第12話:拒絶反応
室内に入るとそれはもう嫌味さを絵に描いたような、金髪オカッパ頭でキンキラキンの服を着た線の細い男が、脚を組んでソファーに腰かけふんぞり返っていた。
年の頃は20代半ばくらいだろうか。多分、本来の俺と同じくらいだと思う。
そいつは俺達に目も向けず小指を立ててティーカップを持ち、一口お茶を飲んで「……香りが立ってないんだな」と呟いた。
「……あの、グレゴリオ様?」
神父様が声をかけてようやくこちらを向く。
この数秒で俺はもう既にこいつを面倒くさい奴に認定した。
絶対、部下にパワハラをするタイプだと思う。
グレゴリオと呼ばれたそいつは俺じゃなくシスターに目を留め「おお! なんと美しい……!」と言った。
「え?」
「おや、失礼。あまりに美しかったのでつい口から本音が。きみ、恋人はいる? ぼくは今いないんだ。ちょうどよかった。どうかな、こんど食事でも一緒に」
ゴリオはソファーから立ち上がりシスターの前に来て馴れ馴れしく手を取る。
何しに来たんだ、こいつ。
俺はさりげなくシスターとゴリオの間に入ってそれ以上の接触を防いだ。するとゴリオはようやく俺に目を向け、チッと小さく舌打ちをする。
「……あぁ、きみか。例のものを持っているという子供は」
「はい。これですよね」
さっさと終わらせようと決意した俺は収納魔法から極上魔石を取り出し、指で摘まんでゴリオに見せ付ける。
それを見たシスターははっと息を呑んだ。
そうか。彼女は俺がこれを持ってることを知らなかったんだな。
「そう! それだよ! なんということだ。噂は本当だったのか! 感じる、感じるぞ……! 近くにいるだけで! なんという濃密な魔力なのだ……!!」
ゴリオは目を輝かせ、石を摘まんで取り上げようとしてくる。
『くれ』の一言くらい言えんのか、こいつは。
「ん? ……おい、手を離しなさいよ。この無礼者が」
……こいつには渡したくねぇー。
数秒の葛藤ののち、俺は極上魔石を手離した。
早く終わらせたいがこいつを喜ばせたくもない。そういう葛藤だった。
「おおぉ……! こ、これが極上魔石! すばらしい! 持ってるだけで魔力がみなぎってくるではないか! 上魔石を何個着けてもここまでにはならんぞ!? これなら――これならアンバーにも勝て……」
そこまで言ってゴリオはハッとした様子で口をつぐんだ。
こいつ……まさかとは思うが、私物化しようとしてないか?
こいつに渡して大丈夫なのか?
……大丈夫か。小物臭がすごいし。
暴走したとしても周りの人間がなんとかするだろ。
用事が済んだのでシスターのスカートの裾を掴んで引っ張り、もう退室しようと訴えた。
しかしシスターはローラの方を見ていて俺の訴えに気付かないようだ。
「どうし……た!? ローラ!?」
ローラはうずくまり、苦しそうにゼェゼェと呼吸を繰り返している。
シスターはローラを抱き上げ「いけない、拒絶反応が」と言った。
拒絶反応?
それを見たゴリオはふんと鼻を鳴らした。
「魔力が極少な者特有の反応か。よく見たら顔にも既に出ているではないか。ああ、嫌だ。死の臭いがする。不吉だ。その子を連れてさっさと下がりなさい」
……死の臭い?
俺はその言葉に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
病気かなと思ってはいたけど。でも、普通に生活してたからそこまで重い病だとは思わなかった。普通に喋って、普通に歩いて、普通に笑って――。なのに。
ローラ。
死ぬのか?
まだこんなに小さいのに。
神父様だけを残して俺とシスターとローラは応接室から出た。
ローラを抱えて小走りで孤児院へと走るシスターを追って、俺も走る。
ぐったりするローラは苦しそうに咳き込み、ゴホッと血を吐いた。
その瞬間、俺の頭の中で転移当時の記憶が甦る。
俺もああなった。
そうだ。
魔力が極少な者特有の拒絶反応って言ってたが――それって、俺と似てないか?
俺は極少どころか皆無だから一瞬で血を吐くまでに重症化したが、少ないとはいえちゃんと魔力を持つローラは時間をかけてじわじわと魔素に蝕まれてきた――とは考えられないか?
緩やかだった病の進行が、極上魔石の登場によって一気に重症化したとしたら――なんてこった。俺のせいか!
でも、そうだとしたらきっと何とかなる。
俺が何とかしてやれる。
孤児院の女子部屋に運び込まれたローラはベッドに寝かされ、俺はシスターから「ちょっとこの子を見ててくれる!? 私、倉庫から血を拭く布切れを持ってくるから!」と言われて頷いた。
「ヒロムくん……わたし……」
口から血を流し、ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返しながら何か言おうとする。
「ゲホッ! このまま、しぬのかな……」
「ううん。大丈夫だよ、ローラ」
彼女が吐き出した血が俺の顔に飛んで付着した。
「ごめ、ん……! きたないよね……」
「平気。それよりローラ、想像してみて。今、きみの周りには魔法の元が飛んでいる。それはきみの体の中に入って、一部は魔力に。一部は行き場がなくて体の中に滞留してしまっている」
「なぁに、それ……。まほうの、もと……?」
「想像するの、難しい?」
こく、と頷く。
「だって……飛んでないもん……」
「……それもそうか」
俺だって、酸素などの空気に含まれるものの存在を知らなければ魔素の概念に辿り着くことは無かっただろう。
目に見えないものを『ある』と信じるって難しいことだ。
ましてこの世界では火は魔法で熾すもの。この世界の人達にとって火熾しに必要なのは魔力であって酸素ではない。
その魔力が個人個人の体内に最初から存在するものだとされているのなら、空気に何かが含まれているなんて思いもしないだろうな。
「……じゃあ、今から俺が言うことを黙って聞いてて。“魔素はローラの体内に入った瞬間、極限まで縮んで小さくなる”」
魔素に対して命令をした。
すると、パンパンだった彼女の顔の腫れが急激に引き始めた。
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