第11話:ミラリア辺境伯の遣い


「あのさ、ローラ。……収納魔法に入れたものが融合して別のものに変化したことって、ある?」


「なぁにそれ。しらない。入れたものはそのままだよ」


「だよな……」


 考えてみれば、上魔石はそこそこ入手可能なものであるのに対し極上魔石はレアすぎてもはや国宝だと言っていた。

 仮に合成が一般的ならそんなことにはならないはずだ。上魔石を3個用意さえすればできるものが国宝になるわけない。

 もしかして――普通は収納魔法で合成なんてできない……のか?


 異世界人は体内に取り込んだ魔素と自分が一体化した状態で魔法を使っている。

 一方、俺は体内に入り込んだ魔素が毒にしかならないので命令によって魔素に極限まで小さくなってもらい、なんとか無害化している。その応用で魔法も使えているだけなんだが――。

 

 ちなみに俺が幼児化しまったのは魔素に『縮め』と命じた時に俺の体まで縮んでしまったせいなのだ。

 今思えば転移すぐの時によくそんなことができたな、という感想しかないが、あの時は肺から出血し、死ぬか生きるかの瀬戸際だった。極限の状況で火事場の馬鹿力的なものが働いたのだと思う。現に、落ち着いてから生活魔法が使えるようになるまでは数日かかった。


 話を戻そう。

 異世界人と俺は同じ魔法を使っているようで根本的なところが全く違う。

 だとしたら俺の魔法だけみんなと違うのも、まぁ、道理というか……。

 まさか、合成ができるのって俺だけなのかな。

 怖いからあんまり人に話さないでおこ。

 

「……あ、これ……」


「ん?」


 図鑑を見ていたローラが魔石のページを開いて声を上げた。


「ヒロムくんがもってるやつだね」


「本当だ」


 そこには極上魔石の絵が描かれていた。

 以下の魔石が色とりどりであるのに対し、極上はひたすら黒い。

 漆黒の玉――それが極上魔石のようだ。

 数千年生きた魔物の体内で魔力が結晶化したもの、と書かれている。

 数千年か……。

 それは確かにレアだろうな。

 魔法を使う動物=魔物、くらいの認識でいたが、そこまで長命な生き物ってもう動物じゃないな。どちらかというと妖怪と同じたぐいのやつだ。強そう。


 と、地面に寝っ転がってローラと並び図鑑を眺めていたのだが――なんだか急にめまいがして地面に突っ伏してしまった。


「……どうしたの? ヒロムくん」


「なんだろう。ちょっとめまいが……」


「まりょくぎれ? さっきすごい魔法つかったもんね」


「……そうだな」


 いや、そんなわけない。

 魔力なんて元からないんだ。魔力切れでめまいなんて起きるはずがない。

 ……きっと疲れたんだな。

 異世界に転移して以降、ずっと気を張り詰めていたから。


「すこしやすむ?」


「うん」


 図鑑を閉じて、収納魔法に入れる。

 もう一通り見たからひとまずシスターに返すか。見たくなったらまた借りればいいんだ。

 ローラに腕を支えてもらいながら調合室に行って、そこで作業していたシスターに図鑑を渡した。


「あら。もういいの?」

 

「はい。一通り見たので。――でもそのうちまた借りてもいいですか?」


「いいわよ。……ラクガキもしていないようだしね。お行儀の良い子、私好きよ。借りたくなったらまたおいで」


「はい!」


 好きって言われた!

 好きって言われた!


 フラフラしながらベッドのある部屋に向かい、脳内でシスターの言葉を反芻しているとローラが「なんでうれしそうなの……?」とたずねてきた。


「シスターにほめられたから」


「ふーん……。ヒロムくんはシスターがすきなの……?」


「うん」


「そっか……」


 ギリッ、と腕を掴む彼女の手に力が入った。

 な、なんだよ……。もしかして俺、気持ち悪い?


「じゃあ、よるごはんまでに起きてこなかったらむかえにくるね」


「うん。ありがとう」


 男子部屋まで送ってくれたローラにお礼を言って、ベッドに倒れ込む。

 目を閉じるとすぐに眠気がやってきた。ローラが布団をかけてくれた感触がする。

 優しいなぁ……。本当に。

 この子の病気、なんとか治してやれないかな。

 寝落ちしながらそんなことを考えた。



「――ム! ヒロム! 起きて!」


「……ん?」


 シスターの焦る声で目が覚めた。

 目を開くと薄暗い部屋にシスターとローラ、それと普段孤児院の方には滅多に顔を出さない神父様が難しい顔をして立っている。

 

「どうしました……?」


「のんきなこと言ってないで早く起きて! 大変なのよ! ミラリア辺境伯様のご子息があなたに面会を求めているの!」


 一気に目が覚めた。


「え!? 辺境伯!?」


「そう! あなたいったい何をしたの!?」


「えーと」


 心当たりは――あるといえばある。

 十中八九、極上魔石の件だ。

 もし昼間の道具屋での件が噂になっていたとしたら、偉い人の耳に入っていてもおかしくはない。

 

 どうする……?

 普通に考えたら没収しに来たんだよな。

 孤児院の子供が国宝級のアイテムを持っているなんて、権力者が看過できるはずないもんな。

 

 正直、手放したくはないが……突っぱねて良いことなんか何もない。

 ここは素直に渡しとくか。長いものには巻かれろ、だ。


「ヒロムくん……」


 ローラが不安そうな顔で見てくる。

 大丈夫だよ、ローラ。

 

「――行きます」


「大丈夫?」


「はい」


 まだ少しめまいがするが、だいぶ楽になった。

 俺はシスターと神父様に教会の応接室へと連れて行かれ、扉の前に立った。

 心配なのか、ローラもついてきてくれている。

 ……ん?

 なんか……ローラの顔の腫れ物が大きくなっているような。

 

 その時神父様がコンコンと扉を叩いた。

 

「連れて参りました」


「入れ」


 中から偉そうな男の声がする。

 これはミラリア辺境伯の息子か。

 声だけで既に嫌な感じだ。

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