6.サウス・フェニックス・リサイクル

『サウス・フェニックスSFR・リサイクル』には正面の門をくぐってすぐのところに、数人が入れば身動きがとれなくなりそうな狭い守衛所があった。

 すっかり日も沈み、辺りはたまに門の前を通りすぎる車の騒音をのぞけば、虫の音が聞こえてくるくらいに静まりかえっている。


 薄暗闇の中、守衛所の灯りだけが周囲の木々や構内の車道をその部分だけ切りとったかのように浮かび上がらせていた。

 中には居眠りをしている守衛の男が一人。

 見回リ中なのかそもそも一人での業務なのか、他に守衛の姿は見当たらない。

 

 突然、守衛所内に備えつけの電話がなった。

 熟睡している男はすぐにはその音に気づかない。

 そのまま数コールが過ぎ、やっと目を覚ます。しかし、それが電話の音だと認識して男が受話器に手をのばすまで、さらに数コールを要した。

 焦りのあまり取り上げた受話器をおとしそうになり、すんでのところで拾いあげる。

 

「ボルトンだ。なぜ、すぐ電話にでなかったバーンズ君、まさか居眠りでもしていたのか?」

「しょ、所長! いえ、そんなことは――」


 自分を監視している人間を探すように、身を乗りだして守衛所の外をうかがう。

 額には大粒の脂汗あぶらあせが浮いていた。

 

「君の業務内容について話がある。すぐに私の部屋まできたまえ」

「い、今からですか?」

「今すぐにだ!!」


 あわてた彼は、了解しましたと言いきる前に受話器を置いて立ちあがり、守衛所を飛びだしていった。




「ひひひ、うまくいった」


 守衛所から少しはなれた茂みの中に一人、ほくそ笑む少年の姿があった。

 オーバーオールを着てバックパックを背負っている。テンピのヘイウッド家を訪れたあの少年だ。すぐとなりには白い卵型のドローンもいる。

 

 少年が手にもった携帯電話の画面をブラウザに切り替える。

 そこにはSFRのウェブサイトが開いており、ゴミの分別業務を行う作業員を背に、一人の男がインタビューに答える動画が流れていた。

 テロップには《ジョージ・ボルトン所長》と表示されている。

 少年はこの動画から音声をサンプリングして、ボイスチェンジャーアプリで電話をかけていた。

 

「わかってるよ、アルキメデス。SFRのネットワークから電話番号とあの警備員の名前を調べてくれた、おまえのおかげだ」


 少年が低反発素材でできた白いボディをなでると、『アルキメデス』と呼ばれたドローンは嬉しそうに体を左右にゆらし、青く鈍い明滅を数回くりかえした。


 音声認識対話型AI搭載ドローン『アルキメデス』。

 音声での対話とAIによる自動操縦を操作の主軸として、数年前からはやりだしたペット感覚のドローン。単体でネットワークに接続し、メールやIP通話、検索からネットショッピングまでこなしてくれる。


 アメリカ連邦航空局FAAによるドローン操縦者の年齢規制は、自動操縦に限定してすでに撤廃てっぱいされている。通学時のみまもり機能とあいまって保護者の注目をあつめ、低年齢層への浸透を促進した。

 そして今や、ドローンを連れて街中を歩く姿は子供に限ったものはなく、日常の光景になっている。


「いくよ、アルキメデス」


 少年は慎重に辺りを見回しながら茂みからでて守衛所に忍びこむ。アルキメデスも彼の後を追った。

 外から見た印象通り守衛所内はせまく、壁に備えつけの長机と椅子が三脚あるのみ。

 机と逆側の壁にはホワイトボードや雨具、警棒などがつるされており、左隅に白い長方形のボックスが備えつけられていた。


「キーボックスだ」


 それが彼の狙いだった。

 キーボックスは少年の背丈では届かない位置にあったため、椅子をボックスの前に移動しその上に乗る。

 ボックスの取手に手をかけて引いてみるが、金属がぶつかり合うカチャカチャという軽い音が響くだけで開こうとしない。


 ボックス自体に鍵がかかっていた。が、幸いなことにそれはダイヤル式の四桁の数字をあわせるだけの簡素な鍵だった。

 少年はアルキメデスの方を振りかえって解析をと言いかけて口をつぐみ、一瞬考える。


「手がないから無理か……」


 キーボックスに向き直りダイヤル錠の右端の数字だけを一つずつ、ずらして解錠を試みる。繰りかえすと、何回目かのトライでキーボックスの扉が小さい軋みを立てて開いた。


「イエス!」


 こぶしをにぎりしめて満面の笑みをうかべる。


「僕にだってこれくらいはできるんだぞ」


 少年はしたり顔でそう言って、アルキメデスの反応をうかがう。 

 反応に困った様子のアルキメデスは、内部から黄色の光をゆっくり点灯させながら体を左右にふってみせる。


〈よくできました〉


 それを聞いた彼は大人の真似をするように肩をすくめ、手の平を上にして首を横にふった。

 そして少年はボックス内にかけてあった鍵束を一つ、二つと取りだしていく。


 そのとき、後ろに気配がした。

 振りかえるとそこに警棒を握りしめた見覚えのある男が、口をあけ肩で息をしながら立っていた。先ほど出ていった守衛の男だ。

 男は状況が理解できないのか、首をかしげながら眼の前の少年を凝視している。


「そこで何をしているんだ小僧?」

「え、あの――しょ、所長さんのところへは……?」


 少年は言ってからしまったとばかりに両の手で口を押さえた。同時に手から滑り落ちた鍵束が床におちてガシャリと音をたてる。


「さっきの電話はお前なんだな! こんなガキが――」

 

 男の太い腕が少年を両脇からがっしりと捕らえ、そのまま宙に持ち上げる。足をばたつかせて必死にもがく少年。


「は、離して……」

「所長から内線ではなく、外線でかかってくるなんておかしいと思ったぜ。それにあいつが俺の名前なんか知るわけがない!」


 男が床におちた鍵束を一瞥いちべつする。


「その鍵で盗みに入ろうとしてたのか! この盗人ぬすっとが!!」


 そのとき、少年の瞳が大きく見開いた。


「助けて! 僕だ、僕がロイだ!」

「ロイ? 知らねぇよ、こそ泥の名前なんざ」


 少年は構わず続ける。


「でも、本当の名前は違うんだ、ルーイ――、ルーイ・ヘイウッド!!」


 何かが割れる甲高い音がした。

 そして同時に守衛が白目をむき、膝から崩れ落ちる。

 ルーイと名乗った少年も支えを失って男の手からすり抜けるように落ちていく。が、そのまま足場にしていた椅子へ座るように着地し、難をのがれた。


 床には砕けた鉢植えが散乱し、完全に意識をうしなって白目をむいた守衛が体をくの字に折りまげて横たわっている。

 そして、目の前にケネスの姿があった。

 

「大丈夫か?」


 ケネスがひざを折ってルーイの無事を確認する。

 椅子から身を乗りだすようにしてケネスに抱きつくルーイ。うっすら目に涙を浮かべている。小さな体が恐怖に震えていた。


「怪我はないな? とにかく早くここをでよう」


 ルーイは何度も何度も無言でうなずきかえした。

 ケネスはルーイの頭を軽くなでてから小さな手を引き、ゆっくりと外へでる。


「ケネスだ。君がロイ、電話の男の正体か……。そして本当の名はルーイ? 悪い冗談はやめてくれ」


 どことなく見覚えのある顔立ちをしている、ケネスはそう思いながらも否定せざるを得ない。


「冗談じゃない、嘘なんかじゃない」


 首をふるルーイの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「パパとママを助けにきたんだ、サンフランシスコフリスコから!」


 二人の背後にサウス・フェニックス・リサイクルのゴミ処理場が不気味にそびえ立っていた。

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