15.焼却処分

「あちゃー、強く殴りすぎちゃったかしら……」


 うつ伏せにたおれて身じろぎもしないケネスを覗きこむショートカットの小柄な女性。

 それはマイルズの上司、アマンダ・ディーキンだった。

 ネイビーのスーツ姿で膝丈のタイトスカートをはいており、白いブラウスの襟元には控えめなリボンタイがあしらわれていた。

 背後には音もなく浮遊するピンク色のドローンを連れ添っている。


「マイロ、しっかりして」


 倒れたまま、依然いぜん、起きあがろうとしないマイルズに気づいた彼女が慌てて走りよる。

 アマンダの手からすべり落ちた鉄パイプが、ガラン、ゴロンと派手な音をがなり立てた。鉄パイプには、ぬめぬめと光をはなつ血糊がべっとりと付着している。


 マイルズは再び気を失いかけていた。

 あおむけに倒れたマイルズの横にひざをついてペタリと座りこみ、心配そうに顔を覗きこむ。タイトスカートの裾があがり、色の白い太ももがあらわになるがそれを気に留める余裕もない。

 赤黒く腫れあがり、血にまみれたマイルズの顔を見てつぶやいた。


「もう、無茶をして。いい男が台無しじゃない……」


 涙まじりにそう言ってマイルズの上半身をおこし、彼の頬を軽く数回たたく。小さくうめき声をあげ、目を薄っすらと開くマイルズ。

 彼の無事を確認したアマンダはマイルズの頭部をその胸に強く抱きしめる。


「よかった。無事で……」

「アマンダか――また助けられたな……」


 マイルズが目を細めるような表情で彼女の顔を見あげ、絞りだすようにかすれた声で言う。

 

「当然よマイロ。わたしはあなたの上司なんだから」


 指先で目尻をぬぐいながら彼女が答える。

 マイルズは額の上に右手をかざして敬礼し、ウィンクをして見せた。


「あぁわかっているよ班長、早くあいつを始末しよう」

「もう、ふざけてばっかり!」


 アマンダは頬を朱に染めながら、ぷいっとそっぽをむいた。

 が、マイルズの無事を確認して安心したのか、胸を撫でおろした様子。


 彼女は立ちあがろうとするマイルズをその場に押し留め、ケネスの元へもどる。


「死んじゃってないよね……。あ、でもどうせこの後、燃やしちゃうんだった。わたしったら!」


 楽しそうに声を弾ませながら胸元から取りだしたフレームの細い眼鏡をかける。

 今度はスカートの裾があがるのを気にしながら、膝を横に折ってしゃがみこむとケネスの腕をつかんだ。眼鏡のずれを片手で調節しながら、シャツの袖をまくりあげて確認する。


「第三世代型ね。この子は大体八才くらいか。お役目ご苦労様」


 ふと、周囲を見回す。

 

「あの白いドローンは一緒じゃないのね。操縦者ドライバーの子にも会いたかったのに残念。それにしてもすごかったわ、北米大会三位の私とあの子が最後は手も足も出なかった。一体、何者なのかしら……」


 眼鏡を外しながら立ちあがった彼女は、ケネスの腕を引っ張ってベルトコンベアの横まで引きずっていく。後頭部からにじんだ血が、刷毛はけでつけたような痕跡こんせきを白い床に残す。


「まったく、出来の悪い部下を持つと大変だわ……」


 でもそういうところが可愛いんだけど、そう思い一人ほくそ笑む。


「重い……、あなたも手伝ってよサクラ……」


 浮遊するドローンを見あげ、無理難題を投げかけるアマンダ。

 ピンク色のドローンが、赤く明滅しながらそれに答える。


〈テヤンデー、やってられるかチクショウめ〉


「そうよね、あなたを頼ろうとしたわたしが馬鹿だったわ……。なんでわたしの周りには言うことを聞かない子ばかり集まってくるのかしら?」


 ぶつぶつと文句をいいながら、上半身、足、腕の順でコンベアの上に乗せ終えたところで、ようやく自力で立ちあがったマイルズが彼女のとなりにやってきた。

 彼女はコンベア横の制御モニタを操作し、メニューから焼却処理の開始を選択する。


〈焼却処理時間外です〉


 アナウンスの声とともにモニタが赤く点灯し、警告音アラートが鳴った。


「あら、困ったわ。これは特別な権限が必要ね」


 ジャケットの内ポケットから、IDカードを取りだす彼女。マイルズのカードとは色が異なり、薄い紫色をしている。


「こんなことがバレたら、あなたもわたしも首よ」


 唇をとがらせ、上目使いにマイルズの表情をうかがう。

 マイルズはとぼけた表情で中空ちゅうくうに視線を彷徨さまよわせ、彼女と目を合わせようとしない。


「約束よ、これで最後だからね」


 コンソールにむき直った彼女の表情は、しかし、そうはならないという確信と落胆の色がぜになった複雑な心境を物語っていた。


「もちろん。頼むよハニー」


 深いため息をつきながらアマンダが自分のIDカードをかざすと、モニタがグリーンに変わった。

 

〈焼却処理を開始します〉


 音声が告げると足元からベルトコンベアの駆動音が響き渡り、振動が床を伝わってくるのを二人は感じた。

 ケネスの載ったコンベアが、彼の体をガラス壁の外へと押しだしていく。


「さぁ遅くなっちゃたわ。はやく帰りましょう。傷の手当もしなくちゃ」

「なぁアマンダ」


 急に神妙な面持ちでマイルズが声をかける。


「なに?」


 期待に目を輝かせ、頬を紅潮させながら問いかえすアマンダ。


「――もういい歳なんだから、ドローンは卒業しないか?」

「なによ! もう、マイロのバカ!!」


 アマンダがマイルズに肩を貸し、焼却を見届けることなくでていく。

 しかし、マイルズの視線は焼却炉へむかっていくケネスの体を無意識に追いかけていた。




 力なくぐったりとうつ伏せに倒れたままのケネスを、ベルトコンベアがゆっくりと運んでいく。

 本来ならコンベアの両脇には彼から身ぐるみをはがそうと作業者が待ち構えていて、分別処理・・・・を行うはずだ。

 だが、今この場所には彼の他にだれもいない。


 コンベアを動かすモーターの駆動音と、ベルトとプーリーが擦れあう音だけが広い空間に響きわたっていた。

 ベルトコンベアは中程をすぎると徐々に傾斜をつけてケネスの体を斜め上方へと運んでいく。

 ピクリと彼の右手が動いた。唇からうめき声がもれる。


 ――ここはどこだ?


 後頭部が割れるように痛かった。体が言うことをきかない。


 ――あぁ、自宅のベッドの上か。そろそろ起きないと仕事に遅刻してしまう。


 手をのばすが、となりに寝ているはずのキャスリーンがいない。さきに起きて朝食の支度をしているのだろうか?

 ガラガラと鉄の鎖を複数同時に巻きとるような音が頭蓋ずがいに反響していた。


 ――目覚ましの音か?

 

 嫌な音だ。まるで自分が巨大な時計台のちっぽけな歯車の一つになったように感じる。

 上下が張りついたようなまぶたをやっとの思いで引きはがし、血まみれの顔をあげた。


 ――悪魔!?


 かすみがかった視界の中で、巨大な三つ目の悪魔がそのあぎとを大きく開きながら彼を見おろしていた。

 炎のよだれを垂れながし、今にもケネスの体を噛み砕こうと迫ってくる。

 

 二層に重なったコンベアの終端部が自動的に伸長し、伸び切ったところで斜め下方向に折れ曲がる。さらにもう一段、重なるように収納されていた金属製の湾曲した板がスライドし、悪魔が開いた口の中へ突入する。

 それはまるで、長い舌を伸ばして獲物を巻き取らんとするかのようだった。

 軽い衝撃とともにケネスの体が伸長部に落ち、同時に移動速度が加速する。

 燃え盛る炎が眼前に迫っていた。

 

「うぉーーーーーーーー!!」


 ケネスの最後の雄叫びは、しかし、誰の耳にも届かなかった。

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