9.潜入

 ゴミ収集車の搬入口は少々急なスロープを登った上にあり、そこには巨大なシャッターがおりていた。

 シャッターの前まで移動したケネスは、その脇の通用口から入手した鍵での潜入を試みる。


 しかし鍵束は全部で四つあり、どれが正解の鍵なのかわからない。

 とりあえず総当たり的に試していくことにした。

 背後に浮遊するアルキメデスが無言の圧力をかけているかのように感じて彼はいう。


「待ってろって、すぐ開けてやるから」


 車で待機する条件としてルーイがアルキメデスを残すことを提案したのだ。


「頑張ってケニー!」


 その声に驚いて後ろを振りむくケネス。


「僕だよ、今車についた。アルキメデスのカメラでモニタしてるよ」


 若干、こもったようなルーイの声がアルキメデスのスピーカーを通して聞こえる。

 一方、ケネスの車には携帯電話をコントローラ代わりに操作しながら話しかける少年の姿があった。頭部にはドローン制御用の特殊なヘッドマウントディスプレイを装着している。

 辺りは比較的静かで、たまに車が通り過ぎる程度。


「モニタは良好! 潜入状況を報告されたし!」


 アニメか映画の影響だろうか。ルーイは潜入捜査官エージェントとやり取りするサポートか司令官にでもなったつもりらしい。

 ケネスはアルキメデスに背をむけて苦笑(にがわら)い。

 振りかえり一転、真面目な顔を作った彼がアルキメデスに敬礼をしてみせる。

 

「司令、今、扉が開きました。これから潜入を開始します!」

「うむ、検討を祈る!」




 ケネスがゆっくりと通用口のドアを開け、中の様子をうかがう。

 照明の落ちた工場内は薄暗く、静まりかえっていた。人気ひとけはない。

 音を殺し、中腰の姿勢で慎重に侵入していく。

 天井は一部がガラス張りになっていてそこから月明かりが差しこみ、目が慣れてくるとそれなりに視界も確保できた。


 がらんとした空間にゴミ収集車が何台か停車しているのが見てとれる。

 収集車はすべて同じむきに縦列駐車されており、荷台の後方には腰ほどの高さの仕切り板があった。

 その先を覗きこんだケネスは思わず足がすくんだ。


 目の前に十メートルほどの落差がある巨大な空間が広がっていた。天井も今いる階よりも一階層分くらいは高く、明りとりが数列、縦に走っている。

 内部を見おろすと、大きくT字型に区分されているようだった。

 手前がゴミを貯める巨大な収集区画になっており、ここに収集車がゴミを荷台から流しこむと思われた。


 奥の左区画には、床面に月光を反射して光るものが等間隔にならんでた。ゴミを破砕するための刃が回転する軸にいくつも取りつけられているようだ。

 その先の天井には巨大な爪をもつクレーンが吊るされている。

 彼は良からぬ想像をして身震いし、頭をふって視線をかえる。


 残る一つの区画には二列のベルトコンベアがあり、人力によるリサイクルゴミの仕分け作業を行うと思われた。

 クレーンもベルトコンベアも当然、今は稼働しておらず、暗闇につつまれた人気のない空間は不気味というより他になかった。

 

「ルーイ、人だ、人間を探してくれ」


〈赤外線カメラに切り替えます〉


 ケネスの指示を受けたアルキメデスが、ゴミ粉砕区画にむかって飛んでいった。

 それを見送った彼は、収集区画の脇にあったコの字型の廻り階段をおりていく。

 鉄骨むきだしの階段が一歩ごとに大きな音を響かせる。ケネスは足音を殺しながらゆっくりと慎重に歩みをすすめることを余儀なくされた。

 リサイクルゴミの分別区画に到着すると携帯電話の背についたライトを点灯し、辺りの様子をさぐっていく。


「キャスリーン。どこだ? 返事をしてくれ」


 押し殺した声で妻の名前を繰りかえし呼ぶ。

 ベルトコンベアの上には何も置かれていなかった。壁際に設置された人が数人は入りそうなバスケットも覗くが、ビンや缶、プラスティックボトルなどが仕分けられて詰めこまれているだけだ。

 ふと、壁際の角にずた袋がいくつも折り重なるように積まれていることに気づいた。

 ライトで照らしながら慎重に近づいていく。


「キャスリーン?」


 声をかけるが反応はない。

 そのうちの一つをつま先で軽く小突いてみると、カランカランと軽い音がした。おそらく空き缶だ。

 ケネスは落胆とも安堵ともとれる深いため息をもらす。


 一瞬、緊張の糸がきれた彼だったが、背後に羽虫の飛ぶような音を感じて息つく間もなく振りかえる。

 そこにドローンが浮いていた。しかし、形状がアルキメデスとは明らかに異なっている。

 彼は携帯電話のライトでその浮遊物を照らし確認する。


 そのドローンは横に薄い三角の板状をしており、内部に複数のプロペラが収まっているようだった。

 上部には円錐形の横に回転する頭部を持ち、前方に複合レンズがついている。下部には赤い回転灯。

 それが全部で三台、微妙な間隔で距離をとりながらケネスを観察するようにじっと空中で静止している。

 

 ただ一点、レンズのついた頭部だけがせわしなく左右に回転を続けていた。 

 やがて焦点を彼に定めて一斉にその動きをとめる。

 そして回転灯が赤い閃光を放ちながら回りはじめた。

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