第37話:完全敗北
「で、どうなの? 勝負する? しない?」
いくらか態度を軟化させたマリンは腕組みをしてこちらを見下ろし、非常に偉そうな態度ながらこちらに選択の余地があるような言い方をした。
それなら答えは一択だ。
「しないよ」
「なんで!?」
「後の事を考えると色々と面ど……いや、マリンは可愛いから。こんなに可愛い子と勝負なんてしても本気で戦える訳がない。こっちが負けるに決まってるじゃないか」
可愛いと言うたびにピクッと耳が動き、ニコォ……と口角が上がっていく。
いける……いけるぞ! この勝負、勝った!
「そう……可愛い子相手だとどうしても手加減してしまうって事ね……。だったら仕方がないわ。本気で向かってこられない相手を負かしても意味がないもの」
よし――! 切り抜けた!!
ホッと胸を撫でおろしていると、ロイがこそっと「ヒロムお前、すげぇな。女子に直接“可愛い”なんてフツーなかなか言えなくないか?」と言ってくる。
あー。子ども同士ならそうかもな。恋愛対象になり得る相手にそういう事ってなかなか言えないよな。
でも俺、大人なんですよね。
幼女に可愛いと言うのは犬猫に可愛いと言うのに等しい。
まぁ、マリンは幼女と言うより女子って言った方が近いものがあるが。
おそらく10歳前後と思われるマリンはロイ達とはほぼ同い年っぽくて、ロイ達が照れるのもやむなしって感じだった。確かに美少女といえば美少女の顔だしな。年が近かったら俺もロイ達みたいになってた可能性はある。
「あの……ヒロム殿……」
「ん?」
「お腹が……空きました……」
ぐうう、と大きな音がするお腹をおさえたリーサが地面に膝をつく。
そっかーカロリー消費しちゃったかぁー。
「戻って飯にしよう」
「はい! そうしましょう!」
「あたしも行っていい?」
マリンが混ざろうとしてきた。
俺が何か言う前にリーサが「もちろんです……。噂に名高いマリンお嬢様の来訪を、アンバー様もお喜びになることでしょう……」と安請け合いしてしまう。
「なぁ、大丈夫なのか?」
リーサに小声でたずねる。
「何がです……?」
「連れて帰ったら出会っちゃうんじゃないのか? その……ローラに」
今、ミラリア家には病から回復した王女オーロラがいる。
魔力を人並みに増やせるまでは彼女の回復を隠しておくという話だったが……。
リーサは小さく頷いた。
「仕方ありません……。マリン様は王家との繋がりも強いセブ公爵家のお嬢様。そのようなお方を無碍には出来ません。断ると余計に勘繰られてしまいますし……。ですが、大丈夫でしょう……。ミラリア家は広いので……よほど運が悪くない限り顔を合わせる事はないかと……」
「そっか」
よほど運が悪くない限り――その言葉に何かのフラグが立った予感がしたが、ひとまずミラリア家に戻る事にして。
ロイ達とは町で別れ、俺とリーサとマリンの三人でミラリア家の建つ丘を登った。
「あのさ、ロイ達もミラリア家に招待していいんじゃないのか? 功労者として」
「うーん……。おっしゃる事は分かるのですが、身分のない者を入れるには主である伯母様の許可が要りますし……それに子どもとはいえ男性なのもありますので、今回は難しいですね……」
そうか。アンバーの男嫌いがあったか。
あと確かにここは身分社会だったな。
日本人的感覚ではそんなもんはクソだと思うが、それで成立している社会に対して部外者である俺は物を申す立場に無い。
だいたい、日本には(表向きは)無いというだけで実際は別の形の階級がうっすら存在していたし、他の国では普通に制度として現役のところもあったしな。
それに、安月給の社畜として思うのは『民衆はパンとサーカスを与えていれば支配はたやすい』説は民衆側がら見てもある程度正しいという事だ。飢える不安に晒されずに生活できて、娯楽に興じる程度の余裕があれば上の人達にそこまで不満は無い。。
などとつらつら考えていたら、丘を登り切ったリーサが「あっ……」と声を出した。
「どうした? ……あっ」
ローラが。
ローラがシスター(メイド姿)と一緒に庭に出て遊んでる!!
それどころか。
「あ! ヒロムくん! みてー! お花で冠つくったのー! 似合う?」
パタパタと駆け寄ってきて花冠をかぶって見せてくる。
「う、うん……似合うよ」
運、悪かったな……。
すぐ後ろにいるマリンをチラチラ見ながら答える。
気付くかな。これが王家に見捨てられた王女・オーロラだって。
「ほんとー? わたし、かわいい?」
「うん。かわいいよ。かわいいかわいい」
気になって雑な返事をしてしまったが、ローラは嬉しそうに笑った。
気に入らなかったらしいのはマリンだ。
「は?」と低い声を出し、じとっとした目で俺を睨む。
「な、何?」
気付いたか? 気付いた上で王女に雑な対応をするなって思ってるのか?
戦々恐々とする俺にマリンはぐっと顔を近付けてくる。
「あたしの方がかわいいんだけど?」
「……んん?」
「こーんなちっさい田舎娘よりもあたしの方がかわいいって言ってるの。あんたさっき言ったじゃない。かわいいマリン様とは戦えないって」
「言ったけど」
もしや、気付いてない!?
「で、どっちなの」
「何が」
「このちんちくりんで頭も悪そうな田舎娘と、都会的で頭脳明晰性格も良くてスタイル抜群なあたし。どっちがかわいいの」
おまえ……そこまで言っちゃって大丈夫か!?
今おまえが悪口をしばき倒したその子、王女だぞ……?
スタイルだってまだ絶壁じゃないか……。
かわいそうにローラはマリンの迫力に気圧されて涙目になっている。
「別に……どっちもかわいいんじゃない?」
「どっちもは無し! 選んで!」
「えぇ……じゃあローラ」
正直に答えるとマリンは目と口を開き、分かりやすいショックの顔芸を見せてくれた。
「ヒロムくん……」
うるうるとした目でローラが見上げてくる。
マリンと比べるとローラとは付き合いが一日の長があるし、性格の良さは言うに及ばず。
だからローラと答えたのだが、マリンはフラッと後退してローラを見下ろした。
「信じられない。あたしがこんな貧相な子どもに魅力で負けるなんて」
「でも……ヒロムくんはあのお姉さんがスキだから……」
ローラはそう呟いて少し離れたところで待機しているシスターもといメイドさんの方をチラッと見た。
その視線を追ってマリンはメイド――ややこしいな、もうフューシャさんでいいか。フューシャさんをようやく視界に入れる。
スキャンしているみたいに足元から徐々に視線を上げ、ある一点でカッと目を見開き停止した。
「あ……あ……」
呆然としながらチラッと自分の胸元に目を落とし、再びフューシャさんに目をやった。
そうやって何度か自分の胸元とフューシャさんを見比べた後、俺に目を向け「ひ、卑怯者!」と叫ぶ。
「は!?」
「あんなの勝てる訳ないでしょ! バカ! スケベ! あんぽんたん!」
「なんなんだよ」
泣き出してしまった情緒不安定なマリンに生温かい目をしつつ寄り添うローラ。
するとミラリア城の正面扉が開き、中からアンバーが緋色のマントをたなびかせながら出て来た。
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