10.D・バトル

 ――しまった! 警備ドローンか!?


 ケネスが走って逃げようとした瞬間、なぜか回転灯から光が消える。

 ドローンはそのままあやつり糸が切れたかのように落下した。それも三台同時に。

 床に当たって軽い音を立て、四方へ転がっていく。


 床に転がったドローンが完全に停止したことを確信して顔を上げた彼は、目の前に浮かぶ別なドローンの存在に気づく。


「アルキメデスがやってくれたのか、助かったよ。ありがとうルーイ」


 アルキメデスがハッキングにより警備システムを停止した、ケネスはそう考えていた。


「ケニー! 僕はこっちだよ?」


 その声に驚いて振りかえると、そこにもドローンが浮いていた。白くて卵型。なにより、ルーイの声が聞こえる。アルキメデスに違いなかった。


 ――なら、こっちのは?


 改めてライトで照らすと、そのドローンは形状がアルキメデスとは若干異なっていることに気づく。全体的に丸みはおびているもののどちらかと言えば立方体に近く、二つの四角錐しかくすいを前後に組みあわせたようなデザイン。

 何より、カラーリングが違っていて薄いピンク色をしているようだった。


「僕にまかせて」


 アルキメデスがケネスと正体不明のピンクドローンの間に割ってはいる。

 しばし、見合う二台。

 唐突にピンクドローンがボディの左右についた小さいライトをチカチカと点滅させながら、身体を左右に揺らしてみせた。


「バトルサインだ! バトルに誘ってる」

「バトル?」

「D・バトル、ドローン・バトルだよ」


 テレビで何度か見たあれか、ケネスもその名称には聞き覚えがあった。

 アメリカ全土、いや世界中で人気のあるドローンを使ったスピード競技だ。


「やらないなら警報システムをリブートさせるってメッセージを送りつけてきた」

「目的はなんだ? 敵なのか?」

「わからない。それと……こちらが勝ったら『彼女』の居場所を教えるって」


 アルキメデスが空中で静止したまま反転し、ケネスの方に向き直る。


「ママのことに違いないよね」


 ケネスが神妙な面持ちで首肯しゅこうする。


「僕やるよケニー、そして必ず勝つ!」


 アルキメデスがピンクドローンと同じサインを返す。

 二台はプロペラ音を響かせながら、ゆっくりと上空へ。

 睨みあったまま円を描くように飛びつづける。

 先に動いたのはアルキメデスの方だった。工場の屋根をささえるはりや吊りさげられた蛍光灯をかわしつつ、ハイスピードで飛びつづける。


 ピンクドローンも距離をあけて追従する。

 余裕を見せるためか、アルキメデスの動きをわざとトレースしているようだった。

 二台は最初にケネスが入ってきた上層フロアを大きく一周し、そのままの速度でコの字階段へ突入。先を争うように駆けおりていく。

 降りきって、迫りくる床を前に方向転換しようと減速するアルキメデス。


「あれはなんだ? 攻撃?」


 後ろを飛んでいるピンクドローンが突然光を放った。それも連続して。

 アルキメデスが一瞬、出力を失ったかのように機首を落ちこませる。


「違う、ハッキングか!」


 D・バトルにはいくつかのレギュレーションがある。オーソドックスに周回コースでの順位を競う『スピード』と、それに体当たりによる物理攻撃を加えた『ブレイク』が主流だ。

 そして近年、禁止された改造行為チートにより相手をハッキングして行動不能に陥れることを加えた『ドラッグ』が裏バトルで人気を博しており、それを公式にルールとして取り入れたのが『バースト』だった。

 

 ケネスはそこまでD・バトルに詳しくはなかったものの、テレビで何度かレース中にハッキングで相手を行動不能に追いこむシーンを目撃していた。

 挙動を乱し思うように軌道を変えられないアルキメデス。ピンクドローンは速度を落とさずそのままアルキメデスと距離を縮めていく。

 

「ぶつかる!」

 

 ピンクドローンがアルキメデスに衝突。

 弾かれたアルキメデスは床に衝突してそのままバウンドしながら壁際へ転がっていき、そこに積まれていたずた袋の山へ突撃する。ボウリングのボールよろしく、派手な音をたてて中身の空き缶をぶちまけるアルキメデス。

 

 それを見たケネスがあまりの騒音に誰かに潜入を気づかれたのではと、頭をかかえながら辺りを見回す。

 一方、ギリギリで床との衝突をさけたピンクドローンだったが、そこにも津波のごとく空き缶が押しよせていた。

 空き缶を避けきれず、床を横転しながらアルキメデスとは逆側の壁においやられるピンクドローン。

 

 すべての空き缶がその動きを停止し、元の静けさを取り戻すまでにはやや時間があった。

 ケネスが固唾をのんで状況を見守るなか、空き缶の海からくじらの潮吹きのごとく垂直に飛び上がる物体。

 静寂を破ったのはピンクドローンだった。

 上空から下を見おろし、アルキメデスを探す。


 しかし、その時すでにピンクドローンの背後をさらに上空からアルキメデスがとらえていた。

 アルキメデスが閃光を放つ。

 ピンクドローンはその一撃で完全に失速。動力を失ったかのように真下に墜落していく。


「やったか!?」


 ケネスが思わず拳をにぎりしめながら叫ぶ。

 床に衝突直前、態勢を立てなおし直角に近い角度で真横に進路を取りなおすピンクドローン。

 そのままケネスのいる方向に向かって直進。アルキメデスもそれに並走する。


「え? こっちにくる!?」


 慌てふためく彼。

 二台はケネスを挟むように両脇をすりぬける。

 その瞬間、再び走る強烈な閃光。

 今度は二台同時だった。

 

 全く挙動を乱さないアルキメデスに対し、機首を大きく下げるピンクドローン。

 そのまま、胴体をこすりつけるようにして床に衝突。数回バウンドして壁にぶつかり、そのまま動作を停止した。


 ケネスがその場に走ってかけつける。

 アルキメデスが空中を浮遊したまま、静かにその挙動を見守っていた。


「勝ったのか?」

「うん、あぶないところだったけどね。空き缶のおかげで時間ができたから、ハッキングパターンを調べて防壁を再構築できたんだ。そのパターンから逆にむこうの防壁のセキュリティホールを見つけたの。あいつのOSはもうブートできなくなったはずだよ」


 ルーイの説明をケネスはなんとなくイメージで理解する。


「あのわずかな時間でか……大したもんだな」

「言ったでしょ、アルキメデスはスーパーハッカーだって」


 少年がそう言って笑ったとき、再びフロアに響くプロペラ音。足元のピンクドローンだった。

 

「嘘だ、OSのブートセクターを破壊したのに!」


 驚くルーイを尻目にフラフラと浮きあがるピンクドローン。

 再び、サインを送りボディを左右に揺らす。

 

「君の勝ちだ。楽しかった、またやろう……って」


 ほっと安堵のため息をもらすケネス。

 

「それと『彼女』はここにはいない、上の階層を探せって」


 そしてピンクドローンは静かに上空へ消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る