30.無に帰す

 ケネスが振りかえると、そこに三人の男がいた。


「誰だ?」


 ハンディライトで照らされて、眩しさに顔を背けつつケネスが問う。

 先頭の一人は突撃銃アサルトライフルを構えていた。

 背後に二人。内、初老の男はグリップや銃床が木製の狩猟用ライフルと覚しき銃を携帯している。もう一人の長身の男は銃を持たず、背後に手を組んだまま足元を気にしている。どうやらスラックスの裾についた泥汚れを気にしているようだった。

 三人ともに揃いの制服と官帽を装着し、見てくれは刑務所の看守さながらだ。


「サウス・フェニックス・リサイクル所長、ルイス・ボルトンだ。大人しく投降しろ。そうすれば命だけは助けてやる」


 初老の男が言う。

 先ほど背後から聞こえたのはこの声だとケネスは確信する。同時にこいつが一連の問題を起こした首謀者しゅぼうしゃかといぶかしみ、はらわたが煮えくりかえる思いで睨みつける。


 キャスリーンが心配そうにケネスを見つめ、小さく首を振って抵抗の意思を捨てるように哀願した。

 仕方なしにうなずくケネス。互いに落胆の色は隠せなかった。

 ケネスがバールを足元に投げすてて両手を肩の位置まであげ、キャスリーンもルーイを自分の背後に隠しつつそれに習う。


「クッ……クックック……」


 うつむき加減に口元を抑えて身体を小刻みに震わせていたルイスが、たまり兼ねた様子で吹きだした。


「ブーッブハハッ! なーんて言うと思ったか馬鹿どもが!! お前たちのせいで大切な臓器が、売り物が、全部パァだ! 私の昇進もなぁ!!」


 急に笑い声がピタリと止まる。


「妻になんて言う? 子どもたちになんて説明すればいい? あれほどカリフォルニア行きを楽しみにしていたのに……」


 片手を握りしめて怒りをあらわにするルイス。

 憤怒ふんぬ妄執もうしゅう、様々な感情がないまぜになって彼の人格を崩壊へと導いていた。

 ふと、ルーイの存在に気づいたルイスが隣に立つ長身の男、副所長のノーマン・グランツへ問う。


「グランス君、あの子供は何かね?」


 グランツです所長、と訂正を挟みつつ端的に彼は答える。


「報告は受けていません」

「二課の研究者はどこだ? 逃亡を手引したのではないのか?」

「わかりません」


 ノーマンは表情一つ変えずに答える。

 この役立たずが、わざと聞こえるように言ってルイスは質問を打ち切った。

 

「殺せ。子供ガキ以外、全員この場で銃殺刑だ!」


 片手を振りあげ射撃の合図を送ろうとするルイス。それを制したのは意外にもノーマンだった。


「よいのですか、所長?」

「何かねグランス君?」


 また面倒なことを、と苦虫を噛みつぶしたよう表情でとなりの部下を見やる。

 しかし、ノーマンは正面を見据えて口を閉ざしたまま答えようとしない。

 ルイスが沈黙に耐えかねて怒鳴る。


「意見があるなら言いたまえ!」


 気に入らない部下の発言をこうまでして聞こうとするのは、それでも彼の考えに一目を置いているからに他ならない。

 わざわざ説明することでもないのですが、と余計な前口上を述べつつノーマンが口を開く。


「すでに警備員が三名死亡。解体設備を含めラボは全焼。保存していた臓器はすべてその価値を失いました」


 その通りだ、と言わんばかりに首肯しゅこうするルイス。


「であるにもかかわらず、重要な容疑者であるストークス二体を尋問もせずにこの場で射殺して、原因究明の手段を自ら放棄しようとされている」


 ノーマンが一拍の間を置いて強調するように続ける。


「正気の沙汰さたとは思えません」


 声にならないうめきをあげて押し黙るルイス。


「それにもう一体は、本部長肝いりの大事な研究対象では?」


 ノーマンが項垂うなだれたまま身じろぎもしない大男を指さして、畳み掛けるように続ける。


「この上まだ失態を重ねるのであれば、それはもう自身の首を締めるに他ならず、立場を考えれば責任を――」

「もういい、わかった、わかった!」


 堪り兼ねたルイスが、うるさい羽虫を追い払うように手を振って彼の言葉をさえぎった。


「ご理解いただき感謝いたします」


 それが人に感謝をする態度か、と小声で愚痴るルイス。怒りはもう完全に冷めていた。


「あとは任せる」


 ほころびだらけの威厳いげんを抱きかかえるようにしてルイスは退散していく。


「拘束しろエイカー。あと何人か人を呼ぶ」


 ノーマンが突撃銃アサルトライフルを持った男に命令をくだす。


「腹ばいになって腕を後頭部で組め!」


 エイカーがケネス達に銃口をむけ命令する。ケネスとキャスリーンは大人しくそれに従った。

 が、一人、頭を抱えたまま置物のように動かない大男。

 エイカーが指示を繰りかえし、銃口で男を小突くが微動だにしない。

 一旦あきらめ、二人を先に拘束しようと大男の脇をすりぬけたそのときだ。


「グヴゥゥゥゥゥゥゥゥ」


 突然、彼の背後から唸り声が聞こえた。

 エイカーは驚いて振りむく間もなく大男に後襟うしろえりをつかまれ、背後に投げ飛ばされていた。

 飛んできたエイカーを表情一つ変えずに姿勢をそらし、紙一重でかわすノーマン。

 エイカーはその場を去ろうとしていたルイスに頭から激突。そのまま二人は折り重なるようにして倒れ、下敷きになったルイスは泥水に正面から倒れこんだ。

 彼は泥水にまみれた顔をあげ、必死に状況を把握しようと肩越しに後ろを振りかえる。


「だめよ! やめて!!」


 眼前にキャスリーンの制止の声を無視して突進してくる大男の姿が迫っていた。


「ひぇ!!」


 ルイスは間抜けな悲鳴をあげながら、自分の上に覆いかぶさったままピクリとも動かない部下を足で蹴ってどかそうとする。

 上半身が自由になったところで体をひねって腰だけをおこし、自分の銃を拾いあげて狙いを定める間もなく発射。

 大きく狙いを外れた銃弾は配管の壁に当たってコンクリートの欠片を散らす。

 しかし続く、二発目は大男の左肩を撃ち抜くことに成功。

 動きの鈍ったところへ三発目が打ちこまれる。今度は右胸に命中。


「やったか!」


 体を仰け反らせ、天を仰ぎ見るように痛みに耐える大男。

 一瞬、動きが止まったかに思えた。


「グヴァァァァァァァァァ!!」


 しかし、力の入らなくなった上半身を無理やり反動をつけておこし、倒れこむようにルイスに掴みかかる。

 たまらずルイスは自分の狩猟用ライフルを捨て、エイカーが持っていた突撃銃アサルトライフルを拾いあげた。

 その下部にはグレネードランチャーが装着マウントされている。


「化け物め! これでも喰らえ」

「ボルトン! やめろ!!」


 ノーマンの制止の声が、巨大な獲物を前にして狂気の笑みを浮かべる男へ届くことはなかった。

 ルイスが引き金を引くとカシュッという軽い音とともにグレネードが発射。しかし、その反動は大きかった。銃身が跳ねあがって弾道がそれ、配管の天井に当たって炸裂する。


 暗闇に慣れた目を強烈な光が焼き、鼓膜を破らんばかりの大音響が配管内を駆け巡る。

 その衝撃で配管の一部が吹き飛び、そこから前後左右に無数のひびが走るのと同時に下水管が崩壊していく。天井から大量のコンクリ片と土砂が降りそそぎ、一瞬で空間が埋め尽くされる。

 その場にいた全員が視界をふさがれ、そして何も聞こえなくなった。

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