31.墓地

 フェニックス郊外にある公園墓地、深夜。

 まばらに草の生えた砂地に、プレート型の墓石が整然と並べられている。

 距離を置くようにして点々と生えた灌木かんぼく以外遮るものがなく、月明かりが辺りを明るく照らしていた。

 そこに日付が変わったばかりの静まり返った園内をゆっくりと進む、一台の青いピックアップトラックの姿があった。


 車は人目を避けるように、園の駐車場から少し外れた草むらの中に停車した。

 運転席から一人の男が降りる。男は荷台からスコップをおろすと、肩にかついで墓地の方向へ歩きだした。

 彼は辺りを用心深く観察しながら進んでいき、やがて一つの墓石の前で足を止めた。

 そのプレートには『ルーイ・ヘイウッド』という名前と、一日違いの生年と没年が刻まれている。


 最後に『一日だけ舞い降りた私達の愛しい天使』という哀悼あいとうのメッセージがあるのも見てとれた。

 彼は墓石の前で膝を折ってしゃがむと、プレートを愛しそうに撫でながら胸の前で小さく十字を切る。

 そして、やおら立ちあがるとスコップを地面に突き立て、墓を掘り起こしはじめた。


 静けさに包まれた園内にスコップが土を掘り返す音が繰り返し響く。ときおりスコップが石に当たり、カンッという硬質な音を立てた。

 二十分ほど経過しただろうか。額の汗をシャツの袖で拭いつつ溜まった疲労を押し流すように息を吐きだした男の前に、一基の小さな棺が土の中から現れた。


 子供用の小さな木棺だ。

 男が棺の上にのった土を手で払うと可愛らしい絵柄が現れた。

 剥がれかけたそのペイントはおそらくバットとグローブだ。それから笑顔の子どもたちがたくさん描かれている。

 

 再度、胸の前で手を組んで短い祈りを捧げる。

 そして棺の蓋をわずかに持ちあげ、横に半分ほどずらした。

 棺の中心に何か小さな物が衣類に包まれて横たわっていた。その回りには木製の汽車と野球のボールといった男の子が好きそうなおもちゃが敷きつめられている。

 彼は腰に挿していた携帯電話を取りだしてライトをつけ、あらめて棺の中を照らした。


「これは――」


 苦悶に満ちた表情で絞りだすかのようにつぶやき、男は口元を手で覆った。

 

 

 

「今日、午後には退院できるって先生が」


 華やいだ表情でベッドのヘッドボードに背を預けた病衣びょうい姿のキャスリーンが、傍らでパイプ椅子にすわる夫に告げた。


「昨日は大変だったんだ、早く家へ帰ってゆっくり休もう」


 キャスリーンの手を握ってさすりながら彼が言う。

 

「今日の晩ごはんは俺が作るよ」

「まぁケネス、あなたが!? それは楽しみだわ」


 おどけた表情で舌をだしてみせるキャスリーン。

 ケネスはキャスリーンの肩を拳で軽く小突きながら、彼女の肩を抱き寄せてチークダンスを踊るように左右にゆらした。


「早くベイビーを連れて帰りたいよ。なんたって、僕らは今日から夫婦じゃなく家族になるんだから」

「あら残念、私達は夫婦じゃなくなるのね」


 彼女はケネスをからかい、楽しそうに笑った。

 そのときだ。

 病室のドアがノックもなく突然開け放たれ、一人の医師が姿を現した。

 二人が驚くのも意に介さず、緊迫した表情で医師が告げる。


「大変だヘイウッドさん、赤ちゃんの、ルーイ君の様態が急変した」


 突然のことに二人は事態が理解できない。

 それもそのはず。昨日の出産時、元気な産声をあげて誕生した赤ん坊には何らの身体的異常も認められなかったからだ。寝耳に水とはまさにこのことだった。


「先生、一体なにが? 赤ちゃんがどうかしたんですか!?」


 やっとのことで問いかえすケネス。


「とにかく、今すぐ来てください!」


 ケネスとキャスリーンが顔を見合わせる。


「君はここで待っていてくれ」

「いやよ、私も行くわ」

「早く!!」


 医師が怒鳴りつけるようにケネスを急かす。

 医師とケネスが文字通り病室を飛びだして行き、叩きつけるように閉めたドアの音が室中に響き渡った。


「待って、私も……」


 我にかえったキャスリーンがベッドからおり、靴も履かずに病室をでていく。

 ドアを開けた彼女の目前に突然広がったのは、灌木が点々と生えた砂地の目立つ野原だった。

 等間隔にプレート型の墓石が埋められていることから、ここが墓地だとわかる。

 目の前には牧師と黒いスーツ、ネクタイ姿のケネスがいた。そして、二人を取り囲む参列者達。


 気がつくと自分も黒のワンピースを着ている。

 ケネスの足元には四角い穴が掘られていて、そこに小さな棺が一つ。

 鮮やかなブルーに塗装され、バットとグローブ、それと笑顔の子どもたちがペイントされていた。

 ケネスがスコップで棺に土をかけはじめる。


「だめよ! やめてケネス! その子は生きている、生きているのよ!!」


 ふと、腕の中に感じる温もり。


「ほら、こんなに元気で」


 赤子の両脇を手で支えて、高々と抱えあげる。

 しかし、参列者たちの陰鬱いんうつな視線が彼女につきささる。


 ――なんでそんな目で見るの?


 ケネスさえも目をそらしてうつむき、こちらを見ようとしない。

 そのとき、赤子に一匹の蠅が止まった。

 参列していた子どもの一人がゆっくりと手をあげ、赤子を指先でさし示す。


「それ、もう死んでいるよ?」


 その言葉を合図に崩れていく赤子の身体。肉片が、人の身体の一部だったものが、キャスリーンの足元にボタボタと落ちていく。

 彼女の絶叫が墓地に響き渡り、そしてだれもいなくなった。

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