4.ファースト・コンタクト
マイルズ・ウォーカーは、地下駐車場にとめたゴミ収集車の助手席に一人待機していた。
しかし、待機とは名ばかりでリクライニングをたおし、足をダッシュボードの上にのせて熟睡している。
年は二十代中ごろだろうか。筋肉質な体格で身長も高く、端正な顔立ちにウェーブのかかったブロンドヘアーがよく似合っている。
服装はケネスのところにやってきた清掃員の男と同じカーキ色の作業服だったが、つなぎのジッパーを腰までおろし、袖を腰回りでしばっている。
内側に黒のTシャツ、胸元にはひかえめなシルバーのネックレスが見え隠れしていた。
突然、ダッシュボードにおいてあった携帯電話が鳴った。その音で驚いて目を覚ました彼は、あやうく足で携帯電話を蹴りおとしそうになる。
熟睡していたとは思えない反応速度で携帯電話をキャッチし、そのまま応答。
「はい、マイルズ……なんだアマンダ、エイミーか」
リモート通話の画面にはスーツ姿の女性が映っていた。
ショートカットで栗色の髪をした彼女、アマンダはマイルズとくらべてもかなり幼く見える。
「なんだじゃないわよ、回収作業はどうしたの?」
携帯のカメラごしに彼が仕事をサボっていることを察したのだろう、怒りをとおりこしてあきれたと言わんばかりの表情でアマンダが問う。
「今デニスがいっている、やつにまかせておけば心配ないさ」
マイルズは彼女の言葉を意にも介さずそう告げる。そして大きなあくびを一つ。
「もう、かならずバディで動きなさいって、いつもいつも……。大体、マイロは協調性が――」
「あぁそうだったなアマンダ班長、次からその通りにする。約束だ」
説教が始まることを察知したのか、彼女の言葉をさえぎって
ここまでのやり取りがいつものことなのだろう。アマンダは別段、怒りもせずに訂正する。
「もう……班長じゃなくて課長よ」
ふと、マイルズは視界の端に違和感を感じた。視線を左にうごかす。
サイドミラーに、姿勢を低くしながら自分の車へ近寄ってくる一人の男の姿が映っていた。
「エイミー、仕事の時間みたいだ。後でかけ直す」
「えっ? ちょっ」
一方的に通話を切られたアマンダが、電話むこうのオフィスで頭をかかえていた。
「動くな、ケネス・ヘイウッドだな?」
清掃員姿の男がケネスの首筋に銃を突きつけてそこに立っていた。
一瞬で後ろ手に関節をとり、ケネスの自由を奪う。
ケネスは肩越しに振りかえり確認する。先程、彼を
マイルズだ。
「デニスのやつ、遅いと思ったら取り逃がしやがって。せっかくの休憩タイムが台無しだぜ」
よく見れば蒼い瞳が印象的で、ウェーブのかかったブロンドヘアーも相まって
「お前たちは、いったい何が目的なんだ!?」
「黙れゴミ。ゴミは大人しく回収されておけばいいんだ」
それは少し風変わりな銃だった。
銀色の筒にプラスティック製の引き金と薄っぺらい銃把を取りつけただけの簡素なつくり。上部に透明な液体の入った小瓶が取り付けられている。
「こいつをぶちこめば、抵抗することもできなくなる」
おそらくは麻酔銃だ、ケネスはそう察する。
「キャスリーンは今どこにいるんだ? 無事なのか?」
「キャスリーン? あぁ、ツガイのことか」
彼はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「ゴミは回収したら処分するに決まってるだろう。なに、埋め立てなんて野暮な真似はしない。いまごろ焼却炉でこんがりウェルダンだ」
ケネスが眉根にしわをよせ、マイルズをにらみつける。
「なぜ俺たちが処分されなければならない?」
「理由が知りたければ契約破棄した本人にでも聞いてみるんだな」
チッ、余計なことをしゃべりすぎたと言わんばかりに舌打ちして、彼はあらためてケネスの首筋に銃口をつきつけた。
「さぁおやすみの時間だ、
マイルズが引き金に指をかけ直したそのときだ。
ガチャン、不意に二人の背後でガラス瓶が割れるような音がした。
反射的に振りかえる二人。そこに買い物帰りらしき中年女性が、こちらを凝視したまま立ちすくんでいた。
足元には破れた紙袋とガラス片が散らばっている。中からこぼれた液体がコンクリートの地面に黒いシミをつくり、今も広がりつづけていた。
自分が強盗か何かと間違われたことに気づいたのだろうか、マイルズがあわてて弁明する。
「違う、これは――こいつはストークスだ!」
しかし、彼の言葉は女性自身の悲鳴にかき消され、その耳にとどくことはなかった。
そして同時にマイルズを襲う顎への強烈な一撃。拘束を逃れるチャンスと踏んだケネスが、振りかえりざまに肘を打ちこんだのだ。
膝から崩れおちるマイルズを横目にケネスは駆けだした。
マイルズも片手を地面についたものの、すぐに体制を立てなおし後を追って走りだす。
「まへ、ほのやろう!」
駆けだしてすぐ、自分の
顎に手をあてて左右にゆらし、最後に勢いをつけて顎を横に押しこむ。
ゴキッ、という嫌な音がした。
「グッ……」
激痛に顔かゆがみ、苦悶の声が漏れる。しかし、すでにその眼は猫科の猛獣のごとく、獲物を追いはじめていた。
腫れた口元に薄気味の悪い笑みを浮かべながら。
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