魔力ゼロの異世界転移~なんか俺の収納魔法だけおかしくない?~

@panmimi60en

第1話:転移、そして役立たずからの脱出


 エレベーターの扉が開くと、そこは異世界だった――。


「いや何!? どういうこと!?」


 俺・限界社畜25歳、宮下大夢(ヒロム)は会社が入っているはずの古ビルのエレベーター内で声を上げた。


 それが数日前の話――。


 俺は、異世界転移の影響で幼児化してしまっていた。

 いきなり何だと思われるかもしれないが、実際そうなってしまったのだから仕方がない。

 その辺の詳しい話はまたの機会にするとして、幼児化(5~6歳くらい?)した俺は途方に暮れていたところをなんやかんやあってドエロいボディの美人なシスターに拾われ、彼女が所属する教会運営の孤児院にて保護されていた。

 その孤児院でさっそく他の孤児達からいじめに遭ってしまっているが、所詮はガキの悪ふざけ。中身が大人である俺には一切のダメージがない。社畜時代の顧客のほうがよっぽどひどかったくらいだ。

 

 で、そんなことはどうでも良くて。

 

【朗報】この世界、魔法が存在していた件【期待通り】


 まとめサイト風に言ってみたがどうだろうか。俺の心のテンションが伝わっただろうか。

 

 そう。魔法だ。

 俺が幼児化したこととも深い関わりがあるその魔法は、どうやら空気中に含まれる『魔素』からくるもので。異世界人の体内に存在する受容体と結びついて魔力となるようなのだ。

 しかし、魔素のない世界から来た俺にはその受容体がない。

 つまり魔力を持てない。残念ながら俺は魔法を使えない――と思われた。が! この数日間あきらめずにずっと魔素と向き合ってきた俺は今日、とうとう受容体を通さずに魔法を使うことに成功したのだ!

 

 なんのことはない、魔素に直接意思を伝えれば良い、ただそれだけだった。

 気付いてしまえばなんだそんな事か、と思うだろうが言うほど簡単でもなかったんだ。

 

 酸素が目に見えないのと同じように魔素も見えるものじゃないし、俺は異世界人達みたいに魔素と体が結びついてもいない。加えて、心に迷いがある時は魔素に意思を伝えることはできないようなのだ。

(本当に魔素なんてものが存在するのか?)という半信半疑状態では魔素はいうことを聞いてくれない。なので意思を伝えられるようになるまでそれなりに時間がかかった。

 

 異世界転移してたった数日の俺が、誰に教わるでもなく魔素の存在を確信したのはおかしな話だと思うだろうが……。

 幼児化した時に起きた体の変化がどうも呼吸に関連していたとしか思えない状況だったことから『酸素ならぬ魔素』の存在に思い至った。

 俺の考察は正しかったという訳だ。


 ともかく、俺は初めて成功した魔法『熾火』を指先に灯して、大喜びでシスターの元へ走った。

 

「シスター! 俺、魔法が使えるようになったよ!!」


 シスターはガキどもと一緒に教会裏の畑で栽培している謎植物(異様に成長が早い)の世話をしていて、俺の声に気付いて手を止め振り返る。そして目を見開いた。


「ヒロム! 縺セ縺?シ?ュ疲ウ包シ!!」


 名前以外何て言ってるか分からないだろうが、安心してほしい。俺も全く分からん。あっちも分かってない。

 異世界語、覚えられる気がしない……。

 でも今のところはジェスチャーと大げさな表情でなんとかなってる。

 

 この“言葉分からない問題”が俺をいじめに遭わせている原因のひとつなのだが(もうひとつは魔法を使えないことだったがこっちは今解決した)、それは今は置いといて。

 シスターは大げさなくらい喜んでくれて、俺の手を取り笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「繧?▲縺滂シ√d~!」


 横ではガキどもが気に入らない奴を見る時のような顔で見てくる。

 俺だってな! お前らなんか大っ嫌いだよ!

 でもシスターは別。

 優しいし、美人で巨乳で尻も大きい。好き。


 シスターは俺の手を引き、畑から一房の草を摘んで俺に見せてきた。

 そして「縺l縺?」と言ってシュンと消してみせる。

 いや、消したというと語弊があるな。正確には消した訳ではなく魔法で『収納』したのだ。異世界人はみんな使えるやつで、こっちに来てから何度も見せられた魔法。

 きっとシスターは「これは使える?」と聞いてきたんだな。

 というのも、これが使えるかどうかで生活の質が全く変わってくるのだ。

『熾火』と『水』と『収納』。この三つの魔法がこの世界で生きるのに当たってインフラレベルに必須な最低限の生活魔法。

 

 俺は「まだ分かんないけど、きっと使えると思う」と言って草を摘んだ。

 そして周囲を漂う魔素に向かって「収納して」と伝える。

 魔素は応えてくれて、草がシュンと消えた。脳内にポワッと『薬草(下)×1』と浮かぶ。

 

 ほうほう。これが収納魔法か。何が入っているか教えてくれるんだな。

 ……(下)ってなんだ? まぁいいか。ひとまず成功だ。

 

 しかし! これだけではまだ完璧とは言えない。取り出すことができて初めて完璧な成功なのだ。

 俺は魔素に「今の草を出して」と伝えた。


 草は消えた時と同じ姿でシュンと現れた。

 

「やった! できた!」


 シスターを見上げると彼女は満面の笑みで俺を抱き上げ、高い高いをするみたいに持ち上げて喜びを表現してくれた。

 使えて当然な、最低限の魔法も使えない俺を彼女は心配してくれていたのだ。

 

 ようやく人権を手に入れた……。


 俺はホッとして、シスターの手の甲をとんとん叩き地面に降ろしてもらう。

 そして畑を指さし、「手伝います」と言った。

 ここで暮らす孤児達は病気か赤ん坊でない限りみんな畑仕事をする義務がある。

 俺も手伝ってはいるのだが、魔法による水やりも収納魔法による収穫もできない俺に手伝えることは雑草を手でちまちまむしることくらいだった。おかげでガキどもには「役立たず」「出て行け」とばかりに小突かれたりしていたが、それも今日までの話。

 これからは堂々と生活してやるぜ!


 頷くシスターとチラチラこっちを窺うガキどもの横で、俺は天に向かって右手を掲げ「水よ来い!」と言ってみた。

 受容体がない俺が魔法を使うためには声で魔素に語り掛ける必要がある。ちょっと恥ずかしいが背に腹は代えられない。

 

 見てろよガキども! これが俺の生活魔法だ!


 予想ではスプリンクラーくらいの水がさーっと降ってくるはずだった。

 しかし実際に降ってきたのは滝。そう、滝。

 川をひっくり返したかのような大量の水が降ってきて、それは一瞬で止んだものの畑はぐちゃぐちゃになってしまい俺を含めた全員が唖然として立ち尽くした。


「縺↑縺ヲ……」


 シスターが何か呟いた。

 俺は「ごめんなさい……」と言って、土が流れて根っこが露出し倒れてしまった緑の草を拾い植えなおす。

 

 ……あぁ、そうか。

 魔素が体と結びついていてイメージしたことがそのまま魔法になる異世界人と違って、浮遊する魔素に直接命令する俺は言葉が大雑把だと起きる現象も大雑把になってしまうんだ。

 この辺はよく研究する必要があるな。

 

 考えながら草を植えなおしていると、シスターがぽんと肩に手を置いてきた。

 顔を上げるとシスターは首をゆっくり横に振り、俺の手から草を取り上げて魔法で収納して見せてくる。

 

 もうこの草は収穫して良い……ってこと?

 

 俺は頷き、地面に散らばる草を拾っては魔法で収納していった。他のガキどもも俺の後に続いて草を拾い始める。俺に対抗しているのかガキどもの作業がやたらと早く、俺が拾おうとしたやつもさっと横取りされてしまった。

 

 結局3つしか拾えなかった……。

 脳内に浮かぶ『薬草(下)×3→』の文字に内心舌打ちしながら泥だらけの手を水魔法で洗い流す。

 

 ちなみにこの草は傷を治す魔法薬の材料になるらしく(草草言ってたけど普通に薬草だな)、教会の貴重な収入源になっているようだ。

 大事な商品の元である薬草を魔法で収納し、みんなで教会の中にある作業室へと運び込む。

 ガキどもの手からシュンシュンと小さな緑色の薬草が現れ、それらは次々にテーブルに載せられていった。

 

 ――さて、子供のお手伝いはここまでだ。

 この後の調合はシスター達大人の仕事。どうやって作っているのか興味はあるが、それは今は想像するだけにおさめとくとして。

 さっさと薬草を出して魔法の研究に戻ろう。そう思って3つの薬草を取り出そうと右手を掲げた。

 すると脳内にポワッと『薬草(中)×1』と浮かぶ。


 ……ん?

 

 ×1?

 1って?

 

 なんで減ってるの!?


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