第7話:図鑑あった
椅子を解体し、薪置き場に放り込む。
それから俺は急いでローラを探した。
相談事ができるのは今のところシスターとローラの2人だけだが、本に関してはシスターには聞けない。
大して仲良くもない5~6歳児に頼るしかない状況に情けなさは感じるが……少しでもいい、何か本に関する情報をくれ!
「いた! ローラ!」
彼女は談話室のすみっこで何かの本を読んでいた。
この談話室は雨の日には子供達でいっぱいになるが、今日のような天気の良い日は人が寄り付かないのだ。だからローラが居るのはここじゃないかとアタリをつけた。合ってた。良かった。
「……なに?」
警戒心丸出しの顔でジトッと睨まれた。
まだ怒ってるのかな。
俺は謝らないぞ! 悪いことはしてないんだからな。
「ちょっと聞きたいことがあってさ。……ところでそれ、何読んでるの?」
「アストル聖典……」
「へー」
聖典か。
ってことは、シスターや今俺がいる教会はそのアストル聖典ってやつを信仰してるのかな。
どんな宗教か興味はあるが、それは後回しだ。
「あのさ、さっき読んでもらった図鑑あるだろ。ああいうのって、どこで手に入るか知ってる?」
するとローラは少し考えて「……町?」と言った。
「町か。町に行けば手に入るんだな!? 分かった、ありがとう!」
「買いにいくの?」
「ん? ああ、まぁ……俺も同じのが欲しくなっちゃってさ」
合成しちゃったとは言えなくて適当言って誤魔化す。
「おかねは?」
「無いよ。でも、あれと同じ本があるのか無いのか、あるならどのくらいお金が必要なのかだけでも知っておきたいんだ」
「ふーん……。でもあれ、きっとものすごく高いよ。どうしてヒロムくんが持ってるんだろうって思ったんだけど……そっか。ちがう人の持ち物だったんだね」
「うん。シスターが貸してくれたんだ。シスターはトーマスって人にもらったって言ってた」
「ああ、あのヒト……」
ローラも知ってる人らしい。
おそらく、求婚しに来たあのオッサンがトーマスなんだろう。
ものすごく高いと言われる図鑑よりもさらに高級品らしい上魔石を、せっせとシスターの元に運び続けるオッサン。
あのオッサン何者なんだ。
「ヒロムくん、これから町いくの?」
「うん」
「……わたしもいきたいな」
「え」
「だめ?」
「だめじゃないけど……」
いつも隅っこでじっとしてるローラが町に行きたいと言うなんて意外だった。
この世界は日本よりも色々ゆるいようで、幼い子供が外出することに特に制限はない。(日が沈むまでに帰れというルールはあるが)
なので、一緒に出ることにさしたる問題は無いが……。
「ほかの子たち、いつもともだち同士であそびにいくでしょ。……わたし、いつも一人だから……うらやましかったの」
そっか……。
周りの子が羨ましかったのか。
そうだよな。好きこのんで一人でいる訳じゃないもんな。
「いいよ。一緒に行こうか」
「……うん!」
ローラは嬉しそうに頷いた。
「ところで、もう怒ってない?」
「え? なにが?」
怒ってないようだ。
収納魔法からフード付きの外套を出したローラはそれを深々と被り、顔を隠した。
俺からはもう何も言うまい。
ソレが必要か不必要かなんて、本人が決めることだ。
身支度を終えたローラと一緒に教会の敷地を出ると、石畳で舗装された城下都市の街並みが目の前に広がる。遠くには城っぽい建物も見える。
ナーロッパらしく、道を歩く人々には戦士のような武装した人の姿も多い。
これまでも自由時間に町に出たことはあったが、言葉が通じないので迷子になったらおしまいだと思ってあまり遠くまで行かなかった。
しかし今日は違う。迷ったら人に道を聞けるし、現地人のローラも一緒。
好奇心のまま歩き回ってやるぜ!
意気揚々と足を踏み出すと後ろからローラがトコトコとついてきて、俺の服の裾をきゅっと握った。
不安なようだ。
まだ小さいし、女の子だもんな。仕方ないよな。
でも……ちょっと歩きにくい。手を繋いだら嫌がるかな。
迷いながらもそっと手を差し出すと、ローラは黙って俺の手を取った。
……兄妹みたい。
トコトコ歩きながらそんなことを思う。
「……ヒロムくん。道具屋さんのばしょ、わかるの?」
「道具屋?」
「うん。図鑑をさがしたいんでしょ?」
「そうだけど……道具屋なのか? 本屋じゃなく?」
「本だけうってるおみせなんてないよ……。王都になら……あるけど」
「王都? ここは違うのか?」
「ちがうよ。ここはミラリア辺境伯のりょうち。魔界のすぐとなりだよ」
「魔界!? なにそれ!」
すごい単語が出てきた!
魔界って! 地続きにあるものなんか!? 何がどう魔界なんだ!?
「ヒロムくん、魔界、しらないの……?」
「知らない! どんなところなんだ!?」
「う……わたしもしらない……。こわい魔物がたくさんいるってことしか」
「魔物!」
いるのか! 魔物が!
いや、そうだよな。魔素が人間だけのものな訳ないもんな。
動物も魔素を取り込むのだとしたら、魔法を使う動物=魔物ってことになる。
わざわざ魔界なんて呼ぶくらいだから人間は住んでいないのかな。
つまり未開の地――なんてことだ。ロマンの塊か。
なるほどなるほど。
ローラのおかげで少し分かってきた。
ここはミラリア辺境伯領って言ったか? つまり国のはじっこだ。
魔界と国家の境目。魔物との戦いの前線の町なんだ。
それなら武装した人間が多いのも頷ける。
だとしたら孤児院にいる子供達の中には魔物に親を殺された子もいるってことか?
それは――悲しいな。
「あ、ヒロムくん。みて。道具屋さんだよ」
ローラが指さした先にはシスターが調合室で使っているようなガラスの小瓶の絵が描かれた看板を掲げた店があった。
魔法薬の瓶の絵だ。これが道具屋のアイコンらしい。
「ここに本が置いてあるのか?」
「たぶん……」
「入ってみるか」
扉を開けるとふっと薬草の匂いがした。
中には武装した大人達が数人、カウンターに列を作っている。
「俺達も並んでみよう」
「うん」
並びながら店内を見渡す。
壁付けの棚には色違いの魔法薬が数種類、ディスプレイっぽく並んでいた。
他には便箋と封筒が入った籠、デカい鍋、塩って書いてある札が置かれた壺などなど。
品揃えは雑多ながら本は見当たらない。
「なぁ、ローラ。本は置いてないんじゃないか……?」
「まだわかんないよ。あれは飾りだから。ほんとうの売りものはおみせの人がもってるの」
「そっか」
客が商品をレジに持って行く日本スタイルとは違うようだ。
列から身を乗り出し、カウンターの一番前の様子を観察すると客の注文に応じて店員が収納魔法から品物を出しているのが見える。
注文式かぁ……。
時間がかかりそうだな。
と思ったが案外列の進みは早く、さくさくと前に進んでいく。
「いらっしゃい。あら? かわいいお客さんね。今日はどうしたの?」
店員のお姉さんがカウンターから身を乗り出し微笑みかけてくれた。
かわいい。茶髪のポニーテール。
「あの、図鑑ってありますか?」
「図鑑? あるわよ。なんていうタイトル?」
「タイトル……」
まずい。分からん。
「“せいかつひゃっか”です」
ローラが前に出て言ってくれた。
助かるー!
そうか、ローラは現物を読んでいた! だから知ってるんだ。
一緒に来てくれて良かったー!
「生活百科ね。――これ?」
お姉さんの手元にシュンと分厚い本が現れる。
見覚えのある表紙。確かに生活百科って書いてある。
「はいそれです! いくらですか?」
「銀貨30枚。けっこう大金よ。持ってるの?」
「持ってません! でもお金ができたら絶対に買います!」
「あらそう。じゃあこれは取っておくわね。ふふ、かわいいお客さん。がんばってね」
「はい!」
銀貨30枚がどんなもんか知らずに頷く。
せっかくだから他のものにどんな値段がついているのかも知りたいな。
何かないかな。
……あ、そうだ。
「あの、買い取りってできますか?」
「ものによるけどできるわよ。あんまり高いものは取引できないけど……何を売りたいの?」
「これなんですけど」
収納魔法から残り2つとなった極上魔石を取り出し、お姉さんに見せる。
するとお姉さんの笑顔が凍り付いた。
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