12.リスト
それは車両用のエレベーターだった。
ケネスが入ったことをセンサーが感知したのか、開いたときと逆再生するかのように警告灯が明滅し、天井からおりてきた扉がブザー音とともに退路をふさぐ。
同時に下層にむけて部屋が移動しはじめたことを、眼前の壁に表示された矢印が教えてくれた。
わずかに浮遊感を感じる。巨大な昇降装置のわりに音は非常に静かで、耳をすますと巻上機の駆動音のようなものが遠くにきこえる程度だった。
ややあって、軽い振動と共にエレベーターは停止した。
入ってきたのとは逆側の扉が下から開きはじめる。
警告灯の赤い光が映りこんだ床がゆっくりとあらわになっていき、ブザー音が足元から流れこむ。
扉が完全に開ききると警告灯が消え、それと同時にブザー音も停止した。
ケネスがそれを合図とするかのように足を一歩踏みいれると、そこは正面に巨大なモニターのある半球状の空間だった。
正面のモニターは斜め上方に、まるで宙に浮いているかのように設置されていた。長方形で横幅はケネスの身長を優に超えている。
天井を見あげると、放射状にいくつもの小さな照明が埋めこまれているのがわかる。
床は部屋の外周よりも二回り内側に数本の溝があり、そこから内側が一段高くなっていた。
おそらく床が回転して車両がUターンできる仕組みになっているようだった。
回転盤の中央付近まで歩みでて左手に目をむけると、そこには別な広い空間につながる入口があり、暗がりの中に車両が数台見えた。
ここが『STORK』の車両格納庫になっているようだった。
不意に正面のモニタが点灯した。
ケネスは何かの映像が映るものと少し身構えたが、それは
代わりに四角いウィンドウのようなものがいくつも重なって表示された。
それぞれに白い文字で何かがリストアップされ、目で追いきれない速度で上へスクロールして消えていく。
「人の名前?」
ケネスは無意識に呟いていた。
数秒もしない内にスクロールが止まり、一つのウィンドウが画面一杯に拡大される。
《ケネス・ヘイウッド》
彼の名前がリスト中央で、反転表示されていた。
ドクン、と鼓動が高鳴る。
そして人名のリストが再度縮小して画面の左に寄り、空いた右側半分に写真が二枚表示された。
正面と側面をむいた男の上半身の写真。
「俺? 俺の写真なのか……?」
今より若干若いときのケネス本人の写真のようだった。頬のこけたうつろな表情で、髪は短くそろえられ顎髭は生やしていない。
胸には名前となんらかのIDと思われる英数字の書かれた小さな黒いボードを抱えている。
それは囚人のマグショットそのものだった。
両手で頭をかかえて驚きと動揺をあらわにするケネス。
自分の名前、そして写真が表示されたことも驚きだが、そもそもこんな写真をいつとられたのかまったく身に覚えがなかった。
次の瞬間、突然、室内に音声が響き渡る。
天井から降り注ぐかのように聞こえてくるそれは、まるで神の啓示(けいじ)を思わせた。
〈廃棄依頼リストと照合、個体識別番号S3-2912-09、ケネス・ヘイウッド。本日の廃棄依頼リスト全登録個体の回収を確認しました〉
それは、まるで資材の搬入をチェックするかのように機械的に告げられた。
そして、声は最後にこう付け加えた。
〈マイルズ・ウォーカー、三時間と十三分の業務遅延が発生しています。明日までに業務改善提案書を提出してください〉
マイルズのIDカードが認識されたことと、ケネス自身の存在がシステムの誤認を生んでいるようんだった。
しかし、それよりも何よりも『廃棄』の言葉がケネスの胸を深くえぐる。
やはりあの二人は自分を回収・廃棄する目的でオフィスにやってきたのだ。改めて怒りと、そして恐怖がこみあげてくる。
ケネスは深く息を吐いて自分に言い聞かせる。
「落ち着け、今は冷静になるんだ」
彼は自分の名前の下にキャスリーンの名前が表示されていることに気づいていた。
そしてキャスリーンの名前が、取り消し線で消されていることも。
「――全登録個体の回収を確認」
ケネスはその意味を脳内へ刷りこむようにゆっくりと復唱する。
キャスリーンは間違いなくここにいる、彼は確信した。
不意に右手の壁が動いた。
いや、壁だと思っていたのは正方形に近い形のドアだった。それが横の壁に吸いこまれるように消えてなくなると、その先に大人が三人横に並んで歩けるくらいの通路が出現した。
照明がついておらず、手前から先がどうなっているのかは見てとれない。
目を
そのとき、暗闇の奥で何かが動いた。
耳をすますとキコキコという音が通路の奥で不気味に反響している。そして、その音はだんだんとこちらへ近づいてきているようだった。
やや足を広めに開いて腰を落とし、いつでも動きがとれるように身構える。
すると何の前触れもなく手前から順に通路の照明が点灯し、音の
それは病院などで患者をのせて運ぶストレッチャーのように見えた。
無人のストレッチャーが、まるで見えない何者かにでも押されるようにゆっくりとこちらへむかってくる。
拍子抜けしたように脱力するケネス。
彼の手前までくるとそれは静かに停止した。
よく見れば通常マットレスが敷かれている部分がメッシュ状に
何も起きないまま、十数秒が経過。
ケネスは小首をかしげながら、ストレッチャーの端をポンと手のひらでおしてみた。
するとストレッチャーは元来た道を引きかえすように、通路にむかって動きだす。
しかし、今度は少し進むと停止した。ケネスが様子をみようと近づくとまた動きだす。
まるで飼い主を自分の進みたい方向に誘導する愛犬のようなその姿に、彼はくすりと笑った。
おそらく回収した人間をこの全自動ストレッチャーで運ぶのだ。ケネスはそう理解した。
であればこのまま『彼』を追っていくことで、キャスリーンの元に近づくことができるはず。
ケネスはストレッチャーに導かれるままに、半球状の部屋を後にした。
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