第3話:割れたガラスの破片×3→ガラス×1


 こんな矢印、さっきは無かったような……?

 いや、あったかもしれない。よく見てなかった。覚えてないや。


 でも、これってもしかして。

 

 組み合わせて何かに合成できるんじゃ……?


 半ば確信めいた予感に従い、俺は迷うことなく魔素にお願いした。


「いっちゃってください!!」


 すると脳内の文字列が『割れたガラスの欠片×3→ガラス』と変化し、やがて前半の文字列は消え『ガラス×1』のみとなった。

 

 す、すげえ……!

 ゴミが資材になった!

 

 驚いたがのんびり感動している暇は無い。

 俺は温室に手を当て、今すぐ収納魔法からガラス×1を出すことにした。

 なぜなら魔法で合成したばかりのガラス×1はまだ概念でしかなく、形が決まっていないようなので(これは感覚で理解した)。

 なので、今なら俺の意思で形を自由に決められる。不思議とそう確信していた。

 

 素晴らしい。これぞ魔法、まさしく魔法だ。


「出てこい! ガラス!」


 すると温室の割れたガラスの縁に沿って淡く細い光が走り、そこに俺が作り出したガラスがピタッとハマった状態で出現した。

 

「すげえ……!」


 継ぎ目が無い!

 目の前にはまるで何事も無かったかのような温室が無傷の姿で鎮座している。

 感動して眺めているとパタパタと走る音がして、シスターとおとなしいグループの孤児達がこちらに向かって駆け寄ってきた。

 シスターは血だらけの俺を見てヒッと声を上げ、肩を掴んで「ヒロム、縺ゥ縺?@縺溘!?」とたずねてくる。


「なんでもありません。大丈夫です」


 ガラス片はもう回収したし、温室も元通りになってる。

 切り傷は残っているが、(多分)深く切った訳ではないのでほっといてもそのうち治るだろう。

 

 状況が分からないシスターは狼狽した様子で俺を抱き上げ、教会に向かって走り出した。

 シスターのボヨンボヨン跳ねる胸の中からは、さっき逃走して今遠くから見てくるガキ大将3人組が見える。

 俺は彼らに向かって(これからはやられっ放しじゃねーぞ!)というメッセージを込め中指を立てて見せた。

 しかし残念ながら伝わらなかったようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされた。


 ♢


 シスターが俺を抱えて駆け込んだのは調合室だった。

 黄緑色の薬草がたくさん置かれた室内には小鍋や小皿、すりこぎや天秤などの道具、それと宝石みたいな石の詰まった瓶が十本以上ずらっと並んでいる。

 

 あれらで魔法薬を作るんだな。


 シスターは棚から小瓶を取り出し、続いてピンセットと綿球も用意した。

 魔法で熾火を灯し、それでピンセットを炙って(おそらく、消毒)綿球をひとつ摘まむ。

 そうして小瓶から垂らした黄緑色の液体を綿球に染み込ませ、俺の額の切り傷に当てた。

 スッと疼痛が消える。

 傷が閉じたんだ。

 

「ありがとうございます、シスター」


 わんぱくな孤児達はとにかくよく怪我をするので、こうして治療する場面は数日の間だけでも何度も見てきた。

 かくいう俺も初日にこの治療を受けたことがある。魔素で体が縮んだ時に結構な怪我をしたので。

 というのも、俺にとっては異物でしかない魔素という物質は、放っておけば体内を縦横無尽に駆け巡りあちこちを傷付けてくるのだ。

 地球上では味わったことのない魔素特有の感触というものがある。

 体内に入るまでは分からないのだが、これはきっとこの世界では俺だけが魔素の異物感を感じ取れるんだ。受容体を持たない俺だけが。


 ……ん?

 そういえば……あの時に使ってくれた魔法薬って、青紫色だった気がするなぁ。

 温室で大事に育ててる『良い薬草』の色と同じ。

 ……あぁ、重症度で使い分けているのかな。

 だとしたらあの時の俺ってけっこう危なかったのかもしれない。

 助けてくれたシスターに改めて感謝だ。

 

 治療を終えたシスターはホッとした顔で椅子に座り、座ったまま後片付けを始めた。

 水の魔法でピンセットを洗い、熾火でそれを乾かす。

 治療に使った綿球は収納魔法でしまい込んだ。きっと後で外に持ち出し、安全なところで燃やすんだろう。

 

 片付けを終えたシスターは俺の背中を押し、優しい声で「驕翫s縺ァ縺翫>縺ァ」と言った。

 外で遊んでおいで、と言っているんだ。そう思った俺は首を横に振り、「手伝います!」と言った。

 お礼をしたいのもあるし、魔法薬の作り方を見たいのもある。

 普段は調合中の室内に入れてくれないので見るなら今が絶好のチャンス。

 

 言葉が伝わらないシスターに向かって俺は身振り手振りで手伝いたいとアピールした。

 やがて俺の言いたいことを理解してくれたらしいシスターは、少し考えてピッと人差し指を立て「縺薙▲縺。縺悟!」と言い、収納魔法から一冊の分厚い本を出して手渡してきた。


「これ、なんですか?」


 開いてみるとそれは図鑑だった。

 写実的な絵に異世界語でびっちりと説明書きがされている立派な図鑑。

 

 すげー。

 面白いけど高そう。

 でも、これを俺に渡してどうしろってんだろう。

 ……まさか、言葉の勉強をしろ――ってこと?


 チラッとシスターの顔を見上げる。すると彼女はニコッと笑って頷いた。


「マジか……」


 言葉の勉強か。

 いつかは真剣に取り組まないといけないと思っていたが、今がその時なのか……。


「隱ー縺九↓逋コ髻ウ繧呈蕗縺医※繧ゅi縺?↑縺輔>?」


 シスターはカーテンを開け、庭にいる一人の女の子(一番おとなしい)を指さして何かを喋った。

 きっと『あの子に発音を教えてもらったら?』と言っているんだ。

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