第17話:初討伐と、それにまつわる心情

 鉄の斧と銀を合成したら『銀の斧』になった。


 グレードアップ――ってやつ?

 でもそれってどうなんだ? 武器が鉄から銀に変わったからって何か良いことがあるのか?

 ……まぁいいや。とりあえず行ってみよう。

 

「行こう、ローラ」


「う、うん……。でも、いいの? あのヒト……治してあげなくて」


「いいよ。片腕は動くんだから自分でなんとかするだろ」


「そっか……」


 街道を進み魔物を探す。

 依頼はミニオーク退治だけど、個人的な目的として魔物の収集(全属性)もある。

 属性――これについては夜のうちに魔法百科でインプットしてきた。

 この世界には黒・白・火・水・土・時空・風の7つの属性があるそうだ。

 これらのうち人間が必ず持っているのは火・水・時空の3つ。生活魔法がまさにこれ。

 稀にもう1つ使える属性を持っている人がいるそうだけど、本当に稀だそうだ。

 ほとんどの人は魔物の素材を使ったアイテムでその時ごとに必要な属性を補い、生活を送っているんだって。


 一方、魔物は基本的に属性を1つしか持たない。

 その代わり人間よりも強力な魔法を使う。剥ぎ取った毛皮や爪、鱗などにも属性は残り、それが魔導具の材料となる――らしい。

 

「あっ! ヒロムくん! くる! ミニオーク!」


 草むらの陰を指してローラが叫ぶ。

 見るとザザザザと音を立ててこちらに向かって突進してくるミニオークの姿が。

 近くで見ると思ってたより大きい。普通にイノシシくらいある。あれでミニ……!?

 こ、怖えーー!!

 

「ピギィィィィ!!!」


 甲高い雄叫びが響く。

 殺る気満々だ。

 俺は初めて遭遇する魔物にちょっと腰が引けてしまい、咄嗟に『止まれ!』と口にした。

 その瞬間、ミニオークの突進がぴたりと止まる。

 慣性の法則すら無視した不自然な止まり方にローラは「あれ? ヒロムくん、じくうまほう使った?」と首を傾げた。

 

「時空魔法……そうか、そうだな。多分そうだ」

 

 どうやら対象物の時を止めてしまったらしい。

 時空魔法でそんなことができるのか……。すごいな。


「すごいねぇ~……。ヒロムくん、それ、おーきゅーまどうしのおじいちゃんしか使ってるのみたことないや」

 

「王宮魔導士?」

 

 そーかそーか。王宮魔導師はこれを使うのか。

 ……って、この子、自分が置かれた境遇あんまり分かってないのかな。

 無防備に色々しゃべりすぎだ。周囲に身分がバレるのは時間の問題だな。魔力ドーピング、急がないと。

 

「これがミニオーク……こわいお顔ねぇ」


「ローラ、近付きすぎだって。ちょっと離れなさいよ」


「え~? だいじょうぶでしょ?」


 度胸があるのかなんなのか、突進姿勢のまま停止しているミニオークをローラは昆虫でも観察するかのような至近距離でじろじろと眺めた。


「まったく……。さて、どうしようか。まずは魔石を取り出したいな」


「ませき?」


「うん。魔物は体内に魔石を持っているんだろ?」


「そうだけど……このくらいのよわい魔物のませきはくずませきっていって、使いみちがないってゆってたよ」


「誰が?」


「わたしがここにくる時にいっしょだったごえいのヒト」


「へー」


 そうなんだ。


「じゃあ弱い魔物を倒したらそのクズ魔石はどうなるんだ?」


「おにくだけとって、のこりはそのへんにすててた」


「まじか」


 もったいないな! でもいいことを聞いたぞ。もしかしたら精肉ギルドにはクズ魔石がたくさんあるかもしれない。後で行って、もらえないか聞いてみよう。


「それはともかく、俺はそのクズ魔石でいいから欲しいんだよな。どうにかしてこいつから取り出さないと……」


 とは言うものの、つい先日まで日本で生きてきた俺にとって生き物を殺して捌いて中からモノを取り出すというのはなかなか心理的な抵抗が高い仕事だった。

 しかし、やらないとお話にならない。

 冒険者になると決めた時に、手を汚す覚悟はしてきたんだ。

 やるしかない。

 

「――よし、ローラ。下がって。今からこの斧でそいつを仕留めるから」


 銀の斧を取り出し、構える。

 お、重い……。


「だいじょうぶ……? あれ? そのおのって……ぎんのおの? さっきとちがうね?」


 さすが王女。彼女は幼くても金属の違いが分かる女だった。

 

「……そう? 気のせいじゃない? 最初からこうだったよ」


「ん~? そう……かなぁ? でもすごいね。ぎんにはね、“はま”のちからがあるんだよ」


「はま? ――あぁ、破魔? そうなの?」


「うん。まりょくの層をきり裂くちからがあるんだって。だから、えらいヒトがつかう剣とかにはよくつかわれてる」


「へぇー。ローラは物知りだな」


「えへへ。いっぱい本よんだから」


「そっか」


 ローラを連れて来て本当に良かったかもしれない。

 俺は破魔の力を持つ銀の斧の力を信じて、ミニオークの脳天に思いっきり振り落とした。

 まるでバターでも叩き切ったかのような、想像よりも軽い感触だった。

 ミニオークは悲鳴もなにもなく、ただ血を噴き出して倒れ込んだ。時空魔法が自動で解けた。どうやら仕留められたようだ。

 しかし……。

 生き物を殺すという一線を越えた俺は、いざその時を終えて心の持って行き方に迷ってしまった。

 すまんな、ミニオーク……。お前の犠牲は無駄にしないよ。

 手を合わせ、斧の刃先で腹を切り開く。

 初めて命と向き合う作業をした。

 スーパーとかで食べ物を買っていると忘れがちだけど、生きるって本来はこういうことなんだ。

 宗教って、こういう時のためにあるんじゃないか――と思った。


 それは俺が今後異世界で生きていくための、儀式のような作業だった。

 

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