六日目 不快の異形
二度寝で見たのは間違いなく悪夢。
だが、起きた途端に跡形もなく消えた内容は、不快感と嫌な汗だけを残す。
(……あんまり眠れなかったな)
二度寝自体は長くなかったが、覚えのない悪夢は覚えていない割に後を引き、夜の寝付きを悪くした上に、起床時間まで早めていた。
つまるところ、寝不足である。
とはいえ、また二度寝をして悪夢が再来するのも御免だ。
仕方なしに、熱いコーヒーを口にする。
豆を挽くまではいかないが、粉から落としたコーヒーはインスタントよりも豆の味を感じられて、甘い気がした。
(あー、落ち着くー)
ズズズ……と茶のように啜り、深い息と共に出てくるあくび。
コーヒーを飲んでも晴れない眠気にもう一つ。
ただただ苦みと香りを味わっていれば、母が起きてきた。
「あら早い……と思ったけど、そうでもないか」
そんな声に時計を見れば、もうすぐラジオ体操の始まる時刻。
いつの間に。
あと一口を味わうことなく飲み干した小夜は、「行ってきます!」と出ていく。
そのすぐ後で。
「あ、そう言えば時計の電池変えるの忘れてたんだ。小夜、待って、この時計止まってるから、たぶんまだ一時間くらい前……って、もう出ちゃったか。まあ、一時間くらい前なら近所の人もいるだろうし、大丈夫よね」
窓から見える、見知った人の散歩姿に、小夜の母は娘を追うことを諦めた。
(……なんで、アイツがこの時間帯に?)
公園に辿り着いた小夜は、すぐ見かけたいつもの姫の姿に駆け寄りかけ、その近くにいるモノに気づいては思いっきり顔をしかめた。
ソレは長身であった。
小夜はもちろん姫よりも背が高く、丸まった背を正せば近くの木よりもなお高い。
衣は夏の暑さを舐めているとしか思えない厚着の豪奢な黄みがかった白い着物。
顔は黒い番傘で隠れているが、長い髪の毛が着物の上を這っている。
今のところ名前までは思い出せないが、小夜はソレを知っており、ソレへの嫌悪感は遭った回数の分以上に増していた。
できることなら気づかれる前に去りたいところ。
姫から逃げるようで気は退けるが、仕方がない。
間違いなく、アレは昨日の悪夢の元凶だった。
そしてその昔、雨の日に訪れた小夜が遭遇したのも――。
息を止め、後ずさる。
と、瞬間的に肌がざわめき、小夜は一目散に駆けだした。
ソレに近い、姫のところへ。
「小夜!?」
驚く姫に構わず飛びつき、そのまま背中に隠れる。
姫を盾にするようで忍びないが、致し方ない。
ソレに対処できる存在を、小夜は姫以外知らないのだから。
「ふぅん? 誰かと思ったら久しい顔だねぇ? その様子じゃあ、憶えてくれていたようじゃないかぁ。嬉しいねぇ、ガキぃ」
「――――!!」
上から近づく気配。
長く忘れていた、記憶に留めていたくもなかった声を聞き、小夜が吐いたのは、
「きっも!!」
全身全霊を込めた、ソレへの不快感であった。
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