第20話:魔法少女ごっこができそう


「ただいまー」


 肉を解体してもらい、一部は持ち帰り用にしてもらって残りは全て売っ払った俺達はほくほく顔で帰宅した。

 ちなみにクズ魔石もあるだけ全部もらってきた。

 精肉ギルドの職員さんたちはミニオークの数にドン引きしていたが、さすがというかなんというか捌く手つきが俺みたいな素人とは全然違っててまさにプロの仕事って感じだった。

 ナイフを持つ手元が残像に見えるくらい速かったもんな……。

 あの人達も戦ったら相当強いんじゃないかって思ったけど、「俺達は安全なとこで働くのが性に合ってるんだ」って言って町の外に出るつもりはなさそうだった。もったいない。


「おかえりー。……って、なに!? ヒロムあなた、服が破れてるじゃない!」


 シスターが俺を見るなり声を上げた。


「何をしてきたの?」


「ちょっと遊んできました」


 魔物にやられましたなんて言ったら外出禁止令が出そうなので黙っておく。

 もちろんローラには口止め済みだ。ローラは「ひみつ? わたしとヒロムくんだけの……?」と言って、見たことないくらい真剣な顔で頷いたのでたぶん黙っていてくれると思う。

 

「遊んでって……あのねぇヒロム! 衣服ってけっこう高いのよ!? ただでさえ成長期の暴れん坊ばっかりですぐにボロボロにされるっていうのに!」


 そう言って耳を摘み上げてきた。


「あだだだだ!」

 

 痛い! けどちょっと嬉しい。


「まったく、あなたはそんな乱暴な遊びしないって思ってたけど、そんなことなかったのね。……自分で補修できる?」


「はい! できましゅぅ」


 怒られた。

 仕方ない。この孤児院……というか教会は、主にシスターが作るポーションを売ったお金で運営しているようだからな。

 

「じゃあ倉庫に針と糸が置いてあるから自分で縫っておいてね。ツギハギ用の布もあるから使っていいわよ。あとこれ、ポーション。ケガしてるみたいだから塗っておきなさい」


「ありがとうございます。……あ、シスター! おみやげがあるんですけど」

 

 解放された耳をさすりながら、精肉ギルドの人が切ってくれたミニオークの肉をテーブルの上に出した。

 何かの葉で包まれた肉の塊、50人分。

 ここで暮らしているのは大人2人を含めて25人だが、これだけあれば全員お腹いっぱい食べられるだろう。

 

「なにこれ……肉!? どうしたの? こんなにたくさん」


「トーマスにもらった魔石を売って、そのお金で買いました。みんなで食べようと思って」


「そう……。ありがとう。お金、たくさん払ったでしょう。全部自分のために使っても良かったのに」


「いいんですよ」


 俺が肉を食いたかっただけだからな!

 一人で食べると美味しさは半減する。だから全員分用意した。それだけの話。


「じゃあ今夜は肉祭りね。子供達、喜ぶわ」


 そしてあなたが喜ぶ顔も見たかった……。シスター。どうですか。

 肉はお好きですか。

 俺? 俺は肉も好きだけど一番好きなのはあなたで――。


「――んん?」


 シスターの顔を見上げようとした時、俺の目が違和感を映した。

 いや、違和感というほど曖昧なものじゃないな。

 普通にそこに“いた”。

 奥の暗い扉の隙間から何者かが目だけを覗かせ、こっちを見ていた。

 赤い瞳。

 扉の向こうに赤い瞳の人がいる。

 目の感じからして子供じゃなさそうだ。

 

「シスター。あれ、誰ですか?」


「え? ――っっ!! なんでもない! なんでもないわ!」


 シスターはバタンと扉を閉めて「さ、早く服の修繕に行きなさい。日が落ちると縫いにくくなるわよ」とあからさまな不自然さで俺達を追い払おうとした。

 ……あやしい。


「男ですか?」


「ばっ!! か!!! 違うわよ!!! どこをどう見たらあのお方が男に見えるのよ!! もういいからあっち行きなさい! ね!?」


 男ではなかったようだ。

 じゃあいいや。倉庫に行こ。

 ……しかし、シスターもちょいちょい口を滑らせる人だなぁ。

 あの一言だけで“偉い立場の女性がいる”って分かっちゃうもんな。

 よく王女の付き人なんてやってこれたな。しっかりしてるように見せかけて案外ドジっ子なのかな。


「ヒロムくん……わたし、あのヒト見たことあるきがする」

 

「まじで?」


「うん。まじで」


 ローラが俺の口調を真似し始めた。

 だめだよ、ローラ。それは良くない。……って、そうじゃなくて。


「誰?」


「わかんない」


 わかんないのかぁ。

 

「じゃあ思い出したら教えて」


「うん!」


 まぁ、割とどうでもいいんだけどな。

 ローラが見たことあってシスターが“あのお方”と呼ぶのならどこぞの貴族の女性なんだろうが、俺には関係ない。

 見えたのは目元だけだったが、その目元の感じからしておそらくアラフォーくらいの女性かと思われる。アラフォーの貴族女性、教会で身を隠す――いかにも厄介な事情がありそうじゃないか。

 何にしても俺には関係ないし、できることもないだろう。ゆえに関わることもない。


 倉庫に入って燭台のろうそくに火をつけ、裁縫道具の入った箱を探し出してシャツを脱ぐ。

 さっさと縫ってしまおう。針と糸なんて小学校の時の家庭科以来だが、完成度にこだわらなければ穴を繕うくらい俺にだって――。

 

「ん?」


 ふと、奥の棚に布がたくさん積んであるのに気が付いた。

 ツギハギ用の布があるって言ってたな。もしかしてアレがそうなのか?

 近付いて見ると、それは着古してボロボロになった子供用の衣類だった。

 何代にも渡って使い込まれた痕跡のある、もはや繊維が傷みに傷んで薄くなり仮に雑巾にしても絞ったら一回で破けてしまいそうな服が大量に。


「これでツギハギしてもすぐに破けそうだな……」


「それね、まちのヒトたちから寄付でもらったんだって。でもさすがにつかえないわーってシスターがゆってた」


「そっか」


 日本でも聞いたことがあるぞ。貧しい国や災害に見舞われた地域とかにちょっと使えないような古い衣類が大量に送られるって話。使えなくなったものを寄付に回す人がいるのはこっちでも一緒か。

 ……そうだな。善意とはいえさすがにこれは着れないよな。


「これ、いらないのかな」


「うん。つかってるのみたことないもん」


「ちょっともらっちゃってもいいかな」


「いいとおもう。……なににつかうの?」


「実験」


 ボロボロのシャツを2枚引っ張り出して、俺のあちこち切れたシャツと一緒に収納。

 

『布切れ×3=???』

 

 ハイきたー!! って俺の着てたやつも布切れ扱いかよ! ひどいな。

 合成すると『布の服×1』になった。よし。思った通りだ。

 

 ガラスの時と同じく、現時点では形は定まっていない様子。取り出す時に俺が形を決められるやつだ。

 とはいえ衣服なんて普通でいいので、今まで着てたやつと同じシャツを思い浮かべながら収納魔法から取り出す。

 うっすらした光が俺の体を包み、形状が定まったところで光はパンッと弾け真新しい布の服に変化した。

 おお……これ、悪用したら魔法少女ごっこができそうだな。やらないけど。

 

「よし。できた」


「え? ええぇ? なに? いまの……なんでふくがあたらしくなってるの?」

 

「魔法の元にお願いしたんだよ。ものを3つ集めるといろんなものに変化させられるみたいでさ。服もそうなるんじゃないかと思って実験したんだけどやっぱりそうだった」


「ほぇ~……。しゅごい……。そんなのはじめてきいた。……あ、もしかして、クズませきをあつめてたのもそれ?」


「鋭いな。さすがローラ、その通りだよ。クズ魔石を3つ集めると1つの魔石に進化――」


 その瞬間、バタン!! と倉庫の扉が開いた。

 びっくりして振り返ると赤い目に白い髪のウサギみたいな配色をしたオバ……お姉さんが、肩で息をしながら俺達を見下ろしている。


「あ、さっきのヒト……」


 ローラが呟いた。

 いかにも貴族っぽいドレスを着た白髪のお姉さんはつかつかと歩み寄ってきて、ガッと俺の肩を掴んで顔を近づけてくる。

 こわい。

 

「……えか」


「え?」


 よく聞こえなかった。

 聞き返すとお姉さんは赤い目を大きくかっ広げて、大声で叫んだ。


「お前かあああぁぁ!!!!」


「な、なにが!?」


 ガクガクと肩を揺さぶられながら聞き返した。

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