22.B・S・C
「マイルズは僕の弟だよ。弟を知っているのかい?」
そうカイルに問われたケネスだったが、どう見てもマイルズの兄弟には見えなかった。
身長の違いもさることながら、弟の整った目鼻立ちも彼には見て取ることができない。
痩せぎすで頬はこけ、ブラウンの髪はボサボサ。メガネのフレームでうまく隠れてはいるが、落ち窪んだ
「父親が違うからね。あいつの父親はダメなやつだった、大した稼ぎもないのに本ばかり読んでいたよ。母さんを働かせて。あげく勤務中につまらないミスをやらかして死んでしまったらしい」
血がつながっていないとはいえ、自分の父親でもあっただろう男を赤の他人のように言い捨てて、彼は首をふる。
「父親に似たんだろうな。見てくれはいいがね、勉強はからっきし。今の仕事だって僕が紹介してあげたんだ」
「そのダメな弟に丸焼きにされかけたんだよ。物あつかいされてね!」
拳の甲で口元を抑えながら、笑いをこらえるような仕草でカイルが言う。
「丸焼きになんてならないさ。あれはミストとプロジェクションマッピングを組み合わせたフェイクだよ。焼いてしまったら大切な臓器が売り物にならなくなる」
その表情を観察して楽しむように彼は続ける。
「もっともそれを知っているのはごく一部の人間だけだ。マイルズを含め、回収班のやつらは本当に焼却処分していると思っている。臓器販売については
カイルは小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた。
「ここで私達は解体され、臓器は売られるのよ。フェニックス近郊の大病院も含め、
多少はカイルから説明を受けていたのだろう。キャスリーンが補足する。
「私はたまたま研究材料として、生かされた――」
一瞬、言葉につまるキャスリーン。
「私と一緒につれてこられた人たちはきっともう……」
絞りだすようにそう言って、カイルを潤んだ瞳で見つめた。
「そんな目で見ないでくれ。仕方ないさストークスなんだから」
カイルの弁明に、ケネスが反応する。
「ストークス? それはお前たちの組織の名称、会社名じゃないのか?」
「
ボサボサの頭をかきながらカイルが続ける。
「社員の僕が言うのは変だけどね。正式な製品型式はSTORK3、S3だよ」
「製品? 造られた――俺たちが!?」
半信半疑で見つめ合う、ケネスとキャスリーン。
「あぁクローンだよ。簡単に言えば君たちは顧客のコピーだ。ほら、少し前から死んだペットのクローンを作る会社が増えてきただろ? 基本はあれと一緒だよ」
カイルは二人の表情を交互に見比べながら楽しむように話を続ける。
「そして購入者から依頼があればうちの会社が引き取って処分する。臓器の売却で得た利益の何割かは顧客へ還元される。最初からそういう契約なんだ」
そこではじめて
「死んだ人間の代わりということか?」
「ペットと一緒にするなよ。そんなくだらない理由じゃない」
自信に満ちた表情で両手を広げ、カイルが告げる。
「
ケネスとキャスリーンは、その聞き慣れない言葉に互いの顔を見合って首をふる。
「不妊に悩む夫婦が
大げさな身振り手振りをまじえ、うろうろと数歩程度の狭い範囲を行ったり来たりしながら彼は話しつづける。まるで講演会さながらに。
「代理とは言っても、生物学的に同一の個体によって出産された自分達の子供を得ることができる。宗教的、人道的な倫理観の問題はクローンの製造についてはあっても、出産に関しては一切のネガティブ要因を排除できるんだ。それと、言うまでもないけど不妊に関してはクローニングの段階で調整済みさ」
二人が言葉の意味を理解するのに、しばしの時間を要した。
「つまり……つまり俺たちは子供を産むためだけに造られたというのか!? まるで家畜じゃないか!」
ケネスが怒りを爆発させる。
「なるほど、それで
ケネスが吐き捨てるように言って、うつむくキャスリーンをなぐさめるように抱きしめた。
「顧客のメリットはそれだけじゃない。君たちの臓器は当然のことながら契約者の夫婦と100パーセント適合する。拒絶反応は起こり得ない。いざというときの保険になるわけだ」
「子供を取りあげてなお、生かし続ける理由はそれか。どっちかといったらそれが本当の目的なんだろ? BSCだかなんだか知らないが、世論と株主を満足させるための口実、建前、
カイルを睨みつけながら
ケネスの突き刺さるような視線を、何食わぬ顔で受け流してカイルが補足する。
「さらに付け加えると、君たちの労働賃金の何パーセントかはロイヤリティとして契約者に支給されている」
二人の感情を逆なでするようなその言葉。ケネスがもう少しで殴りかかりそうになるのをキャスリーンか首をふって制止する。
「そんな身勝手な話、とても信じられない……」
キャスリーンが両手に顔を埋めて嘆く。暴力に訴えたりできない分、余計に気持ちの整理がつけられない様子だった。
「君たちの住んでいるところはテンピだろ? 知り合いか仕事の関係者、なんでもいい大学関係者がいるはずだ」
ケネスが研究開発している教育支援ソフトウェアの納入先の一つが、アリゾナ州立大学だった。
「そんなのあらかじめ私達のことを調べていれば、知っていて当然よ」
キャスリーンが苛立ちながら指摘する。
「調べなくてもわかるんだ。テンピが学園都市として繁栄し続けている背景には何があると思う?」
二人は答えあぐねてカイルを見つめる。
「
僕達も技術顧問としてときどき派遣されるんだ、と自慢げにつけ加えるカイル。
「思いだしてみてくれ。大学を訪れた際、急激な眠気に襲われて気がついたら数時間たっていた……なんてことはなかったかい?」
キャスリーンの不安げな視線にケネスは思わず目を逸らす。
一度や二度ではない。打ち合わせに訪れたキャンパスで、それは確実にあったのだ。
そのとき何があったのか?
考えようとしただけで身の毛がよだつのをケネスは感じた。
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