49.彼女の瞳にうつるのは

「ミセス・ヘイウッド、落ちついてください」


 サウス・フェニックスSPR・リサイクルに隣接するオフィスビルの応接室。

 部屋にはセンターテーブルをはさんで一人掛けのソファーが四脚。

 そこに三人の男女がいた。


 STORK社の統括本部長、兼、SPR所長代行のローレンス・フェレイロ、同副所長のノーマン・グランツが横に並んで座る。

 そのむかいに肘をついた格好で不機嫌そうにガムを噛む中年女性、キャスリーン・ヘイウッド。


 彼女は所有するストークス二体の処分遅延、および息子、ルーイの誘拐という火急の知らせをSTORK社からうけ、つい先程アリゾナに到着したばかりだ。

 センターテーブルには香り豊かに湯気をたてるコーヒーがカップに注がれ、人数分おかれているもののまだ誰一人、口をつけようとしていない。

 

「ちょっとあなた失礼ね、今どきミセスなんて使って? ミズ、もしくはマダムと呼びなさい」

「これは失礼、ミズ・ヘイウッド」


 ローレンスが頭をかきながら謝罪する。

 対して無表情に二人の表情をうかがうノーマン。完全に傍観者を決めこんでいた。

 

「そんなんだから、ストークスの処分もまともにできないんじゃない」


 キャスリーンがそっぽをむいて、嫌味を言う。


「ルーイはいま、どこにいるのよ? あの子の誕生日にくれたドローン、見守り機能があるだなんて言って、いざとなったら接続すらできやしない」


 おまけにリコール対象になってるなんて、彼女がたたみかけるように不平不満をもらす。


「今、うちの部下が二人をおっています。ルーイ君も一緒のはず。アンバーアラートもでていて、州警察も動いてくれている。どうぞご安心を」

「ご安心を、ですって?」


 ローレンスの言葉が怒りに油を注ぐ。


「本当にわかってるの? ルーイのことだけじゃない、もう時間がないのよ? このままだとあと一週間で私の財産の半分があいつらに持っていかれるの!!」


 テーブルに拳を振りおろすキャスリーン。衝撃でテーブルに置かれたコーヒーカップが揺れる。


「私のお金で、あのクソ夫が残りの人生を幸せにおくるだなんて、絶対あってはならないこと。それも私の若い頃のコピーと二人でなんて、考えただけでも気が狂いそう!」

 

 息を荒げるほどに彼女は激昂げっこうしている。

 

 ――財産のほとんどが、そのクソ夫の死亡保険金じゃないか。

 

 ローレンスは思ったが、それをおくびにもださない。


「ミズ・ヘイウッド、あれはただのクローンなんです。厳密に言えば、あなたの元夫とは別人。生物学的に同一の個体というだけの話です」


 首を大きく左右にふり、ローレンスの顔面に人差し指を突きつけて彼女が言う。


「いいえ、いいえ、いいえ! あれは私の夫です。若い女をつくって私のもとから逃げだした最悪の、ね」


 取りつく島もない、そんな表情でローレンスがノーマンに視線をおくる。

 ノーマンがそこで初めて助け舟をだした。

 

「マダム、彼らには賞金がかかっています。先ほど賞金稼ぎバウンティハンターが国道で二人をおいかけていると、連絡がはいりました。さらにこちらのチームもそれに合流したとのこと。あと小一時間もすれば確保の知らせがとどくはずです」

「あら、そうなの?」

「飛行機での移動、お疲れでしょう。近くのホテルにスイートを用意してあります。そちらでランチを楽しみながらお待ちいただければよろしいかと」


 スイート・ルームと食事の話を聞いた彼女が急にすまし顔になり、いずまいを正す。


「そういうことなら、そちらで待たせていただくわ」


 ノーマンが内線をかけ、ややあってスーツ姿の若い男がノックとともに部屋に現れた。

 なかなかの色男だ。

 

「ミズ・ヘイウッドをホテルへご案内しろ」

「かしこまりました。マダム、お車を用意してございます」


 スーツの男は仰々しく頭を垂れ、キャスリーンのスーツケースを手に部屋の外へと彼女を連れだした。

 

 

 

「いやー、まいった。あの手のご婦人は苦手だ。助かったよ、ノーマン」

「いいえ、こちらこそ情報の共有が遅れまして申しわけありません」


 いや問題ない、ローレンスはそう言いながらどっかとソファーに腰を沈めた。

 

「それにケネス脱出の件、うまく進めてくれた。遅くなったが改めて礼を言う」

「ありがとうございます。ツガイの処分には失敗してしまいましたが……」


 ローレンスは顎に手をあて、しばし考えこむ。


「それも考えようだ。彼女と息子を守るため、彼は本来持っている以上のポテンシャルを発揮するかもしれない」


 ノーマンは黙って頷く。

 

「ルイス所長には悪いことをしてしまったが、ここに居座られても今後の計画に差しさわる」


 ローレンスはじっとノーマンの表情をうかがう。

 ルイス失脚について実質的な手引をしたのは、他ならぬ彼であり、その指示をしたのは自分だった。

 

 ――眉一つ動かさないか。本当に面白いやつだ。


「しかし、君が彼にチャンスを与えたのは意外だった」


 ローレンスは朝のミーティングで、彼がルイス所長の弁護にまわったことについて言及する。もう少しノーマンという男の素顔を覗いてみたかった、それが理由だ。


「私は嘘を申してはおりません。そして、彼はベストではありませんでしたが、無能でもなかった」


 彼はやはり表情一つ変えずにそう言ってのける。

 ふむ、ノーマンの言葉に深くうなづくローレンス。

 そして話の矛先を会議の主題にもどす。


「それと彼女、ミズ・ヘイウッドだが……どう思う?」

「金に取り憑かれた哀れな中年女。しかし、本当のところは金よりもケネス本人への憎悪と執着が彼女を突き動かしているような印象を持ちました。子どものことも、どこまで本気で心配しているのか……」

「好きと嫌いはなんとやら、というが……」


 ローレンスは再び思案にくれる。

 

「十年前の例の事件、もう一度洗ってみてくれ。もしかすると、もしかするかもしれん」

「はい。了解しました」


 二人はノーマンのその言葉を合図にするかのように席をたち、部屋をあとにした。

 

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