第8話:帰還者トーマス

「え!? えぇ!?」


 お姉さんは魔石と俺を交互に見て素っ頓狂な声を上げる。後ろに並んでいる人達も俺の手元を見てざわつき始めた。

 子供が高いものを出したことに驚いているのかな。

 入手経路について説明したほうが良さそうだ。また盗っ人に誤解されたらたまらん。


「これ、トーマスって人にもらったんです」


 すると後ろの人達から声が上がった。


「ト、トーマスだって!?」


「帰還者トーマスか!? あの!」


 帰還者トーマス!?

 あの人、有名人なのか。

 なんだか異様に親しみを感じる二つ名だな。

 

「しばらく姿を見ないと思っていたが、帰っていたのか……!」


「さすが帰還者トーマスだ。魔界の深淵から二度も戻ってくるなんて。しかも今回は極上魔石を持ち帰ってきたとは」


「今ならまだ町にいるかな。俺、帰還者トーマスの話を聞いてみたい」

 

 二つ名のせいで話が頭に入ってこない。

 でも本当にすごい人っぽいな。


「ね、ねぇおチビちゃん。もらったのは分かったんだけど、どうしてトーマス様はあなたにそれをあげたの?」


 お姉さんがひきつった笑顔でたずねてきた。

 

「さぁ。……本当は女の人にあげたかったみたいなんですけど、フラれたのでたまたま近くにいた僕にくれたんだと思います」


「なるほど……って、そんな軽く扱っていいアイテムじゃないわよ! いい!? ボクちゃん! それはね、魔界の一区域を支配するクラスの魔物を倒した時にだけ取れる大変な魔石なの! 国宝ものよ!? こんなケチでショボい店に持ち込まれていいアイテムじゃないの!」


「お、おい……」


 カウンターの奥でパイプ煙草をふかしていた店主っぽいオッサンが傷付いたような顔をした。

 

「国宝物ですか。すごいですね。……ちなみに、もし値段を付けるとしたらどのくらいになりますか?」


「付けられないわよ。でも……そうね。ひとつ下の品質の上魔石なら、ウチで買い取るなら1個につき金貨3枚ってとこね。慎ましく暮らせば3か月は生活できるわよ」


「上魔石1個で3か月生活できるんだ……」


「そう。上魔石も高いけど極上魔石と比べたらレア度はガクッと落ちるわね。極上が別格すぎるのよ。私も実物を見たのは初めて。……もう。トーマス様ったら、いくらフラれたからって極上魔石を子供に渡すなんて。あり得ないわ。ねぇ?」


「ねぇと言われても」


 金貨1枚で1か月の生活費か。

 日本の感覚でざっくり言うと金貨1枚当たり大体25~30万円くらいって理解で合ってる?

 合ってると仮定して、そんなものを瓶いっぱいに詰めて10本ほどプレゼントするトーマス……。

 シスター、なんで求婚を断ったんだ。

 俺だったら瓶一本でOKするしなんならお座りでもお手でもなんでもするんだが。

 神職者としての誇り――かな。

 トーマスもすごいが、シスターもすごい人だ。

 

 尊敬を新たにした俺は極上魔石を収納魔法の中にしまった。


「あぁっ! 極上魔石が……!」


 お姉さんが名残惜しそうな声を上げる。

 

「売れないのは分かりました。なので、こっちを買い取って頂きたいです」


 そう言って上魔石を出す。

 一個だけ残ってたやつだ。全部合成してなくて良かった。


「上魔石ね……。これもトーマス様にもらったの?」


「はい」


「そう。分かったわ。これなら買い取れるわよ。金貨3枚。いい?」


「はい。――で、それで図鑑を買いたいです」


「ああ、そうね。他にも何か買ってく?」

 

 他にも――。

 そうだな。お姉さんのさっきの口ぶりからすると他にも図鑑があるっぽいよな。

 今、俺に必要なのはこの世界に関する知識だ。

 図鑑に限らず、とにかく本が欲しい。

 

「本が欲しいです。あるもの全部ください」

 

「オッケー分かったわ。本当にあるもの全部でいいのね?」


「はい」


「図鑑2種類と絵本が10冊、それと今年のうまいお料理2月号から6月号。以上、買い取り額から金貨1枚引いておくわね」


 金貨1枚か。

 そんなピッタリなことある? 大丈夫? ボラれてない?


 少し不安になったが取引証明書なるものにサインしてと言われ、そこに書かれている詳細を見ると『生活百科30銀。魔法百科30銀。絵本10冊30銀。うまいお料理5冊10銀』と内訳があって、確かに納得できるお値段感があるしピッタリ100になるなと思った。

 銀貨100枚で金貨1枚なんだ。で、この買い物による端数は無し。

 どうやら俺の脳は消費税の呪いにやられていたらしい。

 

 取り引き証明書2枚にサインをすると1枚は俺の分だったらしく、その紙1枚と本の山を手渡された。

 

「はいどうぞ」

 

「ありがとうございます。絵本が多いんですね」


「そりゃそうよ。字を読める人より覚えたい人の方が多いもの。自分の名前以外の文字を覚えたい人はまず絵本で勉強するのよ」


「へー」


 識字率は低めってこと……?

 じゃあ、ローラがすらすら読めるのってなんなんだ。

 

「あとこれ、購入代金を引いた後の金貨2枚よ。ちゃんと収納魔法にしまっておいてね」


「あ、すみません。それって半分は銀貨でもらうことはできますか?」


 たぶん、金貨ばっかり貰っても使い勝手が悪そうだからな。

 このあとローラにお礼でお菓子でも買うつもりだし、細かいお金を持っておきたい。

 

「できるけど……入るの?」


「え?」


 どういうことだろう。

 首を傾げるとお姉さんは「子供って魔力がまだじゅうぶんに育ってないからそんなにたくさん入らないでしょ?」と言った。

 そうなんだ。収納力って無限じゃないんだ。

 でも俺、元から魔力持ってないしな……。魔素に直訴してるだけだし。どのくらい入るかなんて知らないや。


「分からないので試させてください」


「試したことないの? 変わってるわね……。まぁいいわ。はい、銀貨200枚」


「ありがとうございます」

 

 本と銀貨200枚を収納魔法に入れる。

 全部、カウンターの上でシュンと消えた。

 

「入りました」


「まぁ、その年でこの量を! 君、けっこう魔力が多い方かもしれないわね。将来が楽しみだわ。欲しいものがあったらまたいらっしゃい」


「はい!」


 お取引を終えてお店を出る。

 シスターに図鑑を返せそうだし、色んな本も手に入ったし。

 良かった良かった。さて、お菓子でも買って帰るか。


「ローラ。今日のお礼に何か甘いものでも――」


 振り返ってハッとした。

 柄の悪い男が数人、後をつけてきてる。


「……どうしたの? ヒロムくん」

 

「いや、なんでも……。ローラ。建物側を歩いて」


「え?」


「振り向いちゃダメだよ。俺から離れないで。絶対に」


「う、うん……」


 うかつだった。

 子供の姿であんな取引をすれば悪い奴に狙われるに決まってる。

 ここは日本じゃないんだ。

 色々とゆるい代わりに、なんの後ろ盾もない孤児が強盗に遭ったところでまともな捜査をしてもらえるかどうかわからない。

 殺されても捨て置かれる可能性すらある。

 

「――頼む。俺達を守ってくれ。刃一本通さないように」


「ヒロムくん、だれとしゃべってるの?」


 何も気付いていない様子のローラはのんきな口調でたずねてくる。

 この子を絶対に守らなければ。


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