第22話:ゴリオ、襲撃


 完成した漆黒の極上魔石をアンバーは摘まみ上げ、蝋燭の火にかざして眺めた。


「これが極上魔石。……すごいわ。力がみなぎってくる。まさか本当に作れるなんて」


「ご満足頂けましたか」


「もちろんよ。ところであなた、私と一緒に」


「行きません」


「ミラリアのためにその力を」


「使いません」


「命運を共にした仲間として」


「初対面です」


「なんでわたくしの言いたいことを全て理解して先回り拒否するのよおぉぉ!!」

 

 うるせー。俺達がいつ命運を共にしたんだ。

 

「あなたと話しているとまるで大人を相手にしているような気持ちになるわね……。分かったわ。詳しい話はわたくしの家で聞くとして。さ、急いでミヤシタ。グレゴリオを倒しに行くわよ」


「俺の話聞いてました!?」

 

 首根っこを掴まれ引きずられそうになって、俺は扉にしがみついて抵抗した。

 

「どうしてそんなに嫌がるのよ? こう言っちゃなんだけど、あなた身寄りがないんでしょう? 引き取ってあげるって言ってるの。わたくしの家に来れば豪華な個室と食べきれないほどの料理、メイドによる身の回りのお世話など色々ついてくるわよ。有難がりこそすれ断る理由なんて無いのではなくて?」


 メイドだとぉ!?

 それは確かに魅力的だ。

 でも。


 ちら、とローラに目をやる。

 ローラはおろおろしながら事の成り行きをただ見ていた。

 魔力がとても弱くて、いずれ命を狙われるかもしれない、心の優しい女の子。

 

 この子を放置して出て行くなんてできないよ。

 

「……俺、やらなくちゃいけないことがあるから」


「やらなくちゃいけないこと? ……って、あら? よく見たらその子」


 俺の視線を追ってローラに目をやったアンバーはみるみるうちに顔色を変えた。


「オ、オーロラ様!?」


「今気付いたのかよ」


「だ、だってお顔が……! しかし、そのオーロラの光のような美しい瞳はまさしくオーロラ王女のもの。どうして!? ご病気は治ったのですか!?」


「え……えっと、うん……。ヒロムくんがなおしてくれたから」


「ヒロム……ミヤシタが?」


 急に英語っぽい呼び方。

 アンバーはローラの前にひざまずき、じろりと俺に目を向けた。


「魔力飽和症が自然治癒でなく人の手で治った……? どういうことなのヒロムミヤシタ」


「偶然ですよ。自然治癒です」


「いまさらそんな言い訳が通るとでも? ――あぁ、もしかしてミヤシタがやらなければいけないことって、オーロラ様に関すること?」


「……はい。彼女の魔力を増やしたくて。極上魔石と魔物の血で増やせるってシスターに聞いたから、それで」


 するとアンバーは口元に手を当てて何かぶつぶつ言い始めた。


「あの伝承を実行に移そうとしていたの……? 途方もないけど、確かにミヤシタがいれば不可能ではない……でもそんなことをしたら王位継承順が入れ替わって……あぁ、そうだわ、ここで多大な恩を売っておけばわたくしはオーロラ派の筆頭として将来安泰に」


 そこまで言ってぱっと俺を見下ろす。


「……ミヤシタ。現状、魔物の血は何種類集まっているの?」


「え? えーと……地と風と……水?」


 水属性の魔物は今のとこスライムしか持ってないが、スライムって血あるのか? 無い気がするが……まーいいや。多めに申告しとこ。

 

「たったそれだけ? 言っておくけど7種集めるのって結構大変よ。黒の魔物なんて魔界に切り込まないとおそらく見つけられないし、まして白なんて」


「大変なのは分かってますよ。でもやらないと仕方ないじゃないですか」

 

「そう。覚悟の上なのね。……だったらなおさらわたくしの力を借りた方が良いわ、ミヤシタ。ここで暮らしていたら外出もままならないでしょう。フューシャはああ見えて心配性だから」


「フューシャ?」


「あのシスターもどきの名前よ。知らなかった?」

 

「初めて知りました」


 そっか、シスターはフューシャって名前なんだ。

 よく分からんが可愛い名前な気がする。まー本体が可愛いからな。そう感じるのも当然だ。


「じゃあ決まりね。オーロラ様、わたくしとミヤシタと一緒にここを出ましょう。御身はお守りいたしますわ」


「ちょっと! 勝手に話を進めるなって!」


「なによ。必要なことでしょう? 本当にオーロラ様を守りたいなら選択の余地は無いはずよ。それとも他に気になることがあって?」


「そ、それは」


 シスター……フューシャさんはローラのために王宮勤めの職を投げ売ってこの地まで来たんだ。

 そんな人を置いて俺達だけ出て行くなんて。

 

 言い淀んでいると、ローラがポツリと呟いた。

 

「ヒロムくんはシスターのことがスキだから……」


「ちょ、ローラ!?」

 

「あらそうなの? ませてんのねー。どこがスキなの? 体?」


「……全部です。そう、だから俺……ここを出たくないんですよ」


「ふーん……。そう。それは困ったわね」


 アンバーが頬に手を当てて黙り込んだ。その時――。

 

 ズゥゥンと地鳴りがして地面が揺れた。倉庫の棚がぐらつき倒れて、先ほどまでアンバーが座っていた小さな椅子を押しつぶす。


「な、なんだ!? 地震か?」


「いいえ、これは――。ミヤシタ! わたくしと一緒に来なさい! オーロラ様は急いで外に出て、少しの間身を隠していて下さいませ!」


 そう言って俺の首根っこを掴み、廊下を走り出す。

 

「ミヤシタ! あんた、戦える!?」


「ち、ちょっとだけなら……! なんで!?」


「多分、わたくしがここに居るって弟にバレたのよ!」


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