11.IDカード
ケネスはアルキメデスをともなって階段を再度のぼり、ゴミ収集車が駐車していたフロアにもどる。
急がなければならなかった。
警備システムは本当に落ちたままなのか?
さっきの騒ぎを聞いた警備員がこちらに向かっているのでは?
ピンクドローンの操縦者が通報する可能性はないのか?
キャスリーンに近づく情報を得たとはいえ、どう考えても危うい状況に追いこまれているのは明らかだった。
辺りを見回し、見落としがないか探す。
ふと、彼は何かを思いだしたように収集車の後部を一台づつ確認していく。
「ない――。『STORK』のエンブレムが、どの車両にも」
ケネスが地下駐車場で見た収集車には、後部に小さく『STORK』の赤いエンブレムがあった。
しかし、ここに停車している車にはそれがない。おそらく
「
彼は車が停車しているのとは逆方向の壁を見た。暗闇に慣れてきた目をよく
入ってきたときは何もない壁と思っていたが、中央付近に直線的で質感のことなる巨大な何かが埋めこまれていることに気づく。
その手前には腰くらいの高さの四角い箱もあった。
近づいて確認するとそれは上開きで三層に分かれており、一枚が数センチは厚さがある分厚い扉だった。
正面には大きく『
そして右下に小さく『STORK』の赤いロゴがあるのをケネスは見逃さなかった。
「ここだ、ここに違いない」
彼はアルキメデスの方を振りかえり、扉を指さした。
しかし、同時に疑問も湧いてくる。
堆肥は通常、野外で作るものだ。ガスが発生するし匂いもある。屋内で作るものだろうか?
そしていったい何を原料に作っているのか――。
もしくは、単にカモフラージュで全く異なる施設がこの先に隠されている可能性もあった。
浮かんでは消える、黒い疑惑。
遠目に四角い箱に見えた物は、扉の開閉を操作するコンソールのようだった。
上部には『IDカードを提示せよ』との文言とともに矢印があり、その指し示す先に手のひら大の四角いくぼみがあった。
「IDカード……」
ケネスは地下駐車場でゴミ収集車から拝借したIDカードの存在を思いだす。
パンツの後ろポケットからとりだし、ここへきて初めて表記を確認した。
『マイルズ・ウォーカー 特殊廃棄物処理一課 廃棄物処理事業部 Stork Inc.』
顔写真とともにそう記載されている。
それは地下駐車場で自分を連れ去ろうとしたあの男に間違いなかった。
カードをくぼみにかざす。しかし、反応がない。
二回繰りかえしたところで、不意にコンソール四隅の赤いランプが点灯した。続けてくぼみに白い光がうっすらと浮きあがるように点灯。
一瞬、
再度くぼみにカードをかざすと、ピッという短い電子音とともにランプが緑に変わった。
同時に扉の手前、天井付近に取り付けられた警告灯が目を覆いたくなるような赤い閃光を発しながら回転をはじめる。
一瞬の間を置いて、低いブザー音が鳴り響く。
それとともに分厚い板状の扉が上方に一枚づつあがっていき、天井に吸いこまれるように消えていった。
そして扉の内側から
再びあたりが静寂につつまれると、暗闇の中に浮きあがるようにそれは存在していた。
蛍光灯に照らしだされた白い空間。
今まで見てきたゴミ処理場内の雰囲気とはあきらかに異質であり、それはまるで最新鋭の医療施設を連想させた。
ケネスはためらいつつも足を踏み入れようとする。
「あやしい、罠かもしれない」
背後にいたアルキメデスからルーイが警告を発する。
「そうかもしれない。でも今は手がかりがこれしかないんだ」
振りかえり言葉を続ける。
「ルーイ、アルキメデスは通信が届かなくなる可能性がある。車に戻してくれ」
「一人で行くなんてダメだ。僕も行くよ、一緒なら通信も届くし――」
彼はアルキメデスへにじり寄り、人差し指を立てて語気を強めた。
「ここから先は危険すぎる。なおさら行かせられない。車で待っていてくれ」
ルーイはさらに何かを言おうして言葉をつぐみ、そのまま押し黙った。
それを感じ取ったケネスは、硬い表情を意識的にくずしてこう言った。
「その代わり、ルーイには別に頼みたいことがある。特別任務だ!」
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