41.検問

「こんにちは。ご旅行ですか? 免許書と登録書を拝見」


 数分後、ケネス達の番がやってきた。

 眼鏡をかけた年輩の警察官が車内を覗きこみながら、好々爺こうこうや然とした柔和な笑みをつくって話しかける。

 車内にはケネスとキャスリーン以外、誰もいなかった。

 そして二人とも腕を露出させてはいない。


「アンバーアラートがでているのはご存知で?」


 警察官が免許書と登録書を確認しながら話しかける。


「えぇ知っています。早く見つかるといいですね」


 平静を装うケネス。

 しかし、免許書を見た瞬間、警察官の顔色が変わったのは誰の目にも明らかだった。

 警察官はもう一度ケネスの顔を免許書と見比べるように確認して、もう一人の若い警察官を呼び免許書と登録書を手わたした。


「照合しますので、少しお待ちください」


 若い警察官がパトカーにむかいながら、胸ポケットからサングラスを取りだしてかけ、振りかえる。


『I'm Copy』


 サングラスにケネス達の乗った車のナンバーが、そう映しだされていた。

 彼が一人残った年輩の警察官にむけて「アーロン」とその名を呼び、うなづいてニヤリと笑った。

 その様子を見て眉間にしわをよせるケネス。


「お子さんはどちらに?」


 年輩の警察官、アーロンが唐突に尋ねる。


「――うちには子供はいませんよ?」


 一瞬、鼓動が跳ねあがるが表情には一切ださない。


「そうですか……」


 一旦、周りの景色に目をむけるアーロン。再度、運転席を覗きこむようにして一段低い声で脅すように言う。


「ルーイ君をどこにやったと聞いているんだよ、くそストークスが」


 あまりの豹変ぶりに驚いたのか助手席のキャスリーンが、ビクリと体を震わせる。

 

「俺達がストークス? アンバーアラートの子供をさらったっていうのか? 言いがかりはやめてくれ」


 ケネスがつまらない冗談をと言わんばかりに、苦笑いを浮かべて一笑いっしょうす。

 そんな彼にアーロンは自分がかけている眼鏡を指先でつついてこう言った。


「今年は数年ぶりにかぼちゃ祭りで記録更新があったのを知っているか?」


 そう意味ありげに問いかけて、不敵な笑みを浮かべるアーロン。


「車内と荷台を確認する、今すぐ車から降りろ」


 その言葉には有無を言わさない圧力があった。

 対してケネスはその要求に応じず、ゆっくりと威厳を持ってこう答えた。


「俺たちが子供をさらって逃亡中のストークスだとして、おそらく人権を失って廃棄から逃げている最中だろう。つまり『物』なんだろ? 法律では人以外は裁けない、すなわち強制力を持たない。違うか?」


 なるほど、そうきたか。アーロンはそう言ってまた遠くの景色に目線を移し、うんうんと大げさにうなづいて見せる。


「不法投棄。砂漠にいろいろ捨てる輩がおおくてな。砂漠のゴミをかたづけるのも警察官の尊い仕事とおもわないか?」

 

 にらみあうアーロンとケネス。

 となりに座るキャスリーンもがきではないのだろう。二人の顔を交互に見比べている。 

 しかし、ケネスにはそんな彼女の様子に気づく余裕はない。警察官に悟られないよう細心の注意をはらいながら、ダッシュボード下の収納スペースにゆっくりと手をのばす。

 薄い布にくるまれた何かがそこにあった。

 ――拳銃だ。


 ケネスがそれに触れた瞬間、彼の手にキャスリーンが自身の手を重ねるようにしてその動きを制した。

 驚いて彼女の方を振りかえるケネス。

 そこには厳しい形相で、首をふるキャスリーンの姿があった。

 

「あの子がすぐそばにいるのよ」

 

 耳元でささやく。

 ふぅと大きく一息ついて、ケネスが銃から手をはなした。

 

「わかったよ、今、荷台をあける」


 ドアをあけて車をおりる。

 荷台には折りたたみ式のトノカバーがおろされていて、中がまったく見えない状態だった。 四隅にあるカバーの留め金をはずす。

 そしてゆっくりと時間をかけ、トノカバーを折りかえしはじめた。


 一枚、二枚……。空の荷台が徐々にあらわになっていく。

 最後に車体前側に束ねたトノカバーを持ちあげようとしたそのときだ。

 突然、付近に停車していたパトカーの一台からけたたましいサイレンが響きわたる。同時に赤と青のパトランプが激しい点滅を開始。


 思わずふりかえるケネスとアーロン。

 そこへ、先ほどの若い警察官が小走りに駆けよってきた。


「I-17でケネス・ヘイウッドと女性一名、子供一名を乗せたブルーのピックアップが検問を強行突破して北へ逃走中。近隣のパトカーに支援の要請が!」

「そんな、馬鹿な……」


 アーロンが言いよどむ。

 

「こいつらに間違いないんだ! 早く荷台を開けろ!」


 改めてケネスに向きなおり命令する。

 彼の血走ったまなこに、ケネスは狂気を感じずにはいられなかった。

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