第30話:リーサ補佐官
「は……統括官、ですか? この子が?」
翌朝、目の前の女性は戸惑いの表情を浮かべてクイと眼鏡の位置を直した。
彼女の名はリーサ。18歳。アンバーの妹が嫁ぎ先で産んだ女の子、つまり姪っ子だそうだ。
かつて比類なき強さを持ち“戦乙女”と謳われていた(と聞かされた)若かりし日のアンバー。そんなアンバーに憧れた結果、舞い込んでくる幾多のお見合いを蹴って叔母のもとで補佐官として働く事を選んだ女の子――らしい。
眼鏡に三つ編みでおとなしそうな外見。とても戦乙女に憧れるタイプには見えないが……。
彼女の問いにアンバーは頷いた。
「そうだ。諸事情あってこのミヤシタヒロムに新しく出来た城壁の町作りを頼む事にした。リーサにはミヤシタの補佐をお願いしたい。出来るか?」
「もちろん叔母様のお願いとあればなんでもやりますけど……ですが、なぜこんな子供に?」
「ほう。リーサ。お前にはこの子が子供に見えるのか?」
「え……?」
じっ、と俺を見下ろすリーサ。
「子供にしか見えませんが……」
「ふっ、そうだな。わたくしにもそう見えている」
「???」
「では、頼んだぞ」
「あ、叔母様……!」
マントを翻しスタスタと去って行くアンバー。
あのポンコツ領主はこれから大破した孤児院の修復に向かうのだそうだ。昨晩ベッドの中で(意味深)そう言っていた。
契約の花の蜜を自分で全て飲んでしまったアンバーは『お前に任せる』と言った自分の言葉に縛られて結局俺に任せるしかなくなっている。どこの馬の骨とも知れない俺に。
気の毒だが自業自得だ。
あれから俺は水魔法の水と収納しておいたミニオークの肉(自分で焼いた)しか口にしていない。あちらが出してくるモノは何が盛られているか分からないからな。
しかしアンバーは契約を無理強いしてくることはなく、「それならば」と監視役として姪っ子をつける事にしたそうだ。が……この若い女の子が監視役として適切なのかどうか俺には分からない。
ちなみに俺がこっちに出向する間、アンバーは領主の力を使ってローラのための魔物の血を集めてくれるそうだ。冒険者ギルドに依頼を出すとのことだが、あんまり大っぴらにやると何をしようとしているのか王都にバレるんじゃないのかなと思う。
そのへんは上手くやるさ、と言ってたけど……なにせポンコツなので不安しかない。
リーサはアンバーの背中を見送りながら顎に手を当てて呟いた。
「どういう事でしょうか……。それに叔母様、なんだかやけに若返っているような? お化粧を変えたのでしょうか……」
その時、奥の部屋の扉が開いて中からローラとシスター(メイド服バージョン)が出て来た。
うおおお!! シスターがメイドさんになったー!! かわいい!
アンバー様グッジョブ!!
「ヒロムくん、おはよう!」
「おはよう、ローラ。シスターもおはようございます」
「おはよう。ヒロム、よく似合ってるじゃない。貴族の子に見えるわよ」
「え? あぁ、これですか? 別に嬉しかないですけどね」
俺はパジャマに引き続き服までもグレゴリオの子供時代の服を着せられてしまっている。
白シャツに黒ベスト、焦げ茶のズボンにブーツと、特に悪趣味って訳じゃない普通の恰好だがあのゴリオのお下がりかと思うと一刻も早い着替えたさがある。
そんな事よりシスター。あなたのメイド姿の方がよほど。
「ヒロムくん、みて! わたし、ドレス着せてもらったの!」
ローラが目の前に飛び出して来て嬉しそうにくるりと回る。
七五三っぽい。
「かわいいね」
「えへへ。およめさんみたい?」
「あー、そうかもね」
お姫様じゃないんだ。
まぁ、本物の王女だしな。お姫様よりお嫁さんの方がローラにとっては夢がある設定なのかも。
「じゃあヒロムくんがおむこさんね!」
「えっ」
「だめ……?」
おままごとに付き合わされる予感で身がすくむ。
しかし幼女の笑顔を前にして「ダメ」なんて言えない……!
「い、いいけど」
「わぁい! じゃああなた、朝ごはんのじゅんびができたとホウコクがあがりましてよ。いきましょ?」
ナチュラルにお姫様ごっこが混入してくるローラの新婚ごっこ。
強い。
「お、お楽しみのところすみませんがオーロラ様……、ミヤシタはこれからお仕事があるので、どうかご勘弁を……すみません」
「えーっ」
リーサに向かって不満そうに頬を膨らませるローラをシスターは抱き上げ「あの、ヒロムがお仕事を、ですか……?」と言った。
「そうなのです。叔母様のご命令で……。どういうおつもりなのか私には分からないのですが、命令ですから……」
「そうですか。アンバー様のご命令で。……分かりました。ヒロムをよろしくお願いします、リーサ様。ヒロムはとても賢い子ですので、きっと力になる事でしょう」
「お、お任せ下さい、フューシャ殿……」
2人はお辞儀をし合い、俺はリーサに連れられてミラリア城を後にした。
「助かった……。おままごとが始まるのかと思った」
「ふふ、男の子にはつらいですよね……。いくら年が近いと言えど」
近くないんだよな……。
とは言えないので愛想笑いで済ませる。
このリーサ補佐官、俺の下に付けられても不思議がるだけで別に機嫌を損ねたりはしていないようだ。憧れの叔母に命令されたからだろうが、生まれも育ちもガチのお嬢様なのでただの世間知らずの可能性もある。
彼女は――リーサは家紋らしき模様がドンと入った大きな旗を持ち、肩に立てかけながら町の中を歩いた。
「あの、それ重くないですか?」
わざわざ持たなくても収納すればいいのに。
そう思ってたずねると、リーサはほんわかした笑顔で答えた。
「まぁ。気遣いだけでなく丁寧な言葉遣いも出来るのですね、ミヤシタ殿……。さすが、フューシャ殿が賢いとおっしゃったのがよく分かります……。ですがミヤシタ殿。私は部下ですから、どうぞお気遣いなくです……。命令時に支障が出ますので、敬語は無くしてくださるとありがたいです……」
「そ、そう?」
見た目に違わず実直で真面目だ。
これは世間知らず説に一票入るな。
「はい。それに――これは確かに多少は重いのですが、今から新しい土地を開拓してくるのだというメッセージになりますから……。民に見せながら歩く必要があるのです……」
「なるほどー」
まだ何もない土地にはまず家の旗を立てるって事なのか。
いいな、それ。カッコいいな。
町の中を新城壁の手前まで歩く。
新城壁は元々あった城壁に連なる形で出来た。つまり今まで『口』の形だった町(四角ではなく丸に近いが)が1枚の城壁を隔てて『日』の形になったと言える。
元々あった城壁内側の一画には衛兵が守る極狭い階段があり、リーサは俺をそこに案内した。
「ここから行きましょう……」
「階段で入るの?」
「はい。新しい城壁にはまだ出入り口も階段も何もありませんから……。上から入るしかないんです」
「へー。なんでそんな」
せっかくなら門くらい作っておけばいいのに。
アンバーの奴、またうっかりを発動したのか?
そう思いながら狭くて急な階段を上り、ある程度上ったところで町を見下ろす。
「ひえっ……! 高ぁ!」
あまりの高さに身がすくむ。
風も強いし結構本気で怖い。
「気を付けて下さいね……。ミヤシタ殿は軽いから油断したら吹き飛ばされそうです……」
「う、うん」
しっかり手すりに掴まって上る。
俺の前で階段を上るリーサのスカートがばたばたと派手にはためいているが、本人は気にしていない様子。
平気で脱ぐアンバーといい、無頓着な一族だな。
下を見ると怖いのでリーサのスカートの中を見ながら上りきると、そこには絶景が広がっていた。
「わぁ! すごい!」
城壁以外何もない!
リーサに支えられながら上空の強風を受ける。彼女は旗と俺を支えながらじっと土地を観察し「どのあたりに旗を立てましょうか……」と呟く。
「どこでも良くはない?」
「はい……。旗を立てた場所が庁舎になるので……」
「庁舎か。なら真ん中付近が良いよな。広くてどの辺りが真ん中なのかいまいち分かんないけど」
本来であれば水の流れなども考慮する必要があるんだろうが、この世界では水は自給自足できるし、それに川も見当たらない。
排水のことだけ気にしておけばいいかな……。
「という訳で、あの小高い丘の上はどうだろう」
そう言って遠くに見える丘を指さす。
均すのが大変だろうが、ミラリア城も丘の上だったしな。
「そうですね……。良いと思います。では、参りましょうか……」
リーサはそう言ってシュンと旗を収納魔法にしまい、代わりに死神みたいな大鎌を出現させた。
大鎌!?
おとなしそうな見た目のくせに、大鎌!?
そういうの大好きだけど!
「っていうかなんで今武器を出す必要が!?」
「なんでって……“一掃”しなくちゃいけないじゃないですか……。城壁内の、魔物を……」
「あっ! そういうこと!?」
その時、俺はようやく新城壁に門が設置されていない理由を理解した。
そうか、魔物がいるんだ。この中に。
リーサはひょいと俺を小脇に抱え、城壁のふちに立った。
“こちら側”には階段はまだ無い。
……まさか。
「下りますよ、ミヤシタ殿……」
いやまさか。
ふわっ、と宙に浮いた。
「うわああああ」
真っ逆さまに落ちた。
落ちながらリーサは「あ、呪い鳥……」と呟き、タンと壁を蹴って跳躍する。
「はっ!」
大鎌を振るい、空中で鳥を――仕留めてしまった!
「呪い鳥は黒属性を持つ魔物なんですよ……。比較的珍しいので狩れて良かったです……。必要なんですよね……? オーロラ様を女王にするために……」
「そ、そうだけど」
君、すごいね!?
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