第10話:もしかして、俺のだけおかしい……?



「ぐああぁぁっ!!」


 男は叫び、ショウから手を離した。

 ショウは地面に尻もちをつき、慌てて男から離れようとする。でも腰が抜けているようでなかなか前に進めない。

 男の腕は吹き飛んではいないもののだらんと力なく垂れ下がり、もう戦士としては戦えなくなったように見えた。


「痛え!! クソッ! 早くポーションで回復を……!」


 そう言って収納魔法から魔法薬の瓶を出すが、ひじから下が完全に使い物にならなくなったようで瓶を持てずに取り落としてしまう。拾おうとするが指が動かず、掴むことすらできないようだ。

 

「まずい! 早く治さないと後遺症が……! オイ起きろ! 腕にポーションをかけてくれ!」


 取り乱しながら倒れている仲間の腹を蹴る。

 しかし仲間は起きない。

 

 魔法薬のことポーションって呼ぶんだ……。

 で、負傷したら魔法薬で治すとしても早めにしないと後遺症が残る、と。

 なるほどなるほど。そういうことなら。

 

 俺は男に取引を持ち掛けることにした。

 

「あのさ、俺がかけてやろうか。そのポーション」


「は!?」


 男は血走った目で俺を見下ろし、クソガキのボス大は「バカ! ヒロム、なに考えてんだよ!」と叫ぶ。


「そんな奴ほっとけよ! 今のうちに逃げるぞ! ほら早く――」


 焦る大を手で制して話を続ける。


「そのままじゃ戦えなくなって困るだろ。俺は別にあんたを再起不能にしたい訳じゃない。ただ、放っておいてほしいだけだ」


 男はひじからダラダラと血を流し、ふー、ふー、と荒い呼吸を繰り返す。

 やがてぐっと唇を噛みしめ「……頼む」と言った。

 俺は地面に落ちたポーションの瓶を拾い上げ、ポンとコルクの栓を抜く。

 

「俺の持ち物、あきらめてくれる?」


「ああ……。さすがにお宝より自分の体の方が大事だ。まさかこんなことになってしまうとは……極上魔石の力を見くびっていた」


 全て極上魔石の力だと勘違いしているが、訂正はしないでおこう。

 この世界に関する知識がないのに力だけひけらかしてもきっとロクなことにならないからな。

 そう思いながら瓶を傾け、男のひじにポーションをかけた。


 血が止まり体組織の修復が始まる。

 すごいな、ポーションって。


 片方の治療が済むと男はその手にもう一本、追加のポーションを出して歯でコルク栓を抜き、自分でもう片方の傷に振りかけた。

 

「はぁ……はぁ……助かった……」


 両手の拳をグーパーして動くことを確かめ、安堵の表情を浮かべる男に俺は念を押した。


「また俺達に手を出そうとしたら、次は首を吹き飛ばすからな」


「……わかったよ」


「ならいい。……じゃ、俺達は行くからな。ついてくるなよ」


 ローラの腕を引き、来た道を引き返す。


「ヒロムくん……すごいね」


「本当だよ。おまえ、どうなってんだ? っていうか極上魔石ってなに?」


 大がショウの肩を支えて歩きながら話に割り込んでくる。


「なんかすごいやつだよ」


「それは分かるけどさぁー。……ん? そういえばお前、なんで俺達と喋れるようになってるんだ!?」


 バカめ。今頃気付いたか。


「ローラに教えてもらったんだ」


「へ!? わ、わたしはそこまでおしえてないよ!?」


「いーや。ローラと、あとシスターのおかげだ。ローラが本を読んでくれなかったら俺はきっと今でも喋れてなかった」


 これはガチ。

 

「へー。ローラが本を……ってか、ローラって字が読めるのかぁ。知らなかった。すごいな。おまえ」


 ガキ大将にも素直なとこがあったようだ。

 褒められたローラは少し頬を赤くしてうつむき、「そんなたいしたことじゃないけど……」と呟いた。

 

 しかし友達になったかというとそうでもなく、無事に教会に辿り着いた俺達は特に何も言葉を交わすことなく自然に解散した。別れ際に大が何か意味ありげな視線を向けてきたような気がするが、きっと気のせいだろう。

 3人組は建物の中に消え、俺とローラは木陰に座り込んだ。

 

 ――色々あったが無事に図鑑を手に入れることができた。

 生活百科はシスターに返却しなきゃだが、返す前にちょっと見ておきたいな。

 

「ヒロムくん。かった本、今からみるの?」


「うん。さっきは途中で終わっちゃったからね。一通り目を通してから返そうと思って」


「わたしもみたい」


「いいよ。一緒に見よう」


 図鑑を取り出し表紙を開く。

 さっきと同じ絵と文章。でも今回は自分で読める。

 リンゴ、麦、芋、塩。食料品の項目から始まり、読み進めていくとやがて薬草の項目に入る。

 

「あ、これいつも俺達が世話してる薬草だ。低級薬草だって。えーと、なになに? ――最も魔力の弱い薬草。針形で黄緑色の葉を持つ。弱いけれども汎用性が高く、生育も早いので重宝されている。収穫までに必要な日数はおよそ1日。2日目には花が咲き、3日目に種を残して枯れる――。へー。早いな。どういうサイクルだよ」


「あれ? ……ヒロムくん、字もよめるの!?」


「え?」


 あれ? ローラは知らなかったっけ?

 さっき取引証明書を読んだ時、隣で見てたような――って、読み上げた訳じゃないから分からないか。

 どうしよう。


「……実は、字だけは元々読めてたんだ……」


 口から出まかせが出てきた。

 さっきわざわざ読んでもらったのに誤魔化されるか? と思ったが、相手は子供。あっさり信じてくれた。


「そうだったの!? すごいね、ヒロムくん。わたし、がいこくの言葉はまだぜんぜんよめないや」


「すごいのはローラだよ……。俺なんてズルもいいとこだ」


「ええ? でも、よめるんだよね?」


「一応……」


 ローラの尊敬のまなざしが痛い。

 でも、魔法がある世界で魔法の力を借りて何が悪いんだ。

 ローラだって材料さえあればロゼッタ・ストーンを作れるんだし――。


「あ、これさっきヒロムくんが盗んだってさわがれてたやつだね。中級薬草ってかいてある」


「ほんとだ。中級薬草――低級の上位互換。色が紫であること、含有魔力量が低級の3倍であること、生育期間がひと月であることが中級の特徴である――。って、ひと月もかかるのか!? たった3倍しか効果が変わらないのに!?」


「そうだけど、ケガをなおすときはすこしでも早いほうがいいから……よわいポーションを何本もかけるより、つよいポーションをつかったほうがいいときがあるの」


「そりゃそうだろうけど……」


 だったら手っ取り早く低級を合成していったほうが効率がよくないか?


 

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