56.魂を呼びさます声
マイルズが両の手で必死にナイフを握り、コンテナの
トレーラーの振動と強風に煽られて左右にゆさぶられる彼の身体。
ケネスが躊躇することなくその手を踏みつける。
二度、三度、繰りかえし踏みおろされる度にマイルズの手は赤く腫れあがり、血が滲んでいく。
痛みに表情を歪めながらケネスの顔を見あげるマイルズ。
そこに心の底から弱者をいたぶることを楽しむような、残虐な笑みを浮かべた男が彼を見おろしていた。
「ケニーやめて!」
その声はキャビン直上の穴から顔をだしたルーイだった。
声はケネスに届いているはずだ。
しかし、彼は振りむきさえしない。
「ママ、ケニーの様子がおかしい!」
「なんですって!?」
一瞬、少年の方を振りむいてそう問いかえすキャスリーン。
ルーイは運転席の背を足場に、穴からキャビンの上に這いあがろうと身体全体を使ってもがいていた。
「ちょっとルーイ、どこへいくの!?」
「ケニーを助けるんだ!!」
「あぶないわ! やめなさいったら!!」
母の制止を背にキャビンの上に這いあがる。
少年は強風に煽られながらキャビンとコンテナの間の隙間をかろうじて飛びこえ、ほふく前進でケネスの足元へむかった。
そして、マイルズを踏みつけるその足にしがみつく。
「やめてよ、その人はもう――」
「邪魔するんじゃねぇよ、クソガキが!」
ルーイがしがみついたままの足を全力で振りぬくケネス。
小さな身体が宙を舞い、コンテナの上に落下。
その勢いはとまらず、二転、三転してキャビンとコンテナの間に落ちかける寸前でようやく静止する。片足がコンテナから落ちかけていた。
少年がうつ伏せになったまま上体だけをおこし、擦り傷ができて赤く腫れた顔をあげて叫ぶ。
「やめてよケニー! ケニーはそんなことしない! だって――」
ルーイの訴えを無視し、再びマイルズの手を踏みつけようと足を上げるケネス。
「だって、僕の大好きなパパだから!!」
その瞬間、ケネスが振りあげた足を空中で静止した。
はじめてその存在に気づいたかのようにルーイを振りかえり、ついで足元のマイルズを見やる。
憑き物が落ちたような茫洋とした表情が、一転して苦痛に満ちたものに変わっていく。
「ルーイ……? マイルズ……? 俺は一体何を――うぉおおおおおお!」
頭をかきむしるケネス。
その頬を涙がつたう。
「ケネス、やっと戻ったか。馬鹿野郎が……」
マイルズが下から見あげながら、力なく悪態をついた。
しかし、事態はなおも急を告げる。
突然の風圧と爆音。ケネスがトレーラー後方を振りむくと、そこに再びヘリの姿があった。
小柄な女性が機関銃の銃口をケネスに定めようとしている。短い髪を風にかき乱されながら何かを叫んでいた。
「アマンダ、もういいんだ!」
マイルズも機上の彼女にむけて声を張りあげる。
しかし突風とヘリのローターによる騒音が見えない障壁となって、互いに言葉が届かない。
マイルズの制止も虚しく、銃口がふたたび火花を吹いた。ケネスは後方に飛び退き、すんでのところで銃撃をかわす。
そしてルーイの声がそれとは全く別の脅威をケネスに告げる。
「パパ危ない! ふせて!!」
トレーラーの前方を指さすルーイ。眼のまえに陸橋が迫っていた。
間一髪、鉄骨をかわし、滑りこむようにキャビンへ戻る少年。後席に無事着地して、キャスリーンに報告する。
「ママ、パパはもう大丈夫!」
「パ、パパ……!?」
キョトンとした顔で振りむくキャスリーン。その表情が喜びに満ちあふれていく。
一方のケネスは危機を知らせるルーイの声をうけ、ほとんど反射的に腹ばいになっていた。
背中の上、一メートル弱のところを鉄骨が通過していく。
ヘリも銃撃を継続しつつ高度をわずかにあげ、激突寸前で陸橋をかわす。
しかし、危機を脱したのもつかの間、そこへ突然、貨物を満載したオレンジ色の貨物列車が真横から現れた。
「エイミー!!」
マイルズが叫ぶ。
AI制御の無人列車が警笛を鳴らし緊急停車を試みるも時すでに遅し。列車はほとんど速度を落とさぬままにヘリの横腹にむけて突撃していく。
再び急上昇を開始するヘリ。
胴体部は辛うじて衝突を免れるも離着陸に使用する足、『スキッド』が根こそぎもぎ取られ消失。
急上昇と衝突の衝撃でバランスをくずしたヘリが胴体を左右に振りながら、それでもなんとか飛行をつづけようと格闘する。
なおも火を吹きつづける機関銃がキャビンを打ち抜き、前輪のタイヤを破裂させた。
キャスリーンとルーイの悲鳴が響き、コンテナ側面にナイフ一本でぶらさがったマイルズを衝撃が襲う。
コントロールを失って左方向に道をそれたトレーラーは、高架橋の下を斜めに通過してUS93をはずれ、舗装の荒れた細い道にはいっていく。
そこにはグリーンの標識が行き先をこうしめしていた。
『フーバーダム』
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