第6話:ヒロムのことをどこかの貴族の落とし胤だと思っているシスター



「釘と修理道具は倉庫部屋に置いてあるから勝手に持ってって。場所、分かる?」


「はい。掃除道具が置いてある部屋ですよね」


「さすがね。じゃあ頼んだわよ」


 何がさすがなのか知らんが、釘をもらう代わりに椅子の修理を請け負って調合室を出た。

 ここは収納魔法がある世界とはいえ、みんなで共有する道具は普通に倉庫や棚に収納されているのだ。

 逆に言えば個人の所有物はだいたい収納魔法に入れるので、タンスや鞄、はては服のポケットという概念そのものが存在しない世界でもある。

 いや、もしかしたら金持ちが持ち物を見せびらかすための収納道具とかはあるかもしれないが、少なくとも庶民の間では個人の持ち物に対して物理的な収納はほとんど使われていない。

 

 その貴重な物理的収納、倉庫部屋に入り指先に熾火を灯す。

 ホウキのある場所くらいなら知っているから明かりがなくても大丈夫だが、釘や道具箱のある場所はさすがに知らんので探さないといけない。

 

 窓のない暗い室内が熾火にぼうっと照らし出される。

 が、この程度の明かりじゃ暗くてほとんど見えなかった。


 熾火だけじゃダメだな。もうちょっとしっかり照らさないと。

 そう思って魔素に語り掛ける。

 

「電気みたいに明るくして」

 

 パッ、と電気をつけた時みたいに明るくなった。

 

 魔素、アレクサ並みに素晴らしいな!

 一応壁に燭台はついているが、蝋燭の明かりとは比べ物にならないくらい魔素の明かりは安定している。

 こんな素晴らしいものとお付き合いさせて頂けるなんて……ありがとう以外の言葉がない。


「えーと、道具箱、道具箱……。あ、あった」


 木組みの棚の隅っこ、その一番下に目当ての道具箱は置いてあった。

 その隣にいくつも小箱が並べてあって、『釘(小)』『釘(大)』とか書いてある。

 どうやらロゼッタ・ストーンは話し言葉だけじゃなく文字にも効果があるようだ。

 助かる。

 

 俺はさっそく釘(大)を3つ取り出し、収納魔法に入れてみた。

 ???と出たので合成してみると『鉄塊(中)×1』が出来上がる。

 想定内の結果に満足し、続けてロゼッタ・ストーンを収納魔法の中に戻してみた。

 脳内に浮かぶのは『鉄塊(中)』と『ロゼッタ・ストーン』。その2つのみ。

 どうやらこの2つでは合成機能が発動しないようだ。

 

 なんで!? 何が違うんだ!?

 

 少し考えて、今までの合成は全て3つの物質を元に行われていたことに気が付いた。

 3つ必要なのか?

 ふむ。

 なら釘(大)をもう3本頂くまでだ。


 再び釘(大)×3を鉄塊(中)に合成すると、脳内リストは『鉄塊(中)×2』+『ロゼッタ・ストーン』→???になった。


 よし!! いける!!


 ゴーサインを出すと『鉄塊×2』の文字は消え、『ロゼッタ・ストーンの首飾り』に変化した。


「やった!」


 取り出してみると細いチェーンがロゼッタ・ストーンに通されていて、まさに首飾りとして使える形になっていた。

 鉄のチェーンはすぐに錆びそうだが……今はこれでいい。錆びたらその時また考えよう。

 

 首飾りをつけ、ロゼッタ・ストーンが見えないように服の中に隠す。

 装備を完了させた俺は達成感にひたりながら釘と道具箱を持ち出し、約束通り食堂に入って脚のガタつく椅子を探した。

 目当ての椅子はすぐに見つかり、ひっくり返して不具合を起こしている箇所を探す。


「あー、ここだ。なんだ、割れてんじゃねーか。修理しすぎだ。これは直すの無理だよ」


 何度も修理を繰り返した痕跡のある椅子は接合部にヒビが入っていて、DIYレベルで言うとニトリの家具なら説明書なしでも組み立てられるくらいのレベルの俺にはちょっと難しい状態だった。


 でも釘もらっちゃったしなー。できないなんて言えないよ。どうしよ。

 椅子とにらめっこしながら考え込んでいると背後から「どう? いけそ?」と声がした。

 シスターだ。


「……ちょっと厳しいかもしれません。釘を打ち直してどうにかなる段階は越えてしまっているので……直すならいったんバラシてここのパーツを新しいものと取り替えないと」


「ふーん。……ヒロムってなんでもできるのね」


 わざわざ俺の横にしゃがみこんで、目線を合わせてくるシスター。

 なんか含みのある言い方だ。

 さっきから何が言いたいんだ……?

 

「別に。普通ですよ」


「そうかな。私、たくさんの子供を見てきたけど……ヒロムほど理解力のある子って一人もいなかったわよ。ううん、下手したらそのへんの大人よりあなたって賢いわ。言葉が通じない時から思ってた。慣れない環境に来ても周りを見て動けたり、1教えたら10理解してくれたり。……極めつけはとんでもない威力の魔法を急に使い出したことと、言葉を一瞬で覚えてきたことよ。ねえ、ヒロムってちょっと頭が良すぎるわよね。どこの国から来たの? どういう身分の家の子?」


「……そう、聞かれてもですね」


 異世界から来たただの大人です、とは言えなくて言葉を濁した。

 周りを見て動いたり、1を聞いてその先まで理解しようとするのは日本社会でそういうふうに鍛えられてきたからだ。

 だけどバカ正直にそれを言ったら俺はここを追い出されてしまうんじゃないだろうか。

 魔法と言葉の問題をクリアしたとはいえ、俺はまだこの世界のことを何も知らない。社会の仕組みも、常識も何も。

 そんなところに放り出されたら困るし、それに、シスターと疎遠になるのも嫌だ。

 俺、けっこう本気でシスターのことが好きなんだよ。

 こんな美人に助けられて惚れない奴はいないと思う。

 

 言い淀んでいたらシスターはふっと溜息をついて視線を和らげた。


「……ま、言いたくないならいいわ。今は見逃してあげる」


「すみません……」


「いいのよ。いつか教えてね、ヒロムのこと。全部」


「はい」

 

「それと、椅子は直せないなら解体して薪に回しといて」


「了解です」


「あー、あと、さっき貸した図鑑、返してくれる?」


「へ?」

 

 図鑑?

 

 あ。まずい。


「……図、鑑……?」


「そう。そこまで流暢に話せるならもういらないでしょ? あれ、トーマスに貰ったんだけどちょっと気に入ってるのよね。魔石は高級すぎて受け取れないけど、図鑑ならいいかなって思って受け取っちゃったことがあるの。そしたら案外面白くて」


 やべえええ!! それ今、ロゼッタ・ストーンとして大活躍してます!!

 やらかした!

 返せない!

 

「……も、もうちょっと借りててもいいですか? どうにかしますんで」


「どうにか? ……なに? もしかして破っちゃったりした?」


「いいえ違います! 破ってはいません!」


 嘘はついてない。

 しかし本当のことも言えない。

 どうしよう。

 なんとかしてあれと同じものを手に入れなければ……!


 

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