九日目 宿敵の戯れ言
賑わう夏祭りの通りを横目に、出店の裏を低い姿勢で移動する小夜。
こんなコソコソ動く理由は大まかに二つ。
一つは賑わいの中を逃げる器用さはないため。
もう一つは、由衣と孝希の前例があるためだ。
露がどうやって二人を操っていたかわからない以上、ヘタに人前に出ることは得策ではない。
(さすがに、ここの人全員を操るってのは無理だろうけどね)
姫の話を聞くに、露を殺すのは本体であるというUMAが恥をかかないためであり、ここで言う恥とは、露が他に害を及ぼすことを示す。
露の力がどこまで強いのかもわからないが、小夜一人のためにそこまでしてしまったら、姫の来る時間を早めるだけだろう。だからきっと、そうはならない。
それに、と逃げつつ橙の提灯が並ぶ通りに目を細めた。
(私だって嫌だ。ここの人たちが操られるまではいなくたって、せっかくの夏祭りを台なしにされるのは)
ともすれば、逃げる小夜のことなぞ知らず、楽しむ様を妬む場面もあったかもしれない。しかし、小夜はその姿を羨ましく思う一方で、自分も同じように楽しむんだという原動力にする。
そのためにも、姫に会わなくては。
「――――」
「!」
そんな小夜の耳に、その声は届いた。
ぎょっとして振り向けば、通りを歩く横顔があり、一瞬息が詰まった。
(なんで、朔良のヤツがここに? 家で晩ご飯食べているはずじゃ)
しっかり浴衣を着て、友だちと思しき相手と談笑する様に、目を剥く。
小夜が夏祭りに来たそもそもの原因は、こちらに気づくこともなく、
「しっかし、まさか今日が夏祭りだったなんてな。親に言われて知ったよ。飯食って帰るだけのつもりだったから、危ない危ない」
「俺もお前から聞くまで忘れてたからな。ってか、家で飯って、例の妹と仲直りしたのかよ。仲悪かったんだろ」
「はは、今も仲は悪いぜ。俺が来るって聞いたら、アイツ、ココで飯食うことにしたってさ。まあ、お陰で夏祭りのことが知れたから、今回は感謝しないこともない」
「へえ? じゃあ、夏祭りでばったり会ったり?」
「ないない。アイツ、割と目がいいからさ、人混みの中だろうと遠くからでも相手がわかるみたいなんだよ。だから」
「嫌いな兄貴なんか見かけた日には、すぐに逃げ出すってか?」
「そうそう」
「…………」
誰のせいでこんなことになっていると思っているのか。
言いたい気持ちは山ほどあるが、ぐっと押さえてはその場を離れる。
引き結んだ唇だが、描いているのは不満だけでもない。
(割と目がいいってなんだよ。まるで特技みたいに言いやがって)
本人にその気はないのは百も承知だが、普段、近くにいては互いを嫌悪するだけの相手から聞く、認めるような言葉は、人捜し真っ最中の小夜には心地良く響いた。
ただ、これだけは心の中で盛大に叫んでおく。
(朔良のばーか!!)
声に出せばどんな音になったものか。
判別のつかない罵声を投げ捨てた小夜は、夏祭りの出店の裏から、外へと方向を変えた。朔良の出現、これにより思い出した「生命の賑わい」がある場所へ――。
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