第16話:あなたが落とした普通の斧(アックス)×銀×銀

「よかったー! Fランクだね! これなら町の外に出られる!」


 シーンと静まり返るギルドに俺の声がやたらと響く。

 お姉さんはハッとして「緑の時の光り方じゃなかったわよね……。不具合かしら」と呟きながら首を傾げた。


「じ、じゃあボクちゃん。カードに名前を書いてくれる? ってか、書ける?」


「はい! 書けます!」


 ペンを借りてさらさらっと名前を書いた。あ、ついいつもの癖で漢字で書いちまった。まあいいや。


「なに……? この字。初めて見るわ。複雑すぎない……? ねえ、これってなんて書いてあるの?」


「宮下大夢!」


「そ、そう……ミヤシタヒロム……変わった名前ね。どこの国かしら。……あぁそうだ。そっちのお嬢ちゃんも検査する?」


「うん……!」


 綺麗な目をきらきらさせてカードに触れるローラだったが、案の定カードはボワッと光ったものの透明なままで。基準に満たなかった。


「うう~……」


「残念ね。でも気を落とさないでいいのよ。大きくなったら基準値になれる可能性ぜんぜんあるから! あ~もう~。ほら、元気出して! 飴あげるから!」


「ヒロムくん、わたしくやしい……ぐすっ」


「な、泣くなよ……」


 これからローラの魔力増大キャンペーン展開するんだからさ。

 ……そういう意味では、ローラには一緒に来てもらったほうがむしろ都合が良いかもな。

 妙なものを飲ませてるところを他の子供達に見られたくないし。

 

「町の外、一緒に出てみる?」


 お姉さんに聞こえないよう耳元でこそっと伝える。


「えっ……! いいの?」


「いいんだけど、絶対に俺の近くから離れないって約束できる?」


「うん! できる! できる!」


 急にご機嫌になってぴょんぴょん飛び跳ねるローラにホッとしてお姉さんの説明を聞く。

 依頼書が壁に貼ってあるから、その中から自分に合った仕事を見つけて受付に持ってこい、だそうだ。見ると確かにギルドの壁にはハロワの求人票みたいにみっちりと紙が貼られていた。

 字が読めない人用なのかギルドの制服を着た人が何人かスタンバイしている。

 識字率がさほど高くなさそうなこの世界において、ギルドの職員というのはもしかしたらけっこうなエリートなのかもしれない……。

 だとするとあの受付のお姉さんもエリート層か。文系の知識層が思想強くなりがちなのはどこの世界でも同じっぽい。話すと面白い人が多くて好きなんだけど、独断で人の進路を決めてしまうのだけはやめてほしいかな。

 

「えーっと……ちょうどよさそうな依頼はっと」


 掲示物を背伸びしながら見ていると、スタンバイしていた職員のお姉さん(かわいい)が「代わりに読んであげようか?」と話しかけてきたので「いえ、大丈夫です」とお断りする。


「でもそれじゃ上のほうが見えないでしょ? 抱っこしてあげよっか」


 かわいいお姉さんの抱っこ。

 うなずくとひょいと抱き上げられた。


「わぁ、軽い! かわいい! ……いいなぁ……なんかミルクっぽい匂いがするぅ」


 くんかくんかされてちょっと辛くなった。

 んなワケねーだろ。気のせいだよ。

 

「……あ、あの紙のやつがいいです」

 

「これ?」


「はい」


 上の方の依頼書を剥がしてもらった。

 Fランク向け『街周辺のミニオーク退治』だ。

 初心者向けなおかげか、説明書きも丁寧だ。いわく『弱いが年間を通して発情期で繁殖力が異常に高い。成獣になるまでも早いのであっという間に増え農作物に被害をもたらす厄介な害獣。しかし肉は美味い』だそうで。

 農業ギルドと精肉ギルドが出資する常設依頼とも書いてある。

 討伐の証拠は普通に死体をまるごと持ち帰ってくれば良いらしい。そうだよな。肉、美味いもんな。安いとはいえ討伐報酬の他に肉の買い取りもあるそうで、低ランク向けとしてはかなりオイシイ仕事に思えた。

 紙を受付に持って行き、受注完了。

「気を付けてねええ」と言うお姉さん達に手を振ってギルドを出る。

 

「たのしみだね、ヒロムくん」


「そうだな」


 うまくいけば俺達もミニオーク肉にありつけるかもしれない。

 ウキウキしながら城壁都市であるこの街の出口に向かって歩き、門のところで見張り兵に冒険者カードを見せるとあっさり通してもらえた。


「あれ? 俺のカードでローラも通してくれるんだな」


「そうだよ。そとにでる資格があるひとが一人いればいいの。わたしがここにきた時もそうだった」


「そっか……」


 ローラは王都から送られてきたんだもんな……。

 しかし出入りがガバガバだな。大丈夫なのか?


 そういった疑問は門をくぐって城壁の外を見た瞬間、頭の中から綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。


「おおお……!! す、すごい!」


 ゲームでしか見たことがないような、地平線まで見渡す限りのだだっ広い草原に一本の未舗装街道が伸びている。

 ただそれだけなんだけど、山が多くてそこらじゅう電柱だらけ、道路もだいたい舗装されている日本じゃ絶対に見られない景色だった。改めてここは異世界なんだという実感が湧いてくる。


「なにがすごいの……? なにもないのに」


「ローラにはこの雄大さがわかんないのか? なにもないことはすごいことなんだぞ!?」


「わ、わかんない……」


 異世界の雄大さもすごいが、同時に日本の設備投資がいかにすごかったかも実感する。

 どんな山奥でも鉄塔が建ってる日本ってすごい。俺達は先人達の努力と技術の結晶の中で快適に生かされていたんだな……。


 日本での生活を振り返ってちょっと切なくなった俺の目に、ミニオークと思わしき四足歩行の茶色い豚が走る姿が映る。


「おっと、感動してる場合じゃなかった。早いとこ倒してしまおう。『ローラには絶対に傷ひとつつけない』ようにするから、俺の傍から離れないでね」


 さりげなく魔素への命令を紛れ込ませ、ローラにシールドをかける。


「う、うん……!」


 ローラは頬を赤くして、胸の前で両手をきゅっと握りしめながら頷いた。

 その時――。


「よぉ。お前、本来はFランク相当だったんだなぁ」


 背後から聞き覚えのある声がした。

 振り向くと、昨日両ひじを爆破した戦士風の男が立っていて。


「ちっこいガキにしちゃ上等だが、さすがに俺の方が上だ。ククッ、魔石を取り上げられたらそんなモンよなぁ。ちっと惜しかったが、グレゴリオ様にチクって良かったぜ。これでテメエを心置きなく叩きのめせるってなァ!」


 そう言ってシュンと斧を出現させ、振り上げた。

 なぁんだ。

 ゴリオ、ボンクラのくせにやけに情報が早いなと思ってたんだ。

 オメーが言ったのか。


『肩』


 そう呟くと魔素は分かっていたかのように男の肩で爆発を起こした。

 やっぱり昨日よりも魔素との一体感がある。なんでだろう。慣れてきたからか?


「うぎゃあぁあぁあぁ!!! なんで、なんでええぇ!? おで、Cランクな゛の゛にいぃ! Fランクの゛魔法なんて、大して、効かな゛い、はずなのにぃぃ」


「おい」


 斧を投げ出し、地面に転がりながらポーションの蓋を噛んで開けようとする男を俺は見下ろす。男はビクッとした様子で動きを止めた。


「次は首を吹き飛ばすって言ったよな? どうする? もう二度とこんなことしませんって謝るか、本当に首を吹き飛ばされるか。どっちがいい?」


 男は顔面を蒼白にしながら俺から目を逸らし、肩からドクドク流れ出る血をチラ見して声を絞り出すように「……ごめんなざい。もう、二度と、ごんなこどはしま゛せん……!」と、地面に額を擦りつけた。


「どうだかなー。昨日もそう言ってたのにコレだもんな」


「ほ、本当でず……! 許じで……!! こ、この゛斧、おでの宝ッ、差し上げばずがら、あぁぁっ」


 ……そうだな。

 武器、取り上げとくか。

 男が落とした斧を拾い、収納魔法に入れた。

 脳内に『鉄の斧』とアイテム名が浮かぶ。

 その下に今入っているアイテム一覧がリストになって浮かんで、その時初めて気が付いた。


『銀貨×200=???』


 銀貨、合成できるんか……!?


 合成したらいったい何になるんだ……?


 男が許しを乞いながら泣く声を聞きながら、俺は好奇心のまま一部の銀貨を合成してみることにした。(さすがに全部は嫌だった)

 脳内で銀貨×3が銀塊(小)×1へと変化する。

 ほう。普通だな。

 3つ揃えたら(中)になるのかな。

 そう思い、続けてもう一度銀塊(小)×を作る。

 これで銀塊が2つ。よし、もう1個。

 すると――


 『鉄の斧×銀塊×銀塊=???』


 と、浮かんだ。


 斧と銀塊を合成!?


 

 

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