第2話:あんまり取説を読み込まないタイプ(実践で覚えたい人)
3つ、入ってたはずだ。
不可解な現象に固まっていると、隣のクソガキが何か「譌ゥ縺」と口にしながら肘で小突いてくる。おそらく「早くしろよ」と言っているんだろう。
「わ、わーったよ……」
『収納』から取り出すと、シュンと微かな音を立てて一株の薬草が手の中に出現した。
……あれ?
なんか……少し色が違うような。
さっき拾った時は黄緑に近い緑だったけど、今は青緑っぽくなってる気がする。
まじまじと眺めていると、隣のガキが息を呑み大声を上げた。
「荳顔エ壹□!!!」
「は?」
何を言ってるか分からんが、それを聞いたシスターが顔色を変えて俺の手をバッと掴み上げた。
「……縺薙lッ縺ェォ?溘? 逡r偵i縺励◆縺?」
険しい顔だ。何か尋ねてきているようだが、分からない。
俺がゆっくりと首を振るとシスターは「譛ャ縺→繧定ィ↑縺輔>!!!」と大声で怒鳴った。
し、叱られている……!? くそ、分からん!
シスターは俺から薬草を取り上げると、俺の胸元に指先を当ててつぷりと体内に沈めてきた。
これは他人の収納魔法を暴く魔法だ。
基本の生活魔法とは違って使える人間は限られるようだが、これがあるから盗みが横行せずに済んでいる様子(ないとは言ってない)。
……どうやら俺は盗みの疑惑をかけられているらしい。
シスターは俺の中をたっぷり時間をかけて確認し、やがて指を抜いた。
その指先には何も物を持っていない。
俺の中には何もなかったということだ。
「……縺▲縺肴鏡」縺ゥ縺薙∈窶ヲ……?」
首を傾げるシスター。
首を傾げたいのは俺の方だよ。なんなんだ、本当に。
その後も俺は服の隙間に何か隠してないか、とばかりに隅々までボディチェックを受けたが、結局何も見つからなかった。
俺が出した青緑の薬草×1はシスターが回収し、彼女の収納魔法の中におさめられる。
シュンと薬草が消えた後の何もない空間を、シスターは大事そうにきゅっと握りしめた。
そして俺達ガキどもを全員調合室から追い出し「閾ェ逕ア譎俣~!」と言って扉を閉める。
するとガキどもは蜘蛛の子を散らすようにワッと四方に散っていき、それぞれ好きな遊びを始めた。
なるほど、シスターは「自由時間だよ~!」と言ったのだな、と理解した俺は一人で魔法の研究に集中しようと思いひと気のない場所を探した。
その時、ガキどもの中でもひときわデカくて大将的ポジションにいる強ガキ(多分10歳前後)が子分を二人引き連れて俺の前に立ち塞がる。
「縺翫∪縺」
……何か言ってる。
「なんだよ。わかんねーよ」
そう言うと三人は声を荒げて俺を指さしながら「逶励s縺?縺?繧阪≧!!!」と口々にまくし立てた。
たぶん、さっきの盗っ人疑惑について言ってるんだ。
「知らねーよ! シスターがよく調べてただろ! あれで何も無かったんだからもうそれで納得してくれよ!」
通じていないと知りながらも言い返す。
もうヤダ!
魔法がある世界なのはいいけどコミュニケーションがままならないのはホント苦痛だ。元々コミュ力がある方では無かったが、言葉が全く通じないなんてコミュ力以前の問題。
時間をかけて言葉を覚えるしかないんだろうが、俺はそれまでの間、耐えられるんだろうか。
俺は一回りも二回りも体の大きいガキ大将に引きずられ、畑の奥にあるガラス張りの温室らしき場所に連れて行かれた。
ここは子供は出入り禁止で、シスターが出入りする時以外はしっかり施錠されている温室だ。
禁止されているのであえて近寄ったことは無かったが、温室の存在自体は知っていた。
その温室のガラスに、ガキ大将は『見ろ』とばかりに俺の顔を押し付けてくる。
「……ん?」
ガラスの向こうには青緑の草が見えた。
さっき俺が出した薬草と同じ色だ。
温室の中では青緑の薬草が大事そうに育てられている。
……この扱い、黄緑のよりも良い薬草ってことなのか?
あぁ、なるほど。
俺は無断でここに侵入して、良い薬草をちょろまかしたと思われているんだな。
「縺薙l縺ッ鬮倥>」
「……なんて言ってるか分かんねーけど、俺は盗ってないぞ。ほら、鍵だってちゃんとかかってる。入れないだろ? っていうか俺は今初めてここに何が植えられているか知ったくらいなんだが」
そう言ってガキ大将の顔を見上げると、奴はイラっとしたらしくいきなり俺の顔面を殴ってきた。
地面に倒れ込むとこんどは蹴りを入れられた。つま先が鋭く腹に食い込んでくる。
「ぐっ」
痛えよ!
ガキのすることとはいえ、こっちだってガキの体なんだ。
自分より小さい子にすることか!? ――と思ったが、ここは異世界。しかも相手は子供。日本の大人みたいな常識なんか求める方が間違っているのだろう。
地面に転がる俺をガキどもは何度も蹴ってくる。
手も足も出せず耐えているうちに、俺はふと、小さな頃のことを思い出した。
忘れていた、小学生の頃の記憶だ。
俺の生家はどちらかというと貧しい地域にあった。
その中では比較的マシな経済力がある家に生まれ、でも体が小さく、お世辞にも治安が良いとはいえない地域性から当然のようにいじめの対象になった。遊びで殴られたことも一度や二度じゃない。
でも、俺の母親は平和主義者で『暴力は何があっても絶対にダメ』というタイプの人。
つまり『やり返すな』と言う人だったのだ。
青タン作って帰宅する俺を見ても、母親は悲しそうな顔で『話し合いなさい。やり返したら相手と同じになっちゃうのよ』と言うだけだった。父親は無関心で何も言わず、全て母親任せ。
やめてと言っても聞いてくれないのだと言っても、それでも母は『話し合いなさい』と繰り返す。
きっと母はそれでも生きてこられたのだ。
今思えば、美人だからいつも誰かが守ってくれていたんだな。
決定的な価値観の違い。
幼心に(親が守ってくれることは無いのだ)と理解した俺は、せめて家の居心地だけは守りたいと思い、母親の言い付けを守った。
殴られても蹴られても黙って耐えるだけの日々。
たまらず父親に頼み込んで中学受験をし、学区から脱出してそれからは穏やかな級友に恵まれ普通に暮らせるようになった。
――そんな思い出だ。
なんで今まで忘れてたんだろう。
きっと脳が忘れたがっていたんだな。
無理もねぇや。こんな記憶を持ったまま育っていたらとんでもなくひねくれた大人になってたに違いない。
でも――なんか、こっちに来てからそれほど『帰りたい』と思わなかった理由がちょっと分かった気がする。
俺、離れたかったんだな。
母親、というかあの価値観から。
暴力は絶対、何があってもダメ。
ごもっともでしかないが、その価値観が俺を守ってくれたことは――無い。
俺、本当はやり返したかったんだ。
その結果負けたとしても、立ち向かった経験、それが欲しかった。
俺は目を開き、蹴られてふらつきながらも地面に手をついて立ち上がった。
背の高いガキどもを睨みつけると、彼らは一瞬ひるんだもののすぐに睨み返してきた。
三人VS一人、しかもあちらは俺より何歳も年上だ。普通にやっても勝てっこない。
しかも彼らはシュンと音を立て、どこからか古びたガラス瓶を出現させて武器みたいに構えてきた。
マジか。あれで殴る気かよ。
おそらくその辺で拾ったゴミを収納魔法の中に隠していたんだな。
そっちがその気なら俺だって――!
俺は魔素に語り掛けた。
「……力を貸してくれ」
その瞬間、俺の拳の周りが強固な塊で覆われたのが分かった。
見ても何も変わった様子は無いが、確かに透明で固い何かで拳が武装されたのだ。
魔素は応えてくれた。
ガキ大将がガラス瓶を振り上げる。俺は咄嗟に手をかざし、頭を守った。
ガラス瓶は手の甲に当たり、粉々に砕け散る。
「縺シ!?」
ガキ大将は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。
子分その1も同じ表情をしながら手にしたガラス瓶で殴りかかってくる。
しかしそいつはどんくさい奴だったらしく、狙いが甘くて瓶は俺の頭をかすめ温室に当たってしまった。
派手な音を立てて瓶と温室のガラスが割れていく。
ガキどもは『やべっ、やっちまった』という顔をしてお互いに目配せし、全てをほっぽって逃げ出した。
残された俺は呆然とし、額にできていたらしい切り傷から血がぽとぽと落ちてはっと我に返った。
……やっ、た……?
俺、立ち向かえたのかな。
やっつけた訳ではないものの、立ち向かう意思を相手に見せることはできた。
小さな、けれども俺の心にとっては大きな一歩。
耐えるしか選択肢のなかった小さい頃の俺が、喜びに打ち震える。
「縺ェ縺ォ!?」
シスターの声が遠くから聞こえた。
「あ、やべ」
音が聞こえたか、それとも暴力を目撃した孤児の誰かが大人を呼びに行ったのか。
温室が割れガラス片が散らばるこの状況、間違いなく俺のせいにされる。
焦った俺はひとまずガラス片を全て収納魔法の中にしまった。
温室を壊してしまったことは事実だし今さらどうにもならないが、せめて片付けをして反省の意を示そうと思っての行動だったのだ。
――が、脳内にポワンと浮かんだ収納物の文字列に違和感を抱いた瞬間、俺は固まった。
『割れたガラスの欠片×3→???』
なんだ、これ……?
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