53.抜けないトゲ

「ノーラ! どうしたの!?」


 キャスリーンが手錠のついた手でノーラの肩をゆすり、身体をひき起こす。

 しかし、ノーラはまるで酩酊状態で目を開けていることすらままならず、小さなうめき声をあげるだけで彼女の問いかけに答えない。

 気がつけばノーラの脇腹からの出血は、座席下部に血溜まりを作るまでに悪化していた。

 

「ケネス! ノーラの意識が、出血がひどいの!!」


 ノーラが座ったままの運転席に身体をねじこむようにしてハンドルを握ったキャスリーンが、声を限りに叫ぶ。

 

「車をとめて、大人しく投降しなさい!」


 そのとき再び、上空から響く女性の声。

 そして雷鳴のように響く銃声。ボンネットの数メートル先へ銃弾が降りそそぐ。

 おそらくは威嚇射撃のつもりだろう。

 慌ててハンドルを切るキャスリーン。唐突に身体を大きく揺すられ、眠っていたルーイが悲鳴をあげて目をさます。


「ルーイ、なんでもいいつかまって!」


 キャスリーンが振りかえってルーイの様子を確認しつつ、車の挙動を安定させようとハンドルと格闘する。

 

「ケネス! 逃げられない、トレーラーを止めましょう!!」

「ただの脅しだ、当てやしない! ここで捕まったらまた廃棄処分にされる、いまは逃げ続けるしかないんだ!!」

「でも、ノーラの手当ても急がないと!」


 ケネスが上空のヘリコプターを見あげながら叫ぶ。


「今、そっちへ移る! そのまま速度を維持して!!」




 ケネスの運転する黄色いトレーラーが、再びノーラのトレーラーへ接近。

 彼は上空のヘリコプターの様子をうかがいつつ、急ぎノーラのトレーラーへと飛び移った。

 無人となった黄色のトレーラーはゆっくりと減速しつつ、道路から右方向の路肩へ外れていく。


 キャビンに乗りこんだケネスはルーイの無事を確認しつつ、運転席の後ろへ回りこんでノーラの身体を抱えあげ、後席に寝かせる。


 一瞬、目を開きモゴモゴと口を動かすノーラ。


「しゃべらなくていい。キャス手当てを」


 ケネスが運転を代わり、キャスリーンがノーラの止血を試みる。


「ノーラおばちゃん、大丈夫?」


 心配そうにのぞきこむルーイ。


「大丈夫。ちょっと疲れて眠っているだけよ」


 キャスリーンが少年の頭をなでながら言う。

 そのとき、不意に後方から響くコンテナ上部を人が歩くような音。

 ノーラを除く全員が後方を振りむき、頭上の足音を目で追う。


「クソっ、こんなときに」


 ケネスが恨めしそうに言ってハンドルをこぶしで叩く。


 足音がキャビン直上で消えた。

 そして次の瞬間、刃渡り二十センチはあろうかというコンバットナイフの刃が天井をつき破って頭上に現れる。


 キャスリーンとルーイが驚きに身体をビクリと震わせる。ケネスはバックミラーでナイフの突きでた天井を確認し、眉間にしわをよせた。

 ナイフの刃は柔らかい布地でも切り裂くがごとく、キャビンの天井を正方形に切りとっていく。

 隙間から差しこむ光に目を細めるキャスリーン。


 最後に黒いワークブーツを履いた足が天井を突き破って現れ、切り取られた天井が音をたてて床に落ちた。

 キャビン内が一層明るくなる。

 

「もう邪魔者はいない。あがってこいケネス、決着をつけよう」


 天井に開いた穴から自分たちを見おろす男がいた。

 マイルズだ。


「……運転を代わってくれ、キャスリーン」


 ケネスが渋々と、立ちあがる。


「だめよ、ケネス。相手にしないで」

「男の約束、みたいなもんだからな。俺が相手をするしか仕方ないんだ」

「男の約束ですって? バカバカしい、そんなのいつしたのよ!?」


 何をくだらないことを、そう言いたげな表情で首をふるキャスリーン。

 それでもケネスに腕をひかれ、仕方なしに運転を代わる。


「アクセルを踏みつづけるんだ」

 

 彼は用心のためにと床に落ちていたノーラの銃をキャスリーンにわたす。


「かならずもどる」


 ケネスの言葉に黙ってうなづくキャスリーン。彼女の肩を抱きしめたケネスがその額に軽く口づけをする。


「ママを頼んだぞ」

「うん!」


 ケネスはルーイの頭をわしづかみするようになでてから天井に開いた穴に手をかけ、座席を足場にしてキャビンの外へでていった。




 コンテナの上で睨みあう両者。

 叩きつけるように吹きぬける風が二人の衣服をバタバタとあおり、髪をかき乱す。


「このときを待ったぞ、ケネス」

「お願いした覚えはないんだがな」


 フンっと鼻で笑って一蹴するマイルズ。

 コンバットナイフを太もものナイフホルダーに収納し、構えをとった。

 その様子をみたケネスが問う。


ナイフそれは使わないのか?」

「対等な条件で決着をつけなければ意味がないからな」

「まったく、でたらめなことばかりやるくせに変なところで律儀りちぎなやつだ」


 ケネスも軽いため息とともに拳を握り、やや広めのスタンスをとった。


 まずは様子を見るように軽いジャブを繰りだす両者。

 互いにスウェーして相手の攻撃を交わしながら、何発かはもらい合う。しかし決定打にはならない。

 膠着を嫌ったケネスが大きく踏みこみ、強烈な右ストレートを放つ。


 顔面を狙ったその一撃は、しかし、マイルズの軽いステップでかわされてしまう。

 逆にその腕をとった彼が身体を後方にひねり、ケネスの足を払ってコンテナ後方に投げ放つ。

 そのまま一回転して、背中を強打するケネス。

 うっ、と軽く声をもらして痛みをこらえる。


「どうしたケネス? コンテナから落ちてジ・エンド、なんて幕引きはなしにしてくれ」

「言われなくても――」


 横に半回転して腹ばいになったケネスが、低い体勢からマイルズの足元をめがけてタックルを敢行した。

 これにも彼は冷静に反応。ケネスの頭部にタイミングよく膝をあわせる。

 鼻から頬にかけてを強打したケネスが鼻血を流して白目をむき、うつ伏せにくずれ落ちる。

 立ちあがり、一歩後ろにひいたマイルズが間髪入れず頭部に渾身の蹴りを見舞った。


「なにっ!?」


 驚きに声をあげたのはマイルズだった。

 完全に落ちた・・・はずのケネスがその重い蹴りを両腕でガードしたのだ。

 その瞬間、ケネスが自分の状況に気づく。ハッと我にかえり、足をガッチリと抱えこんで胸元に引きずりこんだ。


 バランスを崩したマイルズが後方へ倒れこみ、背と後頭部をコンテナに打ちつける。

 ケネスがすかさず馬乗りになり、彼の顔面を狙って拳を大きく振りあげた。

 

 上空から重々しい銃声が轟いたのは、まさにそのときだった。

 

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