18.再会
ケネスが意識を取り戻したとき、何かを考えるよりまっ先に襲ってきたのは後頭部の激しい痛みだった。
横倒しになったまま頭に手をやると、固まりかけた血糊がべったりと付着したのが感触でわかった。
苦痛に顔を歪めながら、そのままの態勢で目をゆっくりと開く。
鉄格子が見えた。自分の周りを牢屋のように四角く取り囲んでいる。
天井に備え付けられたメインの蛍光灯は消えていたが、間をあけて天井に埋めこまれた小さな補助照明が部屋の様子を浮きあがるように照らしだしていた。
彼は上半身を起こそうと床に手をついた。
しかし床がたわんでぐにゃりと
衝撃はなかった。たわんだ床が彼の体を優しく受け止め、少しの間、床全体が上下に揺れた。
水の音がする。
「ウォーターベッド?」
シボ加工の施された厚手のビニルが格子の内側、床一面に敷き詰められていてケネスが体を動かすと中で水が揺れ動く音がした。
ふと天井を見あげると人、一人が通り抜けられるくらいの丸い穴が開いている。
「あそこから落ちて来たのか?」
ケネスは、はっと目を見開き上体を起こした。
上半身、下半身、腕、体をひねり、むきを変えながら全身をくまなく確認する。
「――なんともない、俺は焼かれたんじゃないのか?」
正直記憶は曖昧だった。
しかし、激しく燃え盛る炎が自分に迫ってきたのだけは鮮明に覚えている。
あれは夢だったのか……。
「そもそもここはどこだ?」
自身の置かれた状況、そしてどのくらい眠っていたのか、何もかもわからないことだらけだった。
彼は格子を支えに立ちあがる。
幸いにも、この牢屋然とした一室の出入り口は施錠されていなかった。
不安定な足元に注意を払いつつ、外にでる。
室内には同様の格子部屋が全部で六部屋。他の部屋に人影はない。
見回すと正面に扉が見えた。扉には四角い小窓が一つ。そこからわずかながら外の灯りが差しこんでいる。
ケネスは足音を殺して扉まで近づき、取手に手をかける。
しかし、ロックされていて開かない。
取手の近くにカードリーダが備え付けられていることを確認し、パンツのポケットを探るがマイルズのIDカードはどこにも見当たらなかった。
「そうか、あのとき……」
小窓を覗くとむかいに何もない空間を挟んでいくつかの扉が見えた。
扉には何か文字が書かれているようだったが薄暗く、距離もあって確認できない。
角度を変えて左右を伺う。すると左手方向に照明がともる一角があるのがわかった。机のようなものが見える。
そこに白衣を着た男の背中が見えた。
それがカイルだった。
彼は壁際に置かれていたストレッチャーを見て一計を案じ、カイルをおびき寄せてセキュリティを解除させることに成功。
そして今に至る。
ケネスはカイルを後ろから脅すようにして部屋をでた。がらんとした空きスペースを挟んで正面に距離を空けて等間隔に三つ、右手中央に一つのドアがある。
右手のドアは部屋の作りから察するにこの部屋の出入り口と思われた。
左手奥には薄暗がりの中に机が配置されPCや書籍、ファイルの類が積まれているのが見て取れる。
「この部屋はなんだ? 俺はなぜ、ここに倒れていた?」
「ここはラボだよ。ストークスを解体するんだ。あのドアの先の部屋でバラして冷蔵室で臓器を低温保存する」
カイルがむかいのドアを指さしながら説明する。
「ストークス? 解体?」
――たしか、ルーイやマイルズが俺たち夫婦のことを指して言っていた。ストークス、と。
「あぁそうさ。君はここで処分されるために連れてこられた。眠らされていたから混乱するのも無理はない」
彼の説明はケネスにとってまったく意味をなさなかった。
――人をさらって臓器を奪い、売買する闇の組織なのか? だとしたらキャスリーンはすでに……。
「キャス、俺の妻は無事なんだろうな!」
再び、背後からカイルの首に腕をかけ強く締めあげる。
「あぁ無事だとも。苦しい! 息ができなからやめてくれ。今、案内するから!」
カイルはケネスを部屋の端、いくつかのパーティションで申し訳程度に周囲と隔離した一角の前に案内した。
そこに周囲をぐるりと分厚いカーテンで覆ったなにかがあった。
上部から漏れた光が天井に映りこんでいる。ゆらゆらと揺れ動くそれは、水面の波紋のように見えた。
「彼女ならここだよ」
カイルがカーテンの端にあった紐を引くと、彼を中心にカーテンが左右に分かれて開いていく。
ケネスは一歩引いた位置で
そして、眼前に一辺が二メートルはあろうかという巨大な
ケネスは思わず口元を押さえ目を背ける。
「死体? ホルマリンか? まさか――キャスリーン!?」
もう一度、女性の背中を注視する。それはキャスリーンによく似ていた。
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