38話:副作用


「何をしている。早く入ってきて報告を――ん?」


 アンバーの目がマリンを捉えた。そしてちょっと驚いた表情を浮かべる。


「これはこれは――セブ公爵家のご令嬢マリン様ではありませんか。どうしてこのようなところに?」


 と言いながらさりげなくローラとマリンの間に入り、ローラの姿を隠す。

 ちょっとしか驚いていないように見えたけど、実際は結構焦っているのかもしれない。

 マリン(気付いてない)は涙を拭い、アンバーに向き直った。

 

「魔法の実験中、この地に我らが偉大なる神アストラ様が降り立ったのを見て会いに参りました。そうしたら新城壁の掃討作戦をやっていたので、アストラ様を探すついでに参加してみたのです」


 マリンはアンバーの前では丁寧な言葉遣いが出来るらしい。

 偉そうなだけのガキかと思っていたけどそんな事はなかった。


「なるほど……って、アストラ様が!? この地に!?」


「まぁ……!」

 

 アンバーだけでなくフューシャさんも驚いて目を見開き、口元に手を当てる。

 

「はい。はっきりとこの目で見ました」


「そんな……太古の昔に御力を生きとし生ける者すべてに分け与えて消えたと言われているアストラ様が――今になってお姿を現したというの?」


「そうとしか思えないんですよ。なにせ時空のはざまにいらしたので」


「時空のはざま……」


「そう。そこで見たアストラ様のお姿を模した像がこちらです」


 と言ってシュンと例の俺そっくりフィギュアを手元に出した。

 それを見た瞬間、ひく、とアンバーの頬がひきつる。

 

「こ、これは――」

 

 チラ、と俺の方を見るアンバー。

 見たもんな。俺が大人に戻ったとこ。

 俺はアンバーに向けて首を小さく横に振った。マリンの話はただの誤解だ、と伝えるために。

 

「アンバー様。このようなお姿をした人物を見かけた事はありませんか?」


「えーと……わたくしは無い……か、な……?」

 

「そうですか……。残念です。……でも、変ね。確かにこの地に降り立ったはずなのに誰も見ていないなんて」


 しょんぼりするマリンの手元を、アンバーの後ろでそわそわしていたフューシャさんが身を乗り出し覗き込んだ。そして。

 

「――あっ!」


 俺は像を見たフューシャさんが大声を上げるのを、黙って見ている事しか出来なかった――。

 

「わ、私、見た事あります! このお方!」


「本当!?」


「はい! アンバー様だって見ましたよね! 覚えておられませんか!? 昨晩、崩壊した孤児院の食堂でサージェントオークに襲われた私達を助けてくれた」


 その言葉にマリンが片眉を上げる。

 

「サージェントオーク?」

 

「はい。どこからか突然現れて、突然消えた魔界の魔物です。その時助けてくれたのがこのお方でした」


 そう言ってフューシャさんは目を潤ませ、うっとりとまるで像を通して遠くを見ているかのような眼差しで手を祈りの形に組んだ。


「素敵だったわ……。またお会いしたいと思っていたけど、まさかアストラ様だったなんて」


 嬉しいけど、さっきからアンバーのちくちく視線が痛い。

 フューシャさんの説明を聞いたマリンは顎に手を当て、考え込む姿勢を取った。


「人里付近では見かけないはずの魔物が、どこからか現れて突然消えた……。やっぱりこの地で奇妙な出来事が起きているのね。これはもうアストラ様の影響で間違いないわ。――で、そのお方は今どこに?」


「それが、分からないんですよ……。フラッと現れて気が付いたらいなくなっていたので。……どこに行ってしまわれたのかしら」

 

 もうこの話、切り上げてほしいんだが……そう思った時、バターン! と派手な音を立ててリーサが倒れた。

 一番近くにいたマリンはビクッと跳び上がって「ちょ、ちょっと……!? だいじょうぶ!?」と声をかける。


「大丈夫だよ。マリン。この人はちょっとお腹が空いているだけだから」


 ようやくアストラ様の話題を終わらせるきっかけを得た。

 俺は嬉々としてリーサの肩を担ぎ、ずるずると引きずってミラリア城に向かって歩く。


「何か食べさせたら復活すると思うから、俺は先に入ってるね。アンバー、厨房を借りてもいい?」

 

「ん? あ、ああ……。構わないが。お前が料理するのか?」


「そうしようかなと思って。魔物、たくさん狩って来たからさ」


 リーサを引きずり、厨房へと向かう。

 料理人達は今は休憩に入っているようで厨房には誰もいない。

 ようやく静かな環境に来れてホッとしつつ、収納魔法からポテトンの死骸を出す。


「まったく……誰がアストラ様だっつの。勘違いを世間に広めるなよ……」


 ぶつくさ独り言を言いながらポテトンの手足(根っこ)を切り、魔法で水を出し芋の部分を洗う。ついでに自分の手も。


「……ん?」


 なんだか違和感があって手を止めた。

 なんか……熱い。やけに熱い。

 それに、右手に固い感触。

 

 何か付いてる……?

 

 そう思って右手を観察すると、熱は手のひらの一部――親指の付け根辺りから発せられていて。


「な、なんだコレ……!?」


 その箇所はまるで石化でもしているかのように固く変質していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 火曜日 18:00 予定は変更される可能性があります

魔力ゼロの異世界転移~なんか俺の収納魔法だけおかしくない?~ @panmimi60en

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ