第14話:白い背中
やっと……! やっと終わった……!
ローラの食事が終わるのを見届けた俺は、片付けを終えてようやくシスターの部屋へと向かった。
大部屋で数人と共同生活をしている子供達とは違い、大人は個室。
個室で生活しているシスターに呼び出される夜――決してファンザっぽい展開を期待している訳ではない。ないといったらないんだ。ええい、おねショタは守備範囲外と言っておろうが!
……普通に考えて口止めだろうな。
オーロラ様と呼んだ件は誰にも言わないでって話。
頼まれなくても喋ったりしないけど、意思の確認は必要だろう。それは分かる。
「シスター。遅くなりました。ヒロムです」
コンコンと扉を叩くと「待ちくたびれたわよ。入って」と返事がした。
「失礼しま~す……」
少し緊張しながら扉を開くと、むわっと湿度の高い空気が――というか湯気がほのかにまとわりついた。
微かな石鹸の香りがする。
……ホワッ!?
よく見ると部屋の角にはタイル貼りの水場があって、そこには富士急ハイランドもかくやという見事な曲線を描く白い裸体が――湯気の立つ浅い桶の中に座っていた。
湯あみ中でしたかーーー!!!!
「し、しししつれいしました!!」
慌てて出ようとしたけど彼女は気にした様子もなく「別にいいわよ。あなた子供だもん」とあっけらかんだ。
……中身は25歳だなんて知られるわけにいかないな。
とはいえ許可を得たのでありがたく目に焼き付ける。
シスターの髪の毛、ピンク色だったんだ……。
彼女はしっとり濡れたピンク色の髪の毛をまとめて右の胸元に垂らし、こちらに背中を向けて「ちょうど良かったわ。これで背中洗ってくれない?」と石鹸を差し出してくる。
「背中を……? 俺が? あの、ブラシとか洗い布とかは」
「ないのよ。あんまりお金がなくて余分なものは買えないの。収入は全部子供達に使ってるから」
涙ぐましい。
石鹸を受け取り、まさか素手で……? と、さらなるファンザ展開にたじろぐ。
全く期待してなかったとは言わないが、まさかここまでとは。
おそるおそる石鹸を受け取り泡立て、シスターの背中に触れる。
「……優しいのね。もっと強く擦っていいわよ」
「はい」
……これ、どういう状況……?
柔らかな背中に泡を塗りたくっているうちに脳がキャパシティーを超えて疑問が浮かび始めた。
「……あの、俺に話って?」
「ええ。その件なんだけど……賢いあなたのことだから察していると思うの。オーロラ様のことは他の人に言わないでって。そういう話よ」
「やっぱり。そんな気はしてました。もちろん言いません」
「助かるわ。……まさかオーロラ様の病気が治ると思ってなくて。今後のことなんて考えてなかったのよね。ここで看取るつもりでいたから、もし治ったと知られたら……」
「……知られたら?」
「……危険なことになるかもしれない」
「危険?」
――なんで?
シスターは小さく息を吐いてためらいがちに口を開いた。
「名前を知った以上はいつか知ることだと思うから、今話すわ。……オーロラ様はね、実は……この国の第一王女なのよ」
「えっ!?」
王女!?
いいとこの家の子だと思ってはいたけど、王女!? しかも第一!?
思ってたよりやんごとないな!?
絶句した俺はずっと背中の同じところを擦り続ける。
それにツッコむでもなくシスターは続けた。
「私はその付き人だった。オーロラ様が生まれた時からお世話係として側で仕えていたの。だから――オーロラ様の魔力が極小な上に魔力飽和症まで発症した時……王家はオーロラ様を見放して辺境の地に送る決定を下し、私はついていくと決めた。生まれた時から見ていた子だったからね……どうしても見捨てられなかった」
俺は何も言えなくて無言で背中を洗い続けた。
良い人すぎる。
「魔力飽和症に治療法は基本的になくて、運が良ければ成長と共に自然に収まることもあるんだけど……オーロラ様の生まれ持った魔力量ではそれも見込めないと言われてた。だから私、覚悟してたわ。いつかこの地で王女を看取るんだって。……でも、治ってしまった。これが何を意味するか分かる?」
「いえ……」
「跡目争いが起きる可能性があるのよ。オーロラ様には同い年の妹がいて、今のところその子が女王として王位を継ぐものとされている。……でも、妾腹なの。だからその子の母親を含めた周りの人達は今、地位固めにやっきになっているわ。かなり荒っぽい手段も使うって噂も聞いてる。オーロラ様は先が長くないと思われていたのでそれに巻き込まれずに済んでいたけど――これからどうなるかは分からない」
なるほど……。
治ったからって能天気に喜んでばかりいられないんだな。
王家の跡目争いか……。それ絶対人が死ぬやつじゃん。
俺は少し考えて口を開いた。
「ローラのことが知られない方が良いのは分かりました。……でも、難しいんじゃないですか? ここは孤児院とはいえ人の出入りが無い訳じゃない。顔を隠して暮らしていくとしても限界がある」
「分かっているわ。こうなった以上、一番理想的なのはオーロラ様の魔力がせめて人並に増えて誰からも文句が出ないくらい次期女王にふさわしくなることよ。……でも、成長以外の方法で魔力を増やすなんて……現実的には無理だし。もうどうしたらいいか」
「現実的には?」
非現実的な手段ならいけるってこと?
シスターは膝を抱えて呟いた。
「極上魔石と、全ての属性の魔物の血を集めて混ぜて飲むと少し魔力が増えるって伝承があるのよ。――でも、そこまでしても増えるのはほんの少し。労力を考えると現実的じゃないわ。……あ。でも、そうだ。トーマスなら協力してくれるかしら。あの人、極上魔石を取れる実力の持ち主なのよね?」
「え」
「ずっと結婚を断ってきたけど……受け入れる代わりに極上魔石をお願いすれば、もしかしたら」
「待って待って待って! ダメだよ、シスター。それはダメ」
「……やっぱり図々しいかしら」
「いやいや、そうなんだけどそういうことじゃなくて! ……シスターは、トーマスのことどう思ってるの? 好きなの?」
「別になんとも思ってないわ。でも、オーロラ様を助けるためなら私、」
「そういう動機で結婚するのはよくないと思います! 誰も幸せになりません!!」
「そうかしら」
「そうですよ」
シスターもそうだけど、トーマスも利用価値ありきの結婚じゃあまりに不憫だ。
あのオッサン、恋のライバルではあるけど俺に上魔石をくれた優しいオッサンでもある。
シスターに好意があるなら俺は二人が結婚しても祝福できるけど、アイテムがほしいから結婚すると言うのなら全力で止めさせていただく。
幸い、俺にはこの件を解決する手段がある。
「俺に任せてください、シスター」
「あなたに?」
「はい。きっと大丈夫です。もう背中流しますよ。ぬるま湯でいいですか?」
「え? いいけど水魔法でお湯を? そんな難しいこと――」
ぬるま湯がシャワー状に降り注いだ。
……あれ? 確かにシャワーっぽいものをイメージしたけど……俺が魔素に指定したのは『ぬるま湯』だけなんだけどな。
薬草畑の時みたいにザーッとくるかと思ってちょっと身構えてたのに、拍子抜けだ。
「まぁ。ヒロム、とっても上手ね。こんなふうにコントロールできるなんて、もういっぱしの冒険者の魔法使いクラスなんじゃないかしら。とても昨日まで魔法を使えなかった子とは思えないわね」
「俺もそう思います」
なんか、魔素と一体感がある気がする。今までにない感覚だ。
「ふふ、なにそれ」
ぬるま湯と泡は溶けて混ざり、彼女の豊満な体をなぞるように伝い落ちていった。
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