46.挟撃
マイルズの眼前で炸裂する手投げ弾。条件反射的に、腕で頭部をかばう。
火薬の量が少ないのか爆発自体は大したことなかったが、爆発と同時に釘などの金属片を撒き散らした。
金属片は甲高い音を立てながらバイクに無数の傷をつけ、マイルズの腿や腕を衣服の上から切り裂いた。うっすらと血がにじむ。
「今のは、なんの音だい!?」
ノーラのトレーラー内でも皆が後方を振りかえり、互いの顔を見合って騒然となる。
「社会のゴミめ!!」
再び、マイルズのバイクが加速。
一瞬でトレーラーヘッドの横に並び、両手でサブマシンガンを構えて入れ墨の男に狙いを定めた。
引き金をひこうとしたその瞬間、紺のトレーラーがマイルズのバイクに体当たりをしかける。
「くそっ」
やむを得ずサブマシンガンを手放してハンドルを握り直し、急制動をかけるマイルズ。
紺のトレーラーはマイルズが落とした銃を踏みつけながら、彼のバイクごと押しつぶす勢いでノーラのトレーラーに迫る。
側面から衝突、そして再び衝撃に揺れる車内。
ケネスはハンドルを握る手とアクセルに力をこめ、トレーラーの挙動を安定させようと必死に格闘する。
二台の間に挟まれそうになったマイルズのバイクは急減速し、すり抜けるように難をのがれていた。
しかし乱れたバイクの挙動をたて直すことができない。
スピンしかけた車体を進行方向に対して垂直にし、斜めに倒してブレーキング。辛うじて、転倒をさけて停止することに成功した。
マイルズは息つく間もなく、ヘルメットの脇に取りつけられたインカムを操作する。
「エイミー、今ケネス達に追いついた。赤いトレーラーに乗り換えている。だが、
そのときアマンダを乗せたヘリコプターは、彼らの十数キロ後方を飛行中だった。
マイルズの呼びだしにヘリの後席で応答するアマンダ。
乗員はパイロットとアマンダの二人だけだ。
「おっけー、こっちももうすぐ到着するわ、それまで待機。――わかった? 大人しくしてるのよ?」
「了解、ボス」
通信を切るマイルズ。
「もーふざけないでよー」
アマンダの悲痛な叫びは彼に届くはずもなく、ヘリコプターのプロペラとエンジン音にかき消されて消失した。
マイルズの存在を忘れたかのように、繰りかえし体当たりをつづける紺のトレーラー。
左側面からの衝撃が何度もケネスたちを襲い、金属がぶつかり、こすれ合う音に思わず耳をおおう。
負荷に耐えきれなくなったタイヤが悲鳴をあげ、ブレーキがそれに負けじと金切り声を響かせる。キャビン後方の排気ダクトからは、黒煙が猛り狂った雄牛の角のごとく舞いあがっていた。
同時に入れ墨の男とノーラの銃撃戦が繰り広げられ、双方のトレーラーヘッドは無数の弾痕で無惨に穴だらけとなっていく。
不意に銃撃がやんだ。
次の瞬間、まったく予期していなかった右方向からの衝撃にキャビンが揺れる。
慌てて助手席側を振りむくケネスとノーラ。
「もう一台いたのか!」
右隣にいつの間にか黄色いトレーラーが並走していた。
舞いあがる砂塵。
黄色いトレーラーは、車線を無視して半分荒れ地にはみだしながら疾走していた。当然、車体は上下、左右に激しくゆすられるがエンジンの出力と車体の重量で無理やり抑えこむ。
しかも、ノーラのトレーラにぶつけたまま離れようとせず、そのままぐいぐいと左方向に押しこんでくる。
長髪で黒い革のジャケットを着こんだ八十年代ハードロックバンド風の男が、車内をのぞきこみルーイを見つけてニヤリと笑った。
ノーラが拳銃を男にむける。
「そのガキはあたしのもんだよ!」
引金を引こうとした瞬間、背後からけりとばされるような衝撃が彼女をおそう。
紺のトレーラーが再度、体当たりを敢行。
ノーラのトレーラーは、二台のトレーラーに中央で挟まれる形となり身動がとれない。
次の瞬間、左右のトレーラーが同時にブレーキを踏んだ。
ディスクローターをパッドが強力に噛み、耳をつんざく大音響が響き渡る。
急激に減速していく三台。
このままの状況がつづけば、ノーラのトレーラーは強制停車を余儀なくされる。
「アクセルを目一杯ふむんだ!」
「やっている!」
ノーラの怒鳴り声にケネスが必死の形相で答える。
ボンネットフードの中で唸りをあげるエンジン。
たちまち空転するタイヤから白煙が立ちあがり、ゴムの焼ける匂いがキャビンに充満する。
状況は悪化の一途をたどっていた。
「行け! アルキメデス!!」
それは後席に座っていたルーイの声だった。
その声に弾かれたようにアルキメデスが窓から飛びだしていく。
紺のトレーラーのキャビン内に侵入すると、運転手の顔面を目掛けて突進。
彼が思わず腕で払うと、それが跳ねかえって助手席の男の顔面を直撃した。
鼻血を吹きだす、入れ墨の男。
「早くそいつを放りだせ!」
なおも狭いキャビン内を飛びつづけるアルキメデスに、車内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなる。顔面を強打されて頭に血がのぼった入れ墨の男が闇雲に銃を乱射。
銃弾はフロントガラスを砕き、天井に穴を空け、最後の一発は運転手の喉笛を削り取るように奪いさった。
口から鮮血を吐いて、ハンドルに身を投げだすように絶命する運転手。
主をうしなった紺のトレーラーは、ノーラのトレーラーから離れて車道を左にそれていく。
「今だよ!」
ノーラの号令にあわせて右を走る黄色いトレーラーに体当たりを敢行し、そのままアクセルを床まで踏み抜くケネス。
三台の中央を赤いトレーラーが走り抜ける。
同時に紺のトレーラーの助手席からアルキメデスが飛びだした。
だが飛び方がおかしい。上下左右にふらふらと機体をゆらしながら、からくもノーラのトレーラーの運転席に飛びこむことに成功。
しかし、ルーイのいる後席ではなく、助手席にいたノーラの胸元に飛びこむ形となってしまう。
「ご苦労さん。でも、あんたのご主人はこっちだよ」
彼女はバスケットボールでも渡すように、アルキメデスをルーイに投げてよこした。
アルキメデスをキャッチし、抱きしめる少年。
「ありがとう、アルキメデス!」
〈どういたしましてルーイ〉
ちょうどそのとき、車道は丘陵地帯を削って作られた区間にさしかかっていた。
車道の左側面には小山のように盛りあがった土手がつづいている。
そして、運転手をうしなって左前方から土手に乗りあげた紺のトレーラーが右に傾き、車体が横転をはじめた。
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