第24話:軍曹


 姉に睨まれてグレゴリオは一瞬ひるんだが、すぐに悪人顔に戻って手元にシュンとゴテゴテ飾りのついた剣を出した。


「許さない、ですか姉上。フフフ。いいんですか? そんな口を聞いて。昨日思い知ったでしょう。極上魔石を組み込んだこのルーン武器・ニィドの力を!」


 そう言って取り出したばかりの剣を前に突き出す。

 ルーン武器? 魔導具の武器のことをそう呼ぶのか?

 アンバーは唇を引き締めて腰を落とし、じり、と脚を開く。


「思い知ったも何もそれは我がミラリア家が開発してきたもの。最初からどんなものかは知っている。……しかし、まだ未完成ゆえに実戦で使ったことはなかった。そんなものに最上級の魔石を使うなど愚の骨頂。やはりお前は領主の器ではない」


 姉の煽りにグレゴリオは顔を真っ赤にし、分かりやすく怒りを顕にした。

 

「勝手に決めつけるな! ボクが領主になれば姉上なんてすぐにでも政略結婚で遠くの地に追いやって……あぁ、いけない。姉上は嫁ぐにはトウが立ちすぎていましたね。今年で四十歳でしたっけ? これは失礼。貰い手がありませんでした。……そう、若い頃は自慢だったその比類なき強さも衰えた今では全盛期の半分ほど。もはやボクの敵じゃない」


 そう言ってニィドと呼んだ剣を振り上げる。


「死ねぇぃ!」


 ザッ! と薙ぎ払うと衝撃波が発生した。

 三日月形に歪んだ空気の刃がアンバーに襲い掛かる。

 彼女は横に跳躍してかわし、壁に着地して銀の剣を薙ぎ払い同じ衝撃波をグレゴリオに放った。


「何っ!?」


 剣で衝撃波を受け止めるグレゴリオ。衝撃波はフッと消えてしまった。奴の体には傷一つついていない。

 気のせいか、衝撃波が剣に吸い込まれていったような……?

 っていうか、何っ!? じゃねえんだよ。外でやれよ。建物が巻き込まれて崩壊しかかってんぞ。

 

「風の属性であるはずの魔法“鎌鼬”をこの威力で放つとは……! 姉上、もしや風の上魔石を入手しましたか? なかなか手に入らないはずですが」


 へー、あれは風の魔法なのか。

 確か人が元々持っている属性は火と水と時空で、風は持ってないんだっけ。

 あぁ、だから驚いたのか。

 アンバーは「フッ、どうだろうな」と言い、コツコツと厨房に向かってゆっくり歩いてくる。


「……接近戦をご希望ですか? 魔法では敵わなくとも接近戦なら、とでも?」


「そう思ってくれて構わない」


「ニィドを前にして接近戦ですか。舐められたものですね。全盛期のあなたならいざ知らず、今のあなたは身体強化をしたボクに敵わないというのに!」

 

 そう言うとグレゴリオの体が淡く白い光に包まれた。

 白い光――白魔法か? 身体強化か。いいな。こんど使ってみよう。

 グレゴリオの不敵な笑みを受け、アンバーもフッと笑う。

 

「なにがおかしい……?」


「いや? 何もおかしくはないが」


 するとアンバーの体もポウッと白い光に包まれた。

 こっちも身体強化。


「何っ!? 白魔法の上魔石まで!? ……クソ、なぜだ。家にある白魔石は全てボクが回収したはずなのに。しかし! それでもボクの方が有利だということに変わりはない!」

 

 グレゴリオが斬りかかった。アンバーが剣で受け止めると足元の床が割れすり鉢状にへこむ。

 すげえ。

 

「……ヒロム。今のうちに逃げよう」


 シスターが俺の肩に手を置いた。

 手が震えてる。怖かったんだ。

 そうだな。とりあえず避難しないと。


 激しく打ち合い始めた姉弟の横をすり抜け、食堂に出る。

 フォークに肉を刺したままポカーンと口を開けてバトルに見入っている子供達に「外に出るぞ!」と声をかけると、慌てて口に肉を詰め込み立ち上がった。


「ショウ、早く!」

 

「まだちょっと残ってる」


「収納魔法にしまっとけ!」


 シスターと一緒に子供達を出口まで誘導していると、彼女は「誰もケガしてない……? あれだけの攻撃の間にいたのに、どうして?」と呟く。

 俺は少し考えて、今後のためアンバーに恩を売っておくことにした。

 

「アンバー様がシールドを張っておいてくれたんじゃないですか?」


「アンバー様が? ……さすがだわ。これだけの人数を、これほどの強度で守ってくださるなんて」


 あのババア、興味のないものは見えていないと弟を評していたが、自分だってそうじゃんね。

 子供達が大勢いる場所で派手な殺り合いを始めるなんて、領主失格じゃないか?

 ちら、とミラリア姉弟の方を見ると、姉の方は防戦に徹していて少しずつ後退していく。やや劣勢に見えるが……どうなんだ?

 

「ハハッ! どうしましたか姉上! 身体強化を使ってその程度とは、衰えすぎではありませんか!?」


 グレゴリオの剣がアンバーの腹部を切り裂いた。アンバーは脚を踏ん張りこらえたが、シスターが小さく悲鳴を上げる。


「アンバー様……!」


「――浅い。問題ない」


 と言いつつ、彼女を包む淡い光が消えていく。


「身体強化が消えた……? なんで」


 つい声が出た。

 するとグレゴリオの耳に届いてしまったのか、奴は得意げな顔で振り返り「気になるか? このニィドの特性が」と言ってくる。


「う、うん……」


「いいだろう。教えてやるよ。このニィドは黒属性の魔物の素材を元に錬成した魔法剣だ。魔力を吸収するという特性がある。魔法からも、斬った相手からも」


「マジか。エグいな」


 さっき衝撃波が吸い込まれていったように見えたのは気のせいじゃなかったんだ。

 

「口の聞き方に気を付けろ、ガキ。お前が話しているのは新しい領主様だぞ。――まぁ、いいか。このニィド、これまでは吸収できる魔力量が少なくルーン武器としては使い物にならなかった。が! 極上魔石の登場によって飛躍的に性能が向上した。よって! ボクはこれから姉上の魔力を喰らい尽くす! そして領主の座を空け渡してもらうのだ!」


 グレゴリオが気持ちよく話している間にアンバーは手持ちのポーションで腹部の傷を治癒したようだ。体勢を立て直し、背後から斬りかかる。しかしグレゴリオは察知して素早くかわした。


「おっと! 不意打ちとは頂けませんねぇ、姉上。騎士の風上にもおけない」


「やかましい。勝てば官軍だ。手段は選ばぬ」

 

「なんと卑怯な!」


 ……まずいな。

 アンバーの息が切れだしている。余裕そうに笑っているグレゴリオとは対照的だ。

 魔法を使えば吸収される、接近戦で斬られれば魔力を吸い取られる――この明らかに不利な状況にもアンバーは怯まず、剣の技術だけでグレゴリオに立ち向かう。

 しかし劣勢は明らか。今度は腿を斬られて血が噴き出した。

 傷は浅くなさそうだ。


「どうしよう、ヒロム……!」


 泣きそうな顔でシスターが俺の肩に手を置く。

 ……仕方ない。

 ちょっかい出してみるか。


 とはいえ魔法で介入してもニィドに吸い取られちゃ意味がない。

 ので、捕まえておいたオーク達を解き放つことにした。

 これとて大した意味があるとは思えないが、攪乱くらいはできるだろ。

 上手くいけば魔物が町に侵入した事件として一時停戦に持ち込めるかもしれない。

 

 さて、今、俺の中にいるのはオーク1体とミニオーク10体。

 こいつらを合成し、オークよりも一段階上の魔物を作り出す。


 ――サージェント・オーク。

 

 軍隊で言うところの軍曹の名がついた魔物ができた。

 さぁ、行け!

 暴れまわってこい!


「グアァアァァ!!!」


 収納魔法から出すと、咆哮と共にズゥンと重量感のある音がした。


「な、なななななんだァ!?」

 

 砂埃の向こうからグレゴリオの声がする。

 

 ――デッッッッカ!!

 

 俺もびっくりした。

 俺達の前には、ミニオークの時とは比べ物にならないほど巨大な二足歩行の巨人が――食堂の天井を突き破る勢いで立ち塞がった。

 

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