第12話 ハッピーエンドじゃないか!

「それで、ライナス王子。リィナ様のアリバイ言うんは何なんです?」


 待ちきれないと言わんばかりにホセ氏が早口でまくし立てる。

 少し声を抑えて、とライナス王子にジェスチャーで示され、立ち上がりかけたホセ氏の尻が改めて椅子に沈む。


「一限目終わり、講義室から出てきたリィナに二人は話しかけた。そしてしばらく会話。これは確かなんだよね」

「ええ、リィナ様が部屋のドアを出られた瞬間も見とります。そこから十五分くらい話しましたかね」


 うんうん、と言わんばかりにライナス王子が頷き。

 

「同時刻、懺悔室が使用されていた。つまりこの時、相談を受けていたのはリィナじゃない」

「! ライナス王子、もしやそれを確かめるため別行動を?」

「うん。さっきまで礼拝堂にいたんだ」


 なるほど。ライナス王子が私達をリィナ様の元へ行かせた理由。

 リィナ様のアリバイを証明するためだったのか。


「おかしいとは思うとったんですわ。ライナス王子があっさり僕とミヤせんせの二人きり状態を許すなんて」


 ……ホセ氏の訝しむ理由がやや特殊な気もするけれど。

 まあいいか。深く追究するようなことでもない。


「そしてもう一点。この時、懺悔室に訪れていた生徒。厚着に加え、冬でもないのにマフラーまでして、肌の露出を極力抑えていたけれど。左耳が腐り落ちてた」

「……えぐいですね、それは」


 ライナス王子が見かけた生徒は、まず間違いなく麻薬の中毒状態に陥っている。

 可能であれば早期に身元を割り出し、保護した方がいい。症状としては相当進行していそうだ。


「で、片耳が無いなら聴力も落ちてるかな〜と思って」


 ――急にライナス王子の声色が高く、陽気な音に変わる。

 眉頭に変に力の入った、妙な笑顔。片手を軽く上げ、顔の横でひらひらと揺らしている。

 嫌な予感。とんでもない告白が今にも行われそうな。


「こっそり鍵開けて、懺悔の内容、盗み聞きしてみたんだけどさぁ」


 ……案の定!


「ライナス王子! おひとりで先走られたのですか」

「そんなんはせめて僕がおる時にやったってください!」


 私とホセ氏、二人に詰め寄られても一つの反省も見せようとせず。ライナス王子は顔の横に上げてあった手をしっかりと広げ、私たちに手のひらを見せるようにして据え置いた。

 まあまあ、と。そう言いたいわけだ。


「でもおかげでさあ、決定的証拠を掴めたわけだし、ね?」

「……つまり、麻薬取引現場を確認されたんです?」

「うん。取引方法は極めて古典的だったよ。合言葉を確認すればいいだけ。麻薬は簡単に手に入る」


 瞬間、ホセ氏が立ち上がる。

 ――瞳孔が極限まで開かれている。


「ライナス王子、まさか麻薬を入手されはったんですか!?」


 ライナス王子は薄ら笑みを返した。

 肯定も否定も滲ませない、温度のかけらもない笑顔。


「ほんなら――『呪い』の力を行使した、そう判断せざるを得まへんで……?」


 眉間に皺を寄せ、下唇を軽く噛むようにしながらホセ氏が吐き捨てた。

 麻薬――それ即ちライナス王子を蝕む『害』であるから、麻薬の受領は『呪い』の発動条件に値すると。そう言いたいわけか、ホセ氏は。


 ライナス王子が『呪い』の力を行使したと見なされれば、私は逮捕されてしまう。それは困る。が。

 ……なんとなく、分かっていた。

 ライナス王子はきっと、麻薬を受け取っていない。


 だって――もしもライナス王子が、『呪い』の力を使用した、と考えていたら。

 曖昧な返事なんてしないだろう。自身の行いを褒めて欲しがる子どものように、無邪気に成果を発表していたはずだ。

 

 不可解なことに。

 ライナス王子は……『呪い』の力を、好意的に見ている節すら、あるのだから。


 ホセ氏に詰問されたライナス王子は、軽く目を伏せ。

 一瞬、無表情になったあと。長く長く、それは長く……息を、吐き出した。


「そうできたら、良かったのに。ねえ、ミヤ、ホセ。そう思うでしょ?」

「……麻薬を受け取ってへん、と?」

「だってさ、もしも麻薬取引できてたらさ。呪いの力で、今頃犯人は割れてミヤも兄貴も嬉しい、ハッピーエンドじゃないか!」


 そう叫ぶライナス王子の表情は、見るからに不満げで。

 苦虫を噛み潰したような歪んだ口元を携えて、ホセ氏を睨み付けていた。

 拗ねている。他の表現が見当たらない。


「なのに、その二人が二人して、俺に呪いを使うな、なんて。おかしいよね。ねぇミヤ、だからさ?」


 ライナス王子が発言を止めた。

 わざとだと言わんばかりに。その先を、私に言わせようとしていた。

 呪いを使うべきであると、ロベルト王子に進言しよう――それが、ライナス王子の望む言葉の先。


 真っ平御免だ。


 呪いは存在しない。なんて、それ以前の問題として。

 ――麻薬を受け取れ、なんて。ライナス王子を危険に晒す行為でしか、ないじゃないか。


「……ロベルト王子に報告すべきです。麻薬取引の現場を確認した、と」

「うん、うん」

「そして――進言すべきです。治安維持部隊に、麻薬取引現場を押さえてもらうように」


 ライナス王子の瞳に失意の色が広がっていく。

 ……それも、仕方のないことだ。これが一番いい方法なんだから。

 リィナ様の受講状況を確認すれば、麻薬取引犯が懺悔室を乗っ取っている時間帯はすぐにでも判明する。

 その後のこと、つまり犯人確保であるとか、それは。プロに任せるべきだ。


 だから、そんな。

 今にも捨てられそうな小動物のように瞳を揺らさないでほしい、なんて。

 ――そんな言いぐさ、ライナス王子を猫と重ね過ぎだろうか。猫がきっかけの関係とはいえ。


「ねえミヤ、俺は……役に立たない?」

「何を仰いますか、大手柄じゃないですか」


 ホセ氏も頷きの動作をもって同意する。

 事実、私たちの功績なんてほとんどない。麻薬取引現場を確認できたのは、ライナス王子の機転の賜物と言えるだろう。ひとりで危ない橋を渡るのは、本当はやめてほしかったところだけれども。


 けれど、ライナス王子への称賛は、ライナス王子本人へは全く響いていないようだった。

 消え入りそうな、か細い声で一言。


「俺、何にもできてないよ」


 と、呟いたっきり。視線を床へ落としてしまった。

 前髪がライナス王子の表情を覆い隠す。


「元々、麻薬取引調査は私への命令です。それを手伝ってくださったのはライナス王子ですよ」

「うん、俺はミヤの役に立たなきゃなのに、何もできてない」

「取引現場を確認してくださいました。危険を顧みて頂けなかったことについては、まだ怒っていますけど」

「現場の確認なんて俺じゃなくてもできる」


 ――なんて頑ななんだろうか!

 頭に血が上ってきている、そう理解していても、口を開くことを止められず。


「それだけでは、なくて……! 助けてくださったじゃないですか、私のこと……」


 だから、今回の件と関係ない言葉がこぼれてしまった。

 何を言っても聞き入れてくれないから……。


 こんな感情的な発言ではだめだ、と頭を振ろうとした、その一瞬前。

 意外にも――何故か。ようやく、と言ってもいい。

 ライナス王子が上体を起こし、顔を覆っていた前髪が飛び跳ね、左右へ流れていき。

 露になった瞳が私をとらえた。


 その瞳は爛々とし――いや、爛々と言うよりも、ギラギラと表現する方が正しいだろうか。

 狂気さえ感じさせる熱気が、血の色が瞳に顔に巡り、ライナス王子の頬を染めていた。


「そうだよね! ね、ミヤ、俺の『呪い』でバーンズ元教授が逮捕されて助かったよね!」


 そのことではなく、と、言い出せなかった。ライナス王子の圧に押されてしまった。

 けれども同時に、ライナス王子の頑なさ、そしてなぜ会話が成立しないのか。理由を察した。

 ――前々から薄々、気付いていたかもしれない。目を背けていただけで。


 ライナス王子にとってのアイデンティティは唯一つ、『呪い』だけなんだ。

 呪いの力を使わない自身への『価値』を。ライナス王子自身が、まるで信じていない――。

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