第21話:領主アンバー・リリー・ミラリア(わがまま)


 お姉さんはひとしきり取り乱したあとようやく落ち着きを取り戻し、倉庫の中にしまってあった古い子供用の椅子を引っ張り出して腰かけフンッと腕と脚を組んだ。

 椅子、ミシミシ言ってるけど大丈夫かな。……まぁ、いいか。下手に指摘したら怒らせそうだし黙っとこ。


「わたくしはアンバー・リリー・ミラリア。お子様にはこの町で一番偉い人と言ったら伝わるかしら」


「ミラリア……って」


 ああ! ローラが言ってた辺境伯の家名が確かそんな感じだったな。

 ってことはこの女性は辺境伯の家の――マジか。あのゴリオの身内かよ。

 しかも一番偉い人って言ったか。

 

「もしかして、あなたがここの領主様……?」


「そうよ。理解力があって助かるわ」

 

 へー! 女領主か!

 女王の件といい、この世界は女性が支配者として立つことがさほど珍しくない世界なのかな。

 

「じゃああの、アンバー様はゴリオ……グレゴリオ様とはお、ごきょうだいなんですか?」


 もう少しで「親子ですか」と聞きそうになったがきょうだいと言い直した。

 こっちなら間違ってても許してもらえるが、逆は無い。

 

「そうよ。年の離れた姉弟ってやつね」


 合ってたー!!

 言い直して良かったー!


「わたくしが長女であの子が長男。わたくしの後も女ばかり生まれ続けた末やっと誕生した待望の男子だった。両親はそれはもうベッタベタに甘やかしたわ。おかげで無事“ミラリア家を継ぐ器じゃない”って評判が立っちゃって。で、こないだ父上が戦死したからわたくしが家を継いだの。……そうしたらあのバカは昨晩、どこからか手に入れた極上魔石の魔導具でわたくしを攻撃してきた」


「わ、わぁ……」


 あいつ、極上魔石をそんな事に使ったのか……。

 で、この人はゴリオから逃げて教会に匿ってもらっている――と。

 

「おかしいと思ったわ。魔界の一区域を支配する首領級の魔物を誰かが倒したなら、まずわたくしのところに第一報が入るはず。でもそんな話は聞いていない。あのバカはいったいどこから極上魔石を入手したのかしら――わたくしは逃げながら考えた。どこからか盗んできた? いいえ、これを持っているのは今のところ王家のみ。盗むなんてとてもじゃないけど不可能だわ。じゃあ自分で狩ってきた? ううん、アイツに限ってそれは絶対にあり得ない。出どころ不明の極上魔石、いったい誰があのバカの手に――? と不思議に思っていたら! あんただったのね。なんてことしてくれたのよ」


「……さ、さあ。なんのことだか」

 

「目が泳いでるわよ。クズ魔石を集めてどうのこうのってさっき言ってたじゃない。ちゃんと聞いてたんだからね」


 くそぅ! 誤魔化せないか!

 ゴリオ、確かに私物化しそうな気配を漂わせていたが。周りの人がなんとかするものだと思っていた。まさかなんとかする側の人が追い出されてしまうとは。極上魔石おっかねぇな。

 アンバーは椅子から身を乗り出し「物質を3つ集めるといろんなものに変化するってどういうことなの? わたくしも初めて聞いたわよ」とたずねてくる。


「どういうことかは知りませんが、事実としてそうなるんですよ。説明を求められても困りますね」


「ふーん……。ちょっとやってみてよ。っていうか作ってほしいわ。事実なら」


「なにをです?」


「極上魔石。クズ魔石から作れるんでしょ?」


 アンバー様、やっぱりゴリオの姉だ。

 押しが強い。


「作れると思いますけどまだ実行したことはないし、それに融合するのはあくまでも俺の収納魔法の中ですよ。目の前で作り出せる訳じゃないので、見ても面白くはないです」


「お前はわたくしが面白さを求めて懇願してるとでも思っているの?」


 違いますよねー。

 しかし懇願と言いつつその態度ってどうなん、と思わなくもないが相手は領主。そういうものなんだろう。


「分かりました。では……僭越ながら! 宮下大夢、いきます!」


 つい宴会芸を披露する時みたいな言い方をしてしまった。

 高圧的な人を前にするといまだに社畜根性が出てくる。


「うむ。……そういえば、極上にするにはクズが何個必要なのかしら。足りる?」


「さぁ。まだなんとも。クズと極上の間に何段階あるのかによります」


「クズ、かけら、極小、小、中、上、極上の7段階よ」


「それなら――えーと。ちょっと待って下さいね」


 空中に計算式を描きながら3乗を7回繰り返す。

 

「――クズが729個ですね」

 

 するとアンバーは目と見開き「は……!?」と声を漏らした。

 多いよな。俺もびっくりした。

 でも大丈夫。精肉ギルドの地面にはそれ以上転がってたから。


 まずは脳内に浮かぶクズ魔石×832を全てかけらに変えた。

 魔石のかけら×277。

 そのかけらを魔石(極小)×92へ。

 極小魔石が魔石(小)×30に変わり、魔石(中)×10が魔石(上)×3へと。

 あっという間に数を減らし、力が濃縮されていく。


「――で、今ここに上魔石3個が完成した訳ですが」


 手元に合成したばかりの上魔石を3個、出して見せた。


「え、もう!? いつ始まってたの!?」


「ついさっき。俺の収納魔法の中でやるって言ったじゃないですか」


「そ、そうだけど……。ねぇ、お前は――ミヤシタヒロム? って言ったかしら。ミヤシタはさっきどうやって必要なクズの数を知ったの? 魔法が教えてくれたとか?」


「普通に計算しましたよ。……え? 魔法って計算の答えを教えてくれたりするんですか?」


「い、いや……。そんなことはないけど」


 ないのかよ。


「ミヤシタの魔法ってなんか変みたいだから……そういう常識外のこともあるのかと思って」


「変……?」


「昨日から今日にかけて色んなことにびっくりし通しだけど、一番びっくりしたのはお子ちゃまの計算が速くて正確だったことかもしれないわ。ミヤシタ、あんた一体なにものなの? ……もしかして、わたくし、とんでもない逸材を見つけてしまったのでは」


「そんなことはありません!! ただの訓練の結果です!!」


 召し使いにされそうな予感がしたので強めに否定しておいた。


 

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