真夏のかぐや姫
かなぶん
第1話 早朝の不審者
高校一年で迎えた夏休み。
終業式後、高校の寮から地元へ戻った
気がつけば朝を迎えていた。
(……貴重な夏休み最初の一日目に完徹。アホかな、私は)
白んだ空を通り越し、元気におはようしてくる光の塊を目の端に、寝不足から重くなりつつある頭を手で支えてうなだれる。夏休みの高揚感ですっかり消えていた、実家までの道のりの疲労感も今更押し寄せてきて、余計に小夜の気を沈ませる。
(寝ようかな。でも、目だけはまだ、妙に冴えてんだよねぇ……ん?)
朝日を拝んで再度カーテンを閉めかけた目に、駆けていく影が映る。
「こんな早朝に子ども……? ああ、そっか」
時計を確認し、あることに気づいてもう一度見れば、また子どもが数人、同じ方向を目指していく姿。その手や首には、紐付きのカードがある。
間違いない。
近くの小学校に通う子どもら恒例の夏の行事。
ラジオ体操だ。
「……懐かしいな」
ほんの四年前、同じように眠い目や億劫な身体を引きずりながら向かっていたのが、もっと遠い昔のような気がした。
(行ってみようかな……いや、でも、昨今の環境から考えると、女子高生であっても小学生に近づいたら不審者扱いされるかも)
世知辛い世の中に悩むこと幾ばくか。
(……まあ、なんだ。考えてみれば主催は町内会だし、参加は小学生に限らなかったわけだ。絶対数は少ないけど、私より上の大人だって――)
結局参加することにした小夜は、それでも前方に固まる小学生からはなるべく離れた位置で公園を見渡し――気づいた。
どうしても目につく、どう見ても怪しいその人物に。
公園を囲う白い鉄柵に腰かけるようにして佇む男。
不潔とまではいかないがだらしなさ全開のボサボサの髪に無精髭、小夜の完徹をあざ笑うようなくたびれ具合の顔色。かといって、体調不良という様子もない目は、死んだ魚のような虚ろさで、精気に満ちあふれた小学生たちを見ている――ように見えて、彼らの頭の上辺りを彷徨っている。
(……不審者過ぎでは?)
思わず小学生たちが集っている先の、ラジオ体操担当の大人へ、目配せするような視線を送るが、時計を気にするばかりの中年男は全く気づかない。
(いや、少しは気づいてよ! 私だって変な動きしているでしょう!? 子どもたちの安全を守るのも役割の内じゃないの!?)
内心ダラダラ冷や汗をかく。
直に言いに行っても良かったが、こちらに気づいた男がとち狂った行動をしないとも限らない。ヘタに動くのも危険だ。
だからこそ、一先ず、心の中だけで中年男へ念じた。
(ちょっとおじさん! 少しはそこの人に注目しようよ! なんか良さげなTシャツとジーンズで、音楽やってそうな見た目してるけど、そもそもこの辺でこの手の人なんていなかったじゃん!)
些か偏見多めの訴えは、しかし、前方の中年男には全く通じず、
「おー? やっぱり小夜か。久しぶりー」
「え……?」
斜め後方からの親しげな声に振り返った小夜は、それが警戒していた男の口から気安く、片手なんかも上げられてかけられたものと知っては、しばらく動きを止めた。
次いで小夜の口をついたのは、
「……姫?」
男の外見的要素には一欠片も存在しなさそうな、そんな名詞だった。
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