるのか。
ざっくりと示せば、現国王、現大聖猊下>次期国王、次期大聖猊下>ライナス王子(他王族)。
と、我が国最上級の権威者たちの序列に納得しながらも、サウリ様に連れられ礼拝堂へ辿り着く。
人払いされているのか、中には誰もいない。急な来訪を避けるためだろうか、サウリ様が扉の鍵を閉められた。
大学構内の礼拝堂。神学部生を中心に、日常の信仰や簡易的宗教行事などに使われる施設。
存在こそ認識していたけれど、実際に訪れたのは初めてだ。辺りを見回す。
廊下を抜けた先にある、礼拝室の最奥には祭壇。
視線を上に昇らせれば、天井近くの壁に聖母アリア像が据え置かれている。
「――そうだね、茶を出そう。二人はこちらに」
サウリ様に導かれるまま、礼拝室内に並べられている席の最前列に腰掛ける。
……ライナス王子よりも更に上位の地位であるサウリ様に、お茶を出させるなど、許されるのだろうか。
けれども私、どこでお茶を入れればいいのかも分からない。礼拝堂案内図には書かれていなかったし……。
逡巡し席を立つこともできないまま、気付けばサウリ様が視界から消えている。――どこへ行かれたんだ?
懺悔室――は、サウリ様が向かわれた方向とは逆側。礼拝堂唯一の出入口も同様に逆方向だ。
大学構内に貼られていた礼拝堂案内図。間取り図の方式を取って書かれていた、その図には。
私たちがいる礼拝室、そして懺悔室、二部屋しかなかった――はず。
ならば何故、見渡す限りどこにも、サウリ様がいらっしゃらないのか。
「ライナス王子、サウリ様はどちらへ?」
しばらくの間。ライナス王子からは、なんの音も返ってこなかった。
祭壇の更に奥、壁を睨みつけながら――軽く腰を浮かしたライナス王子が、ようやく口を開く。
「――ミヤ。一旦、この場を離れよう。嫌な予感がする」
ライナス王子もまた、サウリ様の不在に違和を感じ取っているようだった。
……まさか、礼拝堂内のどこかに曲者が隠れていて。リィナ様だけでなく、サウリ様も連れ去った?
出入口こそ一箇所しかないが、窓ならばいくつかある。決して不可能ではない、だろうか……。
席を立ちながらも周囲を見渡して、窓の位置を確認する。低所には左右に二箇所。低所とはいえ私の肩の高さくらいはあるだろうか。身体能力に優れたものならば利用も可能、かもしれない。
それと曲者が使用した可能性は低いが、高所にも窓は――見上げて、ふと気付く。
真上の照明。礼拝堂の規模に合わせ拵えたのであろう、そう大きくもないシャンデリア。
グラグラ、揺らついていないか?
「ミヤ、何を見て……ッ!?」
頭がついていかない。
今にも降下するであろうシャンデリアを真上に、足がもつれた、その瞬間。
強い力で突き飛ばされ、轟音――目の前に広がる粉塵。
視界が開ければ。
ライナス王子の下肢が、落下したシャンデリアの残骸に呑まれ埋もれていた。
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