63.疫病神

 いつの間にか、消防と救急の車両がフーバーダムに到着していた。

 アマンダとマイルズのもとにも救急隊員の男性が駆けつける。だがマイルズはアマンダの状態を確認しようとする彼を、狂気に満ちた眼差しで睨みつけた。

 

「よせ……彼女に触れるな」


 低く唸るような声。

 ただならぬマイルズの様子に、救急隊員が一瞬ひるむ。


「救急だ、いいから私たちにまかせて。君もひどいケガをしているじゃないか!?」

「やめろ……彼女に触れるなと言っているのがわからないのか!!」


 突然、怒鳴り散らしたマイルズが隊員に殴りかかる。

 それは、まるで正常な判断力をうしなった薬物中毒者を彷彿とさせた。

 後ろに飛び退いてなんとかその拳を避けたものの、その反動でアスファルトの上に腰をついてへたりこむ隊員。


 マイルズはなおも、彼に襲いかかろうとアマンダを背に立ちあがった。

 しかし、すぐに別の救急隊員が後ろからマイルズを羽交い締めにする。


「鎮静剤を打て! それから拘束具を!!」


 二人がかりで押さえつけられた彼は、地面にうつ伏せにされて鎮静剤を打たれ、そのまま拘束用のベルトで体中を縛りあげられていく。


「クソッ! クソッ! なんでこんなことに! なぜこんなことに!!」


 アスファルトにこすりつけられた頬を涙がつたう。

 その口はガムテープでふさがれるまで、呪いの言葉を吐きつづけた。




「女はトレーラーと一緒に湖の底だ。観光客が飛びこむのを見たんだとよ」


 朦朧もうろうとした意識の中でマイルズはそんな話声を聞いた。

 彼が運びこまれた救急車の近くで、中年の警官が携帯を片手に話している。

 それはケネスたちを追っていた警察官の一人、アーロンだった。

 救急車の後部ハッチが開いたままであったこともあり、その怒鳴るような声はマイルズの頭蓋へ激痛をともなって響く。


「子供? だから子供なんかいないって……てめぇ、俺が嘘をついてるってのか! ——あぁ、あぁだとしたらトレーラーの中にいたんじゃねぇのか?」


 彼はふてくされたように言ってから、目を細めてまったくかわいそうに、とつけ加える。


「ケネス? あぁ、夫の方か。わからん、遺体は見ていない。おそらく女房、子供と一緒に湖の底だろう――引き上げの指揮? そんなことネバダ側にやらせろよ、めんどくせぇ」


 アーロンが無神経な言葉を並べつつ、マイルズの方を振りかえる。

 

「STORK社の人間が一人だけ生き残ってる。あいつの事情聴取がさきだ。あん? 越権行為だ!? 知ったことかクソが!」


 携帯の画面を睨みつけながら吐きすてるようにそう言って、彼は一方的に携帯を切った。

 そして顔をあげ、もう一度マイルズに遠い眼差しをむける。

 

「兄ちゃんもあいつらに振り回された口か……。ケネスとかいったか、まったくとんでもねぇ疫病神だ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年3月29日 10:15
2025年3月30日 10:15

彼女がヒトでなくなるその前に ~自身が誰かのコピーだと知ったとき、彼女は人権を失い『モノ』になる~ 神埼 和人 @hcr32kazu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画